77・隣国
僕はリナマーナに対しては何も思うことはないので、どこに嫁に行こうが文句はない。
しかし、その相手が隣国の者と聞くと少し興味が湧いた。
「マールオ殿としては行かせたくなかったのか」
「ああ。 父はそのつもりで妹にも言い聞かせていたようだが、母には何も話してはいない」
何やってんだ。
それならマールオから母親に相談すれば良かったのに。
僕の援助は妹とは別問題。
「直接の資金援助は難しいが、余った食料をこちらで全て定価で引き受けよう」
僕が出来るとしたらこれくらいだ。
「助かる」
マールオは頭を下げた。
しかしマールオの心配は、この窮地を利用して隣国の王族から、リナマーナの引き渡しを要求されないかということだ。
「父にも確認したが、まだ接触はない」
内乱で忙しかったからだろう。
だが、それもそろそろ落ち着く頃だ。
我が国では、例え国内でも貴族の移動には国の許可がいる。
しかも未成年者では許可は降りないだろうということだった。
「以前、父はこっそりと妹を向こうに渡して行方不明になったことにするつもりだった」
昔から歓楽街では、貧しい田舎から女性や女の子を買って来たり、拐って来たりする者もいると聞いている。
どうやらリナマーナの件も公爵領の歓楽街のせいにする気だったようだ。
クソが。
今は成人になってから、ということで妹には説明しているらしい。
「相手の名前は分かるか?」
僕の問いにマールオは顔を横に振る。
「ただ、元々王族で、先の内乱で国王になったとしか」
ふむ、僕は腕を組んで考える。
内乱が終わりに近い頃、国境にある隣国の領地に、僕は二人の精鋭騎士を送り込んだ。
彼らが言うには『新しい国王はまるで美しい人形のように表情のない顔の若い男性』だったそうだ。
マールオが見たという黒い服の男が本人かどうかは不明だが、リナマーナを引き渡そうとしていたなら関係者には違いない。
だけどよく分からないことが一つ。
「当時、四歳だったリナマーナを成人まで待つとなると、十一年。 その間にその男も歳をとる」
その若い国王が男爵と知り合った時はいったい何歳だったんだ?。
近いといっても他国であり、歓楽街だ。
そんな所に子供が来るはずはない。
「なるほど。 その辺りは私も父の部下に探りを入れてみよう」
マールオは父親が妹に接触することが不安らしい。
公爵領は男爵領の隣りだしね。
僕としては、リナマーナがこの領地に居る間は決して他国や父親に渡すようなことはしないと約束する。
マールオは、僕のことは気に入らないが隣国はもっと嫌だ、ということで、妹が成人するまでは預けると言って王都に帰って行った。
僕は、ボヌートスたちの婚姻祝いに農業試験場の近くに屋敷を建てて贈った。
準男爵家として遜色ない大きさだ。
ついでに農業試験場の隣に小規模の役所を建ててある。
以前から領都に繋がる農道を整備していたが、その道沿いに作業員用の寮も建てておく。
西の開拓地跡の温泉施設の建築が終わりに近付いた時に、そこから余った人材や資材を回してもらったのである。
お蔭で規模のわりに工事は早く終わった。
後日、婚姻を済ませて戻って来たボンとミーセリナ嬢は、自分たちが住む家どころか、小さな町が出来ていたので驚いていた。
「イーブリス様、やり過ぎじゃないですか?」
スミスさんに冷たい目で見られたが、無問題だ。
「厄介な仕事を押し付けるためさ」
ブリュッスン男爵領と隣接する町になるので、僕としては隣りからの苦情は全てボンを通してもらう予定である。
これだけ恩を売っておけば、ボン夫婦に逃げられる心配はないだろう。
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その国は小さな国だった。
国土は南北に細長く、東から北には山があり、南から西には砂漠地帯がある。
その向こうが他国との国境だが、特に何の特産も無い土地のため、立ち寄る商人も少ない。
国土が狭いため耕す農地も何とか自給自足出来る程度しかなかった。
砂漠に近い王都と、魔獣の棲む山に近い東の町の間に神殿のある町があり、他は小さな村が点在していた。
金があるのは豪農や豪商といった平民ばかりで、古い血筋は王族ぐらいしかいなかった。
そんな国が体裁を保っているのは、王族は国の中心にある大きな神殿の神官長を務めていたからである。
昔は、周辺の国から神殿に巡礼者が訪れ、国は繁栄していた。
しかし最近では、この神殿を訪れる者も少なくなってしまっている。
「信者の減少に歯止めが掛からない。 いったい何故だ」
国王らはその答えを気が狂ったように求め、一つの神託を得た。
それは聖火と呼ばれる炎の中に子供の姿で現れたらしい。
「赤毛だ!。 赤毛の子供を連れて来い」
炎のような赤い髪の毛は珍しく、訳も知らず連れて来られた子供は二人であった。
最初は神の子として神殿で大切に育てられることになっていたが、狂った王族たちは自分たちの思い通りに国が栄えないことを、その子供たちのせいにし始める。
「お待ち下さい、陛下。 国の復興など一年や二年で成るものではございません」
「うるさいっ!。 神は赤毛の子供を生け贄に捧げろと仰っているのだ」
神官や側近たちは諌めたが、国王は自分の失敗も全て子供たちのせいにして火刑にした。
その炎は風に乗り、狂った王族と神殿を焼き尽くしたという。
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「かわいそうに」
焼け落ちた神殿に二人の若者の姿がある。
「何百年も昔の話ですよ、殿下」
その国は今でも細々と続いていた。
王族といってもほとんど血は絶え、残っているのは国王と、その甥だけだった。
「戻りましょう。 ここは危ないです」
国王の甥に当たる青年は友人である青年に頷く。
しかし、外からバタバタと足音が聞こえた。
「お逃げ下さい、殿下!。 早く!」
神殿の外で待機していた護衛の騎士が声を上げる。
「襲撃です、恐らく国王派かと」
今、この国では二つの派閥が争っていた。
青年二人と騎士たちは神殿の奥へと逃げる。
戦いながら地下に降りた一行は地下牢が並ぶ通路に出た。
「こんなものが神殿の地下にあるとは」
その時、遠くから小さな子供の泣き声が聞こえる。
恐る恐る声に近付くと、突き当たりにある牢に小さな影がうずくまっていた。
真っ赤な炎のような髪をした少女だった。
王族の青年は牢を壊して少女に近付き、しゃがみ込む。
「こんな所で何をしている」
少女が驚いて顔を上げた。
赤い髪の毛と同じ赤い目。
「お友達が居なくなったの」
子供らしい可愛い声、丸い目から溢れ落ちる涙。
しかし、こんな場所にいるのは人間ではあり得ない。
周りが止めるのも聞かず、青年は少女に手を差し伸べる。
「探してあげようか?」
「ほんと?」
青年はニッコリ笑って頷く。
「こっちよ」
一行は少女の案内で無事に脱出した。
そして、青年は少女を自分の住む東の領地に連れ帰ったのである。
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それからも王族間の争いは続いていた。
民の前では仲良く見えるのだが、水面下では常に二つの派閥は争っている。
特に国王派は焦っていた。
現在の国王には娘しかおらず、王族の直系男子は甥しかいない。
このままでは次の国王は甥になる。
国王は自分の娘を嫁がせようとしたが、人形のような顔の甥を「気味が悪い」と娘は嫌がって逃げてしまう。
何度も暗殺を試みるが、東の領地に向かった者はことごとく戻らない。
そのうちに、何年経っても甥の容姿が変わらないことに気付き、国民は『古神聖国の現人神の再来』と喜んで、感謝の祈りを捧げ始める。
しかも、廃墟となっていた神殿を、甥の一派が「神託を受けた」として修復し始めた。
それが気に入らない国王派が神殿を再び破壊しようとなだれ込み、内乱に突入したのである。