第9話 界斗、決闘を申し込まれる (約12,000文字)
暖かな日差しが降り注ぐ4月の上旬、解放者本部の全職員は訓練場に集まっていた。さらに近隣諸国の支部からも本部に集まり総勢300名にのぼった。
「今年も新たな年を迎え10人の新人を採用いたしました。私たち解放者は世界の人々をありとあらゆる脅威から解放するために日々懸命に活動しなくてはなりません……」
訓練場で行われる新年度式にて界斗を含む10人の新人は前方にあるステージに立ち自己紹介をした。その後、行われているクラリティーナの演説を緊張の面で聞いていた。
「では、今年も国主でありウクテル都長であるザンターク・ネディフ様がご挨拶にお越しくださいました。拍手でお迎えください」
アラミード共和国の政治形態は都市国家共同体であり各都市町村の長が議員となる。そして国都の都長が国主として国の代表になっていた。
司会を務めるフィビリアが手を差し向けるとステージ横にある貴賓席から朗らかな笑顔を湛えた爽やかな壮年の男性が登場した。
ちなみに各都市町村の長は選挙で選ばれ、任期は5年、ザンターク・ネディフは2期目の3年目を迎えていた。
「本年も高名な解放者の新年度式でこのような挨拶の機会をいただき、大変ありがたい事であると身に沁みております。さて解放者の皆さん、あなたたちはアラミード共和国の誇りであり、世界の平和を守る要であります。ここ数年わが国の魔獣被害は大変軽微な物となっております。それはひとえにあなたがた解放者はもちろん、全てのハンターの皆さんが日々命がけで魔獣と戦っておられるからです。そしてベリアンフィルドの悲劇から5年経ちました。あの悲劇にめげず1人の若者がハンターを志してくれた事に私は尊敬の念を抱きます。私は国主としてハンター皆さんの活動を最大限支援することをお約束するとともに……」
国主であるネディフの演説を全職員が清聴している。
その後長々としたネディフの演説が終わると、皆これで終了とばかり気を緩め、中にはおしゃべりを始める職員も出始めた。
「さて、例年これで終了としていましたが今年はアウルフィード団長からなにかあるようです。そこの人たち、まだ戻らないでください! では団長、どうぞ」
フィビリアに促されクラリティーナが壇上に立つ。
「団長から? 何か重大発表でもあるのか?」
「もしかして婚約発表かしら?」
「え~、そんな……クラリティーナ様結婚しちゃうの?」
「な! くそ、どこのどいつだよ相手は!」
「そうだよな。団長も20歳過ぎたし、相手がいても不思議じゃないよな……」
女子高生職員の呟きから結婚話が広がり職員が騒然としていく。特に男性職員たちは悔しそうに俯いている。
「静かにしてください。団長の御前ですよ」
フィビリアが注意するも、愛らしい童顔で怒られても迫力がない。一向に静まる気配が無かった。
「貴様ら、静かにせんか!!!」
ガリウスの怒声が訓練場に響き渡った。
静寂が支配した。ガリウスの強さと厳しさは殆どの職員が身に染みて知っている。何故なら職種にかかわらず全員入団時に1週間しごかれてきたからだ。
職員達がクラリティーナを注視した。
「皆さん、私は今年度の新人である真田界斗君に団長の座をかけ決闘を申し込みます」
クラリティーナは前置きもなくただそれだけを簡潔に言い放つ。
クラリティーナの静かな澄んだ美声が職員たちに浸透していく。
そして突然の発言は驚愕にかわった。
騒ぐ職員たち
「は~? 団長、狂ったか?」
幹部である強面長身のルーカリウス・ワーグが素っ頓狂な声をあげた。
「ワーグ、黙れ」
「はいはい……」
ガリウスの一睨みでワーグは押し黙る。
「は? ……」
当の界斗は事態を飲み込めず呆然としていた。
直ぐに準備がされ、場が整えられた。
界斗とクラリティーナは50mぐらい離れお互い向き合っている。さらに2人から離れたその周りを上級職員が楕円状に囲み、その後ろに中級職員が、さらにその後ろには下級職員や事務、研究職員が囲んでいた。
「どういうことなんだこれ?」
「さあな、しかしあのガキは団長が連れてきたんだろう? こんな晒し物にするかね?」
「幹部だからってつけあがったんじゃねえの。それで仕方なく理由をつけて制裁とか……」
「ああ、色々噂があったもんな。大したことないくせに悲劇の被害者だからお情けで幹部にしてもらったって話だしな」
「例の演習場炎上だって実際はどこまで凄かったのか疑問だしな」
「ははは、そうそう」
「あいつこれからどんな面で仕事するんだろうな」
「負け方しだいでは幹部降格もあるんじゃね」
「そしたら俺が次の幹部だな」
「なんでお前なんだよ。おれに決まっているだろ」
上級職員の一部が界斗を見ながら揶揄する。
当の界斗は周りを気にしているどころではなかった。寝耳に水、何も聞いていなかったから……
クラリティーナと周りを見て狼狽えていた。
(決闘って……勝てるわけないじゃないか。俺は実戦なんてしたことないのに……。
なんで決闘を申し込まれるんだよ!)
「引き続き私ロベール・フィビリアが進行を務めさせていただきます。事の発端は一部の職員たちが団長よりも新人の真田君の方が優れているといった噂を流していたことに始まります」
界斗が疑問に思った瞬間、訓練場を囲む観覧席に移された司会者台から見透かしたようなタイミングでフィビリアが説明を始めた。
「だれだよ、そんな馬鹿げた事言ったやつ?」
「あ~、その噂俺も聞いた。中級の奴から」
「噂の出どころは下級の奴らじゃね? 少なくても中級、上級のほとんどは、団長の強さは直接目にして知っているんだから」
「だよな。いきなり幹部なんて気にくわない奴と思ってたけど、こんな決闘させられるなんてちょっと可哀そうだな……」
そこらじゅうで職員たちが銘々勝手に話している。
「もう、人が話しているときに……。静かにしてください! デルクードさんが怒りますよ!」
フィビリアがガリウスの名前を出すと静まり返った。
「話を続けます。今後の作戦行動に支障が出ると判断した団長は自らはっきりさせるために決闘を申し込んだというわけです。だが団長も鬼ではありません。実戦経験の無い真田君相手に実戦方式で決闘しようとは考えていません。これから行われるのは射術倒しです」
「ははははは、それこそ勝ち目無いじゃん。射術倒しをやるからには的には団長しか倒せないアレを使うんだろ?」
「だよな。ゼファレスが優れているから幹部にしたんだろ。それを純粋なゼファレス勝負にするとか。団長との実力差が明確に出るじゃん。あいつ幹部として立つ瀬ないぜ」
職員たちが再び騒ぎ始める。
そこに巨大な鋼鉄の板が運ばれてきた。
この場に居なかった20人の上級職員たちが物体操作で浮遊させながらゆっくりと2人の間へと運んでゆく。
そしてゆっくりと地面に立てるように下ろした。着地の瞬間地面が揺れた。
「おぉ……」
職員たちにどよめきが走る。
「出ました。重さ70トンを超える鋼鉄の板。未だクラン内では団長以外倒せた者はいないモンスターです。正確なサイズは厚さが約1m、横幅と高さが3m以上あります。さてルールは簡単。お互い的から離れたその場から動かずゼファレス法術を当て相手側に倒した方が勝ちです。ただし今回は制限が付きます。何と使えるのはメタノールの火球のみということです。真田君は国立中学を卒業したてで創成出来るのが水とメタノールの2種しかないからです。水だと水浸しになります。固体がいちばん良いのですが残念ながら真田君は現時点では使った事がないそうです。で、今回は真田君に合わせた結果メタノール! つまり液体の火球であの鋼鉄のモンスターを押し倒さなければなりません。さあこれは団長でも倒せるのかぁぁぁ?」
界斗はもうポリエチレンを随分と簡単に創成できるようになっていたがそのことは伏せられた。
鋼鉄の板を運んで来た上級職員も輪に加わった。
「さて、運んで来た皆さんはご苦労様でした。ここで追加の情報があります。え~と、決着がつくまでその場から動く事を禁ずる。退避した者は懲戒免職とする……は?」
「は?」
フィビリアがガリウスから渡されたメモを読み上げると素っ頓狂な声が一斉に上がった。
「べ、別に立ってればいいだけだろ落ち着けよ」
「そうだな……」
理性ある職員が騒いだ職員を宥めていく。
「国主様は帰られますか? それとも見学されますか?」
観覧席から秘書たちと共にこの光景を眺めていたネディフに幹部のクロイツェラ・リファールが声をかけた。
「何か面白そうだね。折角だから見させて貰おうか」
「かしこまりました。それではくれぐれも私の傍から離れませんように。何が起きるか分かりませんから」
「ほう、それほどかね」
「ええ、それほどです」
「幹部である君から見てもかね」
「ええ、法術による戦闘の腕はともかくゼファレスそのものでは逆立ちしても勝てません。クランの中で彼に勝てるのは団長だけでしょう。そして団長ですら勝ちを拾うのは簡単ではないかと思います」
「それは楽しみだ」
ネディフは面白そうに笑った。
界斗は鋼鉄の板を見つめながら、なぜ液体回転の練習をさせられたのか納得がいった。
「そうか今日この日の為だったのか……けど俺が勝っちゃってもいいのかな? 団長なんて務まらないけど……いや、違う! 団長は当たり前のように回転させられるんだ。つまり回転ができないとあっさりと俺が負けるんだ」
界斗はクラリティーナに勝ってしまう所を想像したがすぐにその考えは甘いと考え直した。
「全力を出さないと……」
界斗は深呼吸をすると目を瞑り集中し始めた。
「さ~て、両者とも準備はよろしいようです。どんな結果が待っているのでしょう? 普段は剣と電流・金属の創成で戦う団長ですが炎はどうなのか。演習場を炎上させるほどの火球を創成できる真田君の方が実は有利なのか。勝利の女神はどちらに微笑むのでしょう? いざ、勝負の時です」
一陣の風が吹き抜けた。クラリティーナの美しい金髪がなびく。そして鋼鉄の板を見据えて瞳が細められた。
その瞬間合図の銅鑼が打ち鳴らされた。
どよめきが走った。
彼らの突き出された両手の前には赤々と輝き前回転しながら驚くべき速度で肥大化していく炎の塊が2つ存在していた。
ちなみに創成の初期にメタノールを発火させたのは界斗は火球といわれそういうものだと思っていたためであり、クラリティーナはタイミングを見計らい即座に打ち出すためであった。
熱気で2人の近くに立っている上級職員の一部が顔をゆがめる。
「おおっと、これは2人とも一発勝負狙いか~? 初撃で決めようと溜めに溜め始めているぞ」
界斗もクラリティーナもまずは連射よりも一撃に重きを置く戦法を選んだ。クラリティーナはこの鋼鉄の板が小球の連射では直ぐには倒せず界斗の出方次第でいくらでも対応できると分かっているからまずは溜めることにした。界斗はあの鋼鉄の板がそう簡単に小球の連射で倒せる自信が湧かなかったから出来るだけ一撃にかけた。溜めている間に倒されてしまったらそれは仕方ないと割り切った。
偶然にも狙いが一致した2人だったが、鋼鉄の板がお互いの視野を遮り相手の動向が分からなかった。しかし衝撃音がしないことそしてフィビリアの実況からお互いが溜めていることを直ぐに知った。
「おいおいまじかよ。団長はともかく、新人もあんなに直ぐにでかく創成できるのか。どんなゼファレスしているんだよ」
開始15秒ぐらいで直径1mを優に超える火球が出来上がっていた。
それを見て上級職員達が騒ぎ出す。中級や下級の職員たちは驚きのあまり声が出なかった。
創成速度とは才能及びその物質の創成経験による慣れとゼファレスの瞬間放出力に関係する。そしてゼファレス瞬間放出量はゼファレス保有量に比例する傾向があった。世間一般よりもゼファレスに優れている上級職員といってもこのような創成速度は出せなかった。
火球が直径2mに達した。
「さあ、両者ともいつまで溜めているのか~。2mはあるぞ~」
フィビリアの実況によりお互いが同じような大きさの火球であると知る。
「さすがね、真田君」
「団長も俺と同じくらいの大きさ?」
クラリティーナが界斗を褒め、界斗はクラリティーナの実力に驚く。
「さ~て、両者とも板の大きさを超えてきたか? しかしこれはどうだ? 私の見立てでは若干真田君の方が大きい気がするぞ」
「そんな馬鹿な!? 新人の方が上だなんてありえない!」
フィビリアの実況に界斗の後方に立っている上級職員が文句を言う。
「いや、横から見ると確かに新人の方が大きいぞ!」
横から見ている職員が叫んだ。
「だがしかし、回転速度では圧倒的に団長の方が速い。つまりこれは単なる大きさではわからない勝負になってきたぞ~」
フィビリアが身を乗り出しながら実況した。
火球の大きさが3m近くまで大きくなった。
「ここに居ても熱気を感じるぞ。なんで目の前にいるあいつらは平気なんだ?」
「俺たちとは纏えるゼファレス障壁の断熱効果が違うんだよ」
「あんな大きさの火球がぶつかり合ったらどうなるんだ?」
「知らねえよ!」
職員たちが騒ぎ始める。
「ここでもう一度言いますが退避したらクビです。しかし退避しなければいいわけです。防御してください」
「ふざけんな! 俺たちは後ろの奴らの壁か!」
フィビリアの防御宣言に最前列にいる上級職員たちが抗議を上げる。
しかしこれは副団長であるガリウスからの指示だ。文句を言っても始まらない。上級職員たちは水を創成し操り協力しながらしぶしぶと膜を張り始める。界斗とクラリティーナの周囲には水の膜が張られた。
そのころ火球を創成している界斗は熱さに喘いでいた。
(空気が熱い……。呼吸が苦しい……。肺が焼けるようだ……。自分が創成した火球で肺が焼けたなんて笑いごとにもならないな……)
口付近以外は体表近くにゼファレス障壁を展開しているため熱さをシャットアウト出来ているが、口付近は呼吸の為開けている。火球は顔から2mぐらい離して創成しているがなにせ火球の大きさが大きさだ。
こぶし大ならともかく余りの大きさに周囲の空気もどんどん加熱されていく。
(団長はなんでまだ撃たないんだ……。もうこれ以上は無理だ耐えられない……)
「うっ、ゴホッ」
界斗は熱さで咽た。呼吸を止めれば良かったのだが、残念ながら界斗は呼吸を止めながら創成に集中できる自信はなかった。
(ダメだ! もう撃たないと……。これ以上は自分が持たない)
界斗が火球を放った。3mを超す大きさだった。その動きを感じ取ってクラリティーナも火球を放った。巨大な火球がうなりをあげて的に迫る。火球の大きさが3mを超すぐらいだから火球の先端と鋼鉄の板とは20mも離れていない。直ぐに着弾した。クラリティーナの方がわずかに後から放ったにも関わらず同時に着弾した。火球の射出速度はクラリティーナの方が上だった。
激突の衝撃で火球を構成していたメタノールは全て引火しながら吹き上げるように辺り一面に飛び散った。あたかも火山の噴火のようだった。
飛び散った炎が界斗の頭上は勿論、後方まで降り注いでいく。
「うわ!」
界斗は思わず両腕で頭を抱えてしまった。
「きゃー!」
フィビリアの悲鳴がマイク越しに響き渡った。
界斗は頭を抱えて動きを止めてしまったがクラリティーナは違った。ハンターとしての実戦経験が明暗を分けた。魔獣の攻撃をかいくぐり時に耐え前線で戦ってきたクラリティーナはメタノールの燃焼温度では自身が纏うゼファレス障壁により火傷を負うことはないと分かっていた。だから怯まなかった。降り注ぐ炎を気にせず今度は成人男性の顔が覆えるような大きさの回転する火球を連射しはじめた。
(さて、真田君はこの後どうくるのでしょうか? これは君の実力を見せつけるための決闘を建前としたデモンストレーションですが団長として勝ちは譲れません。先程の火球で君の実力は十分伝わったでしょう。勝負はこれでつけさせてもらいます)
クラリティーナは気合を入れゼファレスを滾らせると創成速度を上た。凄まじい創成速度で火球を両手の手の平の先から板の上部めがけて連射していく。それは界斗が先日演習場で見せた光景のクラリティーナによる再現だった。
鋼鉄の板が過剰な炎に包まれる。
そして我に返ったフィビリアが実況を再開した。
「アァァッと、真田君は創成を止めて頭を抱えてしまったぞ。それに比べ流石団長、降り注ぐ炎に目もくれず火球を連射する~! おぉ! 板がゆっくり傾きはじめているぞ~!」
(真田君は胆力も鍛える必要がありそうですね)
フィビリアの実況を聞いてクラリティーナは火球を連射しながら界斗の教育に何を追加するか考える。
「あ! しまった!」
一方フィビリアの実況を聞いた界斗は慌てて板を見ると、すぐさま火球の創成を再開した。
クラリティーナと同じような大きさの火球を連打していく。
しかし傾きは戻せない。いやそれどころか傾いて重心が界斗側に寄った分さらに倒れていく。
「そう簡単に負けるものかぁぁぁぁ!」
界斗が雄たけびをあげると創成速度が上がった。それは演習場での創成速度を超えクラリティーナの創成速度を超えた。
鋼鉄の板に次々とぶつかる炎が荒れ狂い打ち合う2人を超え飛び散る。
「水の膜が沸騰しているぞ!」
「水を足せ! だれか氷の創成ができる奴はいないか! それとも冷却石でもいい! とにかく冷却しろ! 冷却!」
飛び散る炎が水の膜に次々と衝突し直接加熱されたため一部沸騰し始めていた。
慌てて水を増加するとともに一部のものが氷を創成したり、小さな石のような冷却石を投げ入れたりしている。
「化け物2人がいい加減にしてくれよ……」
上級職員のだれかがポツリと呟いた。
撃ち合い始めて7分が経過した。驚くべき事に少し界斗側に傾いたまま均衡を保っていた。これは総合的な衝撃力で界斗がクラリティーナを上回っている証だった。
「あの新人まじかよ。団長と互角に撃ち合っている」
「馬鹿、互角じゃねえよ。板が新人の方へ傾いている分、板の重さも新人の方へ加わってる。それなのに保っているということは新人の方が凄いってことだ」
「まじかよ……」
職員たちはその後、絶句しながら2人の勝負を見つめていた。
一部の職員を除きだれもが新人である界斗の方が上なのかと思い始めていた。
しかし彼らはクラリティーナの本当の実力を知らなかった。
いくらクラリティーナでも普段使わない火球ではこれで限界かと思っていた。
「確かにメタノールの創成速度では真田君の方が上でしょうね。しかしそれだけです。それ以外では私の域には及びません」
クラリティーナがポツリと呟くと纏う空気が変わった。それは界斗の創成速度がさらに上がり鋼鉄の板の傾きを徐々に押し返し始めた瞬間の事だった。
クラリティーナの背後にいた職員たちは眼前に炎が荒れ狂っているにもかかわらずその研ぎ澄まされた雰囲気に寒気を感じ息を飲んだ。
そして次の瞬間……
クラリティーナが放つ火球が残像と軌跡を残して消えた。
甲高い衝撃音が響き渡った。
板が再び界斗の側へ倒れ始めた。
「は?」
それを見た誰しも目を疑った。液体火球が残像を残して飛ぶなどありえるのか? それになんだ、この衝撃音は?
すぐにフィビリアがクラリティーナに確認する。
「団長! 液体のメタノールですよ?」
「ジャイロ効果の違いです」
「はい?」
クラリティーナの返答をフィビリアは瞬時に理解できなかった。
そこに隣にいたアミリエがフィビリアの肩を叩いた。
「蔵林さん?」
「私が説明するわ。物体に回転運動を加えるとジャイロ効果が発生することは分かるわよね。団長はメタノール球体にすさまじい回転速度を与え、高いジャイロ効果で亜音速に迫る射出速度にかかる空気抵抗に耐えられるようにしているのよ。それに加えて中心にメタノール分子が集中するようにもしているわ」
「成程だから液体でも空気抵抗で爆散せずにあの速度が出せるというわけですね。流石蔵林さん、解説ありがとうございました」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
界斗は必死に火球を打ち出すも押し戻すことは出来なかった。アミリエの説明が終わると同時に重さ70トンを超える鋼鉄の板は凄まじい地響きと衝撃と共に界斗の側に倒れ込んだ。
クラリティーナの勝利が確定した瞬間だった。
静寂が支配した。
「アウルフィード団長の勝利です!」
フィビリアがクラリティーナの勝利を高々と告げる。
静寂をフィビリアの声が切り裂いた。
界斗は地面に両手をつきくやしそうに両手で殴った。
「あれ?」
フィビリアの奇声がポツリと虚しく響きわたった。
フィビリアはてっきり歓声が上がるものと期待していたがそうではなかった。
ガリウスが拍手を始めた。
続いてアミリエがさらに他の幹部や国主一行が続く。
それにつられて一部の職員たちも拍手を始める。
最後に残りの職員たちが渋々と拍手を始めた。
上級の職員たちは目の前で繰り広げられた光景を受け入れる事で精神的に精一杯だった。
中級・下級の職員たちは余りにも自分たちとは違う2人のゼファレスに恐れを抱いていた。
そして春うららかな快晴の下、燃え残った炎が瞳の中で静かに揺らいでいた。
「はぁぁぁぁぁぁ」
決闘後、界斗はデスクで突っ伏して項垂れていた。本当は報告書の練習がてら決闘での所感を書かなくてはいけなかったのだが……
「界斗君、仕事中だからな!」
ガリウスが注意するがダメだった。
「クラリティーナ様をあそこまで追い詰めたことを誇っていいんだぞ。それを項垂れているなんて……。まさか本気で勝てると思っていたとかないだろうな?」
界斗は顔を上げた。
「そこまで思っていませんよ。初めは……。けど途中から勝てるかもって思ったら……何ですか、その消える速度とか……。自分からは見えませんでしたけど……。それにジャイロ効果? ……そんなの知りませんよ」
「仕方ない、少しクラリティーナ様の事を教えよう。これは割と有名なので教えても構わないことなのだが……。クラリティーナ様はとある国の王族なのだ。つまりお姫様というわけだ」
「どこかで聞いたことがあるような。団長をクラリティーナ様と呼んでいるのは……つまりデルクードさんは家臣ということですか?」
「ちょっと違う。一言でいうと俺は家臣の息子だ」
「え? つまり……」
「つまり親父が王家の家臣だった。だが俺は王家に仕えなかった。だから直接の主従関係はない。だがクラリティーナ様が小さな頃から知っている。だからつい昔の癖でクラリティーナ様と名前で呼んでしまう」
「けど王族と実力は関係ないような……」
「界斗君、君はどこで創成術を習った?」
「え? 学校ですけど」
「クラリティーナ様は3歳の頃より修行されている。優秀な教師をつけてな……それも毎日何時間とな……。そのように教育されたのだ。そして12歳でこの国にこられシスダールの中等部に編入された。そして勉学においても常にトップでおられた。高等部でもな。そして歴代最優秀生徒としてシスダールを卒業された。ハンター活動をしながらだ。シスダールは進学校でハイレベルだ。そしてゼファレス法術と物理現象や科学的知識は切っても切れない関係にある。先程の決闘でわかったと思うが高度な術を使うためには知識も必要だ。またシスダールの卒業生には各種分野で世界中で活躍する一流の人材が沢山いる。そしてシスダールの生徒はシスダールの生徒として世間から一目置かれるほど優秀だ。つまりクラリティーナ様はその様な学校であるシスダールの学生の中でも一際優秀だったのだ。そもそも受けてきた教育や修練してきた期間そのものが違うのに勝てるわけがないだろう? 能力に多大な差があるなら別だが、能力が近しいならなおさらだ」
「そうか……そうですよね。だから団長は凄いんですね。納得しました。あれ? それよりも今聞き逃せないことを言われたような? シスダールって勉強のレベルが高いんですか?」
「そうだな、この国は勿論、世界でも上位に位置する学力校だろう。卒業生は有名大学への進学はもちろん、その後大企業や国の重要な仕事に着いたりする者もが沢山だ。さらにここ数年では法術教育にも力を入れ卒業生は知性と戦闘力の両方が求められる要人の専属警護や軍部の重要役職に進む者もいる」
「え? そんな、俺これからそこに通うんですけど……」
「大丈夫、君が勉学を怠けていたのは知っている。別にトップの成績であれとは期待していない。進級できれば良しとしよう」
「ははは、ありがとうございます。というかなんだかスミマセン……」
(この前受けたテスト……あれぐらいの出来で良かったのだろうか……)
界斗は来週から始まる学校生活が不安で仕方なくなった。
「シスダールにハズレ無しか……。よくそう言われるがまさかのまさか界斗君が初のハズレになったりしないよな? クラリティーナ様は大丈夫と言っていたが……」
ガリウスのその呟きは界斗に届くことは無かった。
界斗がデスクに突っ伏して項垂れていたころ、階下の待機室では用事が無い学生を中心とした若い下級職員たちが屯していた。席は30席しかないがそれ以上の50人以上が入り込み室内は混みあっていた。座れないものは立ったまま飲み物片手に話している。めいめい仲の良いもの同士で先ほどの決闘について話していた。
「なんだよあれは! 団長ってあんなに凄かったのかよ。聞いてた以上だぞ! それにあの新人の幹部も……俺らとは全然違うじゃないか!」
「それな……このクランの上の人たちは強者ぞろいとか言われてるぐらいだからな。あれぐらい凄くないと幹部になれないんだろう」
「ははは、確かにここに居ても上に行けなさそうだよな。まあ、上は怖そうな人が多そうだから考えものだけどな」
「それだよ。オリバラードさんと東宝院さんはこの前揉めたし、ルーカリウスさんはそれ以上に怖いらしいからな」
「俺、他のところ行こうかな?」
「いや、俺はここにいるぜ。給料、待遇良いし」
「そうだよな、ぶっちゃけヤバそうな幹部に関わらなければいい所だもんな」
「そうそう」
見た目は良いが軽薄そうな高校生らしき男子5人組が笑いながら立ち話をしていた。
その近くではフィアリスや奈美恵、藍香と依琳の4人がテーブルを占領しお菓子を広げて話していた。
「ねえ、なんで真田さんは結局負けちゃったのかな? 逆転出来そうだったのに……」
「それはあれよ藍香、団長様の火球の速度が凄かったからよ」
「そうか、そうだよね。フィアリス頭いい~」
「へへへ……というか私も何となくだけど」
「まあ、速ければ威力も高そうだもんね」
「そう、それよ。ありがとう依琳!」
「ルイバン君がいないときのフィアリスのサポートはこの劉依琳におまかせあれ~」
「あなたたち……衝突における運動量保存則って学校で習わなかった?」
「何ですか、それ? 奈美恵さん」
「あ、ごめん。私もついこないだだった」
「もう……私たち中学3年生になったばかりですよ。奈美恵さんは1つ上なんですから」
「で、なんですか、それ?」
「つまり同じ重さだったら速い方が衝撃が大きいってこと。そして同じスピードなら量が多く重い方が上ってことよ。あの時、打ち込んでいた量は真田さんの方が多かったから逆転出来るように見えたけど、団長の射出速度がけた違いに上がったから簡単に押し切られてしまったのよ」
「おおお~、さすが奈美恵さん」
3人が拍手する。
「けど、本当にどうなるんだろうね?」
「何がですか? 奈美恵さん」
「彼らの言っている事よ……」
奈美恵は近くの男子学生をちらっと見る。
「彼らが何か?」
依琳が首をかしげる。
「関わらなければいいって話よ……」
「ルイバン君はフィアリスの彼氏だからいいとして、それ以外の人とは関わらなければいいじゃないんですか?」
「依琳も分かってないわね。幹部が入ったてことはその幹部を中心とした新たなチームが作られるということよ」
「いやいや、下級からはあり得ませんよ。幹部との差がありすぎです」
「もしかしたらそうでもないのよ。昨年、東宝院さんが来た時どういう編成になったと思う?」
「私、東宝院さんと接点ないですから……」
「私も興味ないんでルイ君から聞いてないです……」
残りの藍香も首を横に振る。
「よく聞きなさい。上級のベテラン1人、中級のベテラン1人、そして……東宝院さんと同年代の下級の高校生3人が組まされたのよ」
「え? つまり……」
「つまり若手から3名は選ばれる可能性があるってことよ」
「まじかよ……」
近くにいた男子学生がげっそりとした表情をした。
男子学生だけでなく室内の全員が奈美恵の話を聞いていた。
「私、事前拒否しとこうかな?」
「あ、それ! その手があるね」
「俺もそうしよ」
待機室で騒ぎが起き、室内を飛び出していく者たちが出始めた。
きっと直属の上司に直談判に行ったのだろう。
「わ、私のせいじゃないからね……」
奈美恵は呆然と騒ぎを見ていた。
ガリウスはこの日界斗のゼファレスの凄さを知らしめとりまく環境を改善するという目的は達成したが、職員の意識を引き締めクラン内の規律を正すという目的においては徒労に終わった。




