天獄
※主人公自殺なので一応R15つけてます※
「どこだ…ここ…」
確か…今を、この世を、生きて、息をすることに、疲れてしまって。
いっぱいいっぱいになってしまって。
「それで…」
それで、ふらりと立ち寄った駅で、見計らったかのように電車がやってきたので。
ズルーと足を滑らせて、飛び込んで。
体が、弾けたような痛みに襲われて。
意識なんて当然のように、飛び散って。
「それから…?」
ここは、どこだ。
もしや、死に損ねた―いや、死にたくて死んだわけでは…なくはないか。
世間一般で見てしまえば、自殺するには十分すぎるほどの理由や、原因がごまんとある。
ー世界に多くいる、字書きの1人をしていたけれど。ジャンルは問わずに、あれこれと手を出した。
けれど、メインに据えていたのは、据えたいと思っていたのは、エッセイ本。自分の話を、自らの心を、書いてみたかったのだ。…書いたことが、ないわけでは、ない。売れなかったのだ。この仕事は売れなくては意味がない。だが、売れるものを書けと言われても、書けやしないし、書きたくもない。しかし、そういう甘えが通じるせかいでも、ない。
「……」
字を書くことでしか、自らの存在意義を見出せない人間なので、それがいかに苦痛だったか。ストレスで、重圧で…息が止まってしまったのだ。
「……」
それで。それから。
今、ここに立っている。
ふい、と周囲を見渡す。灰色の雲が、どんよりと立ち込めている。隙間から見える空は、赤黒い。見たことのないような、空の色をしていた。
「……」
足がついている地面は、茶。乾燥が酷いのか、ひび割れている。―ついでに気づいたが、どうやら裸足でここに立っているようだ。ちょっと足を動かしてみると、ツルリとした感覚が返ってきた。足元にもひびが入っているのか、空洞のようなものが空いている感じがする。見た目に反して、きれいに磨かれた床を歩いているような感覚。
「……」
しかし、どうしたものかと、唖然としていても、何も起こる気配がないので、とりあえず、歩く。
遠くに何かが霞んで見えるので、そちらへ向かっていくことにした。
「……」
歩いていると、見た目と足裏に返ってくる感覚が、違いすぎて、混乱しそうである。裸足なので、なおさら、その感覚がはっきりと伝わってくる。そんな、不思議な感覚に襲われながら、歩いていくと、影の正体が少しずつ見えてきた。
「鳥居…?」
大きな、人の何倍の大きさなのだろうというぐらいの、巨大な赤い鳥居。立派と言えば立派だが…。やけに風化したような、ひび割れが酷い。今にも崩れそうなぐらいに思えてくる。
―そして、その鳥居の先。そこだけが、やけに明るい。
「…てん、ごく…?」
鳥居の目の前にたどり着き、首を反らせながら上を見上げる。鳥居の中心辺りに板があり、そこには『天国』の文字。高天原の『天』に、黄泉国の『国』。それで、天国。
「……。」
…てっきり、自らを殺したものだから、地獄に行くものだと思っていたのだが。生きていていい事なんて一つもした覚えなどないの。天国に行けるなんて、一ミリも思っていなかった。
「ま、いいか…」
天国に、ここに居ていいというのなら、甘んじて受け入れよう。しかし、こんな見た目で天国なのか。知らなければ、地獄と言われた方が、しっくりと来る。
ーしかし、それは、鳥居の外だけだった。
「うわ…」
スーと鳥居をくぐると、見違えたような、別の世界に来たような景色が広がっていた。
商店街のような、ショッピングモールのような、多くの店が立ち並んでいる。
書店に、飲食店、呉服屋(ここだけやけに古い)。生きていた世界と、何ら変わらない世界。人々が、和気藹々とし、にぎやかで、とても明るい雰囲気に包まれていた。
「……」
一つだけ違うのは、そこにいる人々が、人間の見た目から、ほんの少しだけずれている事。
全員が裸足で、男も女も関係なく、ツルリとしたワンピーズのようなものを着ていた。ここは暑いわけでも、涼しいわけでもないのだが、皆が袖のないものを着ていた。そして、キラキラと美しい金髪をたたえていた。とても、とても美しい。
ーそして、足元に影がない。
「……」
天国にいる人間はみんなあんな見た目なのか…と少し感慨深く思いながら、ふらふらと歩いてく。ゆっくりと、何も考えずに歩くのは、いつぶりだろうか。久しぶりに、こんなに、無意味な散歩をしている気がする。
「………、」
ーふむ。なにか、痛いものを感じる気がする。歩いているだけなのに、視線がやけに痛い。あちこちから見られている気がする。ふい、と周囲を見渡すも、誰とも目は合わない。しかし、視線を前に戻せば、また痛みがぶり返す。後ろ指をさされているような、痛々しいものを見るような…。
自意識過剰…だろうか。今まで人の視線ばかり気にしながら生きていたせいで、そいうのには敏感な方なのだが…。うん、気のせいということにしておこう。こんな、天国で、幸せの国で、そんな視線が向けられることなんて、ないだろう。そんな、卑劣な人間社会で起こるようなことが、あるわけが、ない。
「………、」
そうやって、気のせいだと言い聞かせて歩いていると、いつの間にかかなり歩いていたようで。出口らしきものが見えてきた。その先も光で見えはしないが…またぞろ別の世界でも広がっているのだろうか。
ーそう思い、足を、歩みを進めた直後。
「――――!?」
後頭部に、謎の痛み。
殴られたような、頭痛に襲われただけのような。
鈍痛。
その、あまりの痛みに、身体が、視界が傾き、意識を手放した。
「……ん…」
目を覚ますと、寝転がっていたのか、視界一杯の空。
美しい青空の中に、青白い月と星が、輝いている。昼なのか夜なのか、朝なのか。よくわからない空の模様は、とても異様で、異形に見えた。
「…っつ…」
なぜか、後頭部が酷く痛む。こんなところにまで、頭痛を引きずっているのか。ここがどこかは知らないし、分からないが。夢だとしてもそんな余計なものを持ち込んでほしくはなかった。
「……」
痛みに耐えながら、ゆっくりと上体を起こす。その時に手に触れた床は、白く、美しく、つるつるとしていた。大理石でできた床のようだった。
遠くの方に、大きな建物のようなものが見える。…とりあえずあそこまで行ってみるか。
痛む頭を抱えながら、ゆっくりと立ち上がる。
ん…またもや裸足のようだ。しかし、見た目とは裏腹にざらざらとした感触がする。
「……」
ゆっくりと歩いていくと、影の正体が見えた。
…鳥居。大きな赤い鳥居。新しく建てたのかと思われるぐらいに、きれいな鳥居。首を反らして、上を見てみると、その中心辺りに板がある。
「じ…ごく」
『地獄』…ん?つい先ほどまで、『天国』と書かれた場所にいたような気がするのだが。思い違いだろうか。
鳥居の先を覗いてみると、赤黒い空に、燃える炎。乾燥しているのか、ひび割れた地面。
もう、何が何やら分からず、ただ茫然と立ち尽くす。
「あ~あんた、」
鳥居の中から声をかけられた。見やれば、絵で見たような鬼が立っていた。
身長は思っていたよりも低かったが、肌は青く、日本の角が頭に生えている。
「すまんねぇ。勘違いで、天国に送られていたようだ。」
特に悪びれた様子もなく話す。
「別に、あのままでも…」
よかった、とは思ったが、どうもあそこは、人間臭くて苦手だった。
「いやいや、あんたの代わりにこっちに来たのがいたんでな」
ー自殺したんだろう。決まりは決まりだ。
そう言って、こっちだと、案内をかって出てくれた。この世界にも決まりというものは存在するようだ。
「ま…いいか、」
もとより、地獄に行くものだと思っていたし。後悔も何もない。
しいて言うとすれば、ペンと、紙が欲しい。
「それがあれば、エッセイの続きが書ける。」
前は大したことなかったが、この世界はとても面白いことが起こりそうだ。
別サイトにあげていたお話。
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