78・空間
領主館の丘の下にある魔鳥の放鳥場。
「やっと食糧が安定したばかりなんだから、これ以上魔鳥は増やすな」
「へーい」と返事しながらも、アーキスは不満顔だった。
「だって、肉を皆に食べさせたかったから」
それで魔鳥担当の子供たちを抱き込み、食用予定の卵を孵化に回したようだ。
どうしても増やしたいらしい。
僕としては、西の温泉施設の名物料理にしたかったので、まだ試作段階。
アーキスたちにすれば、試食として領主館でしか食べられないのが不満だったのだろう。
それなら、と僕は考えを改める。
予定より早いが仕方ない、自分たちでやってみればいいさ。
「分かった。 西の空き地に放鳥用の柵を作れ」
温泉施設に向かう道沿いに放鳥柵を作らせる。
観光用にもなるし、あの魔鳥は肉が美味しいことで有名らしいから名物だと分かるだろう。
僕の指導に従わず、アーキスの口車に乗った子供たちも全て西の新しい鳥舎へ移動させた。
「東の農家や民家から出る野菜クズを自分たちで集めて餌にしろ。
お前たちが育てた分に関しては領内で販売することを許可する。
ただ、途中でやめるのは認めないからな」
僕は一定の支援はするが、アーキスや子供たちの給料は売り上げから出すことになる。
「うっ。 はい、分かりました」
アーキスが中心になって育てることになった。
お蔭で魔鳥の育成に変更が生じる。
だけど僕は今まで通り、領主館の坂の下にある放鳥柵の魔鳥たちは二十体に制限し、高級食材として別物にするつもりだ。
庭師の青年に頼んで飼育する子供たちも選び直し、指導してもらう。
魔鳥に関しては彼が一番詳しい。
「えーっと。 それなら一つだけお願いがありまして」
「ん?」
自分が可愛がっている魔鳥二体の仲間を増やしてやりたいという。
「番が欲しいということか」
今、彼が育てている二体は僕が討伐した巨体魔鳥が残した子で、両方とも雄だったらしい。
他の魔鳥とは体格が違うのですぐに分かる。
「じゃ、しばらく坂の下の放鳥場に混ぜてみるか」
「ありがとうございます」
最初の計画通りの二十体だけ残し、増えた分は西に新しく出来た放鳥柵に移した。
「雌だけ残しましたけど、いいですよね?」
おー、庭師の青年も策士だな。
「好きにやって構わない。 ただ、冬にはお前の二体を残して他は素材にするからな」
そこは譲れない。
「はい、そこは言い聞かせます」
庭師は魔鳥と会話が出来るらしい。
西の開拓地跡に建設中の温泉施設が大詰を迎えていた。
最終確認のため、本日は関係者を集めて会議である。
一番大きな施設である温水浴場と素泊まり用の大広間の運営は公爵家管理で、その周辺にある飲食店や個別の宿は公爵領に住む領民たちが経営管理することになる。
「客の受け入れ時間は午後から夜まで。
朝夕の二回清掃時間があり、翌日の午前は宿泊客のみが入浴可能。
飲食店の営業時間は経営者に任せます」
スミスさんが、公爵家御用商人から紹介され王都からやって来た熟練さんたちに説明する。
接客に慣れた彼らが主体となって動き、地元民や元開拓民たちはそれを見本として働く予定だ。
王都から来た彼らでも勿論、こんな施設で働いたことはない。
しばらくは手探りになるだろう。
色々とやりたいことはあるが、僕が魔物だから信頼して任せられる人間が少ないのが残念なところ。
そのため施設自体は、かなり小規模に抑えている。
全体でも入場出来る人数はせいぜい二十から三十名。
未成年の僕に対応出来る範囲を考えて設定した。
「責任者を決めましょう」
スミスさんの提案で部署ごとに責任者を決め、彼らにある程度は任せることにする。
警備、馬車運営は領兵のまとめ役のソルキート隊長。
土産の販売、備品などは雑貨店のデラートス。
客や従業員の対応は、王都から来た者の代表とスミスさん夫妻。
食材、飲食店に関してはボン夫妻である。
そりゃあ、心配じゃないとはいえないが、何事も初めてなのでやってみないと分からない。
何かあれば僕が責任を取るから、とりあえずがんばってくれと言ってある。
「ソルキート、デラートス、ちょっと」
会議の後、僕は二人を呼び止めた。
「はい」
「なんでしょう」
もう一度二人には座ってもらい、スミスさんにお茶を頼む。
「実は個人的に頼みがある」
僕は馬車の運行予定表を広げた。
「えーっと、ざっくり言うと馬車の発着を領主館の裏口にして欲しい。
乗客が居ても居なくても」
「はあ」
馬車は基本的には、温泉施設への従業員の通勤や客の送迎用に運行される。
今のところは広場発着で、領主館は依頼がある場合だけ寄ることになっていた。
「それはずっと、ということでしょうか?」
護衛に付く領兵の代表であるソルキート隊長が運行予定表から顔を上げる。
「うん。 そのほうが警備はし易いと思う」
いつ必要になるか分からない依頼よりも、時間が決まっていれば人員の配置が楽だ。
「領主館を発着点に、温泉行きは広場を経由して施設へ。
もう一つは南の町を経由して、王都へ向かう交易用だ」
「それだと必ず館に馬車が入ることになりますね」
デラートスさんは僕の顔を見て確認する。
「うん。 出来ればそれで調整してほしい」
「分かりました。 それは構いませんが」
ソルキート隊長がじっと僕を見る。
「乗る人が居なくても、というのは何か理由があるのですか?」
スミスさんがお茶を配りながら首を傾げた。
「もしかしたら、ソルキート隊長はご存知ないのではありませんか?」
「あー、そうかも」
僕はカップを手に取りながら頷く。
「えっ、六年も経つのにですか?」
デラートスが驚く。
「いったい何のことですか」
ソルキート隊長は一人だけ仲間外れになり、不機嫌そうに皆を睨んだ。
「僕が魔法を使えるのは知ってるだろ?。
その一つで闇の空間を移動するというのがある」
ソルキート隊長は顔を顰めて半信半疑という感じで聞いていた。
「僕はその魔法を使って一瞬で王都に移動出来る」
今までは、十日という距離を移動中として、その間はなるべく姿は見せないようにしていた。
発着日の辻褄を合わせるために。
「その時間が勿体なくてさ」
これからは、公に発着を知らせる必要がある場合だけ目立つ馬車を使う。
どうせ王都と領地の両方を知ることは誰にも出来ないからな。
「なるほど。 ではそのように」
ふう、隊長があまり深く考えない脳筋で助かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ソルキートは頭を抱えている。
イーブリスの私室に場所を移し、床に闇色の穴が広がる様を見せられる。
「という感じだ」
この穴は異空間に繋がっていて、行きたい場所を選定出来るのはイーブリスだけだという。
ソルキートは、イーブリスが色々と常識外れな子供であることは承知していたはずだった。
しかし、目の前で起きた闇の空間移動は魔法とか、そういう次元ではない。
「イーブリス様。 もしやこれは『精霊』ではありませんか」
こんなことが出来るのは、神話に出てくる『精霊』以外にあり得ない。
「あははは、よく知ってるね」
この世界では『精霊』は魔物や魔獣とはまた一段違う存在であり、自然や神に近い。
それを操るとは。
「公爵様はご存じなのですか?」
「無論だ」
王族に次ぐ地位であり、国を裏から守る立場にあることは、公爵家騎士団にとっては誇りでもある。
平民上がりのソルキートでも、騎士団精神として主には絶対服従を叩き込まれた。
これは死ぬまで口外出来ない案件だと心に誓う。
「まあ、僕のことに関しては、お祖父様は引き取る以前から承知してたらしいから」
仲介をしたというデラートスも頷く。
イーブリスが何かをやらかしても、その保護者として責任は取る。
そう言って引き取ったらしい。
穏和な老人の顔をした国政の実務者。
ソルキートの脳裏に宰相時代の公爵の姿が浮かんだ。