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76・赤毛


 それでもマールオは末の妹の求婚者については話したくないようだ。


「上の妹のミーセリナから手紙をもらいまして、農業指導者のボヌートスと結婚したいと」


ああ、なるほど、まずはそっちの件か。


「それは構わない」


成人したら解放することは契約済みだから、いつ領地に帰ってもらっても良い。


「それで、その、二人は今まで通りこちらに住みたいと言っております」


結婚してもボンはこっちで仕事があるから、今まで通り、農業試験場のある場所で生活したいらしい。


ふうん、マールオとしては妹が戻って来ないことが気に入らないわけだ。


苦しそうに顔が歪んでいる。




「僕としても将来的には東に農民中心の町を作ろうと思っていたところだ。


ボンには公爵家から責任者として、ある程度の権限を与えようと思っている。


爵位については公爵閣下と話し合い中だ」


ここ三年で公爵領の食糧事情がかなり改善されたのは、勿論、ボンのお蔭である。


でも、いくら田舎でも男爵家の令嬢が平民と結婚というのは少し無理があるだろう。


「いや、待ってくれ。 確かボヌートスの実家は準男爵家だ」


「は?」


マールオから衝撃の事実を知らされる。


「何代か前の先祖が飢饉を救ったとして国から爵位が与えられているはずだ」


へえ、その頃から優秀な人材がいたんだな。


爵位を辞退するのを止めたというから、それほど人望がある先祖がいたわけだ。


 男爵家としては、その後継となる若者が他領に出たのは痛手かも知れない。


こっちとしては移住をお願いしたわけでもないし、指導さえしてくれたら後は自力で何とかするつもりだった。


好きにやらせていたら勝手に住み着いた状態である。


「それなら簡単だな」


後は若い二人がブリュッスン男爵領の実家に戻って両家の許可を得ればいい。


こちらの公爵領には教会がないため、教会に届を出したらこちらに戻って来るということになった。




 マールオは結局、その場では僕に支援を頼むことはなかった。


「部屋を用意させた。 今夜は久しぶりに妹とゆっくりすごしてくれ」


「あ、ああ、ありがとう」


しかし、その夜、僕が夜遅くまで執務室に居ると彼が顔を見せた。


「先ほどはすまない。 どうしても他の者には知られたくなくて、言い出せなかった」


スミスさんはお茶を入れると部屋を出て行く。


「……求婚者のことかい?」


マールオは暗い顔で頷いた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ブリュッスン男爵家の農産物の売買取引は今まで男爵夫人が中心になっていた。


夫人の実家は地方の高名な伯爵家だ。


そこの縁故関係が主な顧客である。


 しかし、夫人が倒れ、その息子がまだ若輩であることを利用しようとする者たちが現れた。


「マールオ、全て私に任せなさい。 悪いようにはしない」


ブリュッスン男爵領は国でも優良な農業地帯だ。


それを手に入れようとする親戚たちがマールオにすり寄り、威嚇して来る。


(妹たちがいなくてよかった)


マールオはこんな醜い身内の姿を妹たちに見られたくはないと思う。




 そんな時、ふと頭を過る言葉があった。


『もし困ったことがあったら遠慮なく相談してくれ』


眩しい金色の髪と鮮やかな青い目。


まるで悪魔のような言葉を吐く小さな公爵家の孫。


もしその相手が彼でなかったなら、マールオはすぐにでも相談していたかも知れない。


だけど、その相手が年下の彼だったからこそ、三年間は踏ん張って来れたのだ。


 マールオもまだ十八歳になったばかり。


以前から夫人と共に仕事をしている臣下に支えられてはいるが、彼らにも過剰な負担が掛かり始めていた。




 マールオは父親にも相談したが、相変わらずのらりくらりと逃げる。


自分より身分の高い妻をもらったせいか、子供のことも何もかも妻に任せっぱなしの人だ。


「わしが口を出せるわけがないだろう」


マールオが幼い頃から卑屈な言葉を零し、子供たちにも関わろうとしない。


そのくせ、自分が楽しむことに関しては頭が回り、こそこそとうまく立ち回る。


公爵家を怒らせたのも領民に対して余計な口出しをしただけでなく、自分の愛人を公爵家の御用商人に押し付けたことも関係あると聞いた。


子供たちからすれば、とんでもなく恥ずかしい話だ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 昔からブリュッスン男爵家は、農業に関してはそれなりに実績があり、農民たちからは慕われていた。


(母様も唯一、そこは認めているんだよな)


マールオの母親の実家も領地で食料問題を抱えていたため、食料支援の代わりに格下である男爵家に嫁いでいる。


妻には土いじりをさせないという伯爵家からの約束を守り、男爵は夫人と子供たちは王都の屋敷に置いたままにしていた。



 そんなある日、男爵から連絡があり、何があったのかも分からないまま下の娘が領地に行くことになった。


(何故、リナマーナだけを呼び寄せるのか?)


その時、マールオはまだ十歳、リナマーナはたった四歳である。


嫌な予感がしたマールオは妹に同行し、護衛と共に領地に向かった。


「喜べ、大口の取引先が見つかったぞ」


父親は自慢気に子供たちに語る。


ブリュッスン男爵夫人である母親が王都で苦労しているのに、ずっと領地に引きこもっている父親にそんな商談が出来るだろうか。


しかも大口である。


「父様、いったい相手はどなたなのですか?」


マールオは疑問に思って訊ねる。


しかし、父親はまたのらりくらりとはぐらかし始めた。


「本来なら我々など話も出来ない高貴な方なのだ。


話が漏れては困るから、お前たちにも明かせない」


母親が忙しいのをいいことに、また勝手なことをしているのだと感じたマールオは屋敷の者に聞いて回るが、


「いいえ、そんな高貴な方がいらっしゃったことはありませんよ」


と、そんな言葉が返ってくるだけだった。




 しかし、男爵の腹心の男性がマールオにこっそり囁いた。


「関係があるかどうかは分かりませんが」


男爵が隣り領にある歓楽街で、かなり金持ちらしい若い男性と知り合ったというのである。


「確か『赤毛』の女性を探しているというようなお話でした」


それを聞いたマールオは背筋に悪寒が走る。


(父は『赤毛』のリナマーナをどうするつもりなんだ)


 ある日、父親が朝からソワソワしていたため、嫌な予感がしたマールオは妹と寝室を交換した。


すると、家人が寝静まった頃、父親と共に真っ黒な服を着た男性が部屋に入って来る。


潜っていた毛布ごと、フワリとマールオの身体が浮き上がった。


「わっ!、な、なに?」


マールオが毛布から顔を出して叫ぶ。


「お、お前、何してるんだっ」


「父様こそ、これはなんなの!」


二人が言い争っている間にその男性の姿は消えていた。


どうやらあれが取引相手だったらしい。




 マールオは父親に激しく叱責されたが、自分の判断は正しかったと確信する。


あのままでは間違いなく、妹はあの男に連れ去られていたに違いない。


「あの方は隣国の王族で、領地も隣接している。


上手くいけば王都で苦労しなくても、ここで取り引きが出来るし、リナマーナもお姫様の暮らしが出来たのに!」


「では、何故、夜中にコソコソやる必要があるのですか?」


他国との取引は国の許可が必要になる。


そんなことはマールオでも知っているのだから男爵が知らないはずはない。


「こ、子供には分からない事情というものがあるのだ」


「分かりました。 では、母様に聞いてみます」


「ま、待て、マールオ!」


何故か、父親は妻に知られるのを恐れ「男同士の秘密だ」と言い出した。


マールオは、これ以上、家族の中で父親の地位が下がることは避けたかったので仕方なく頷いた。


 あれからマールオは、リナマーナをあまり外に出さなくなった。


あの得体の知れない恐怖が忘れられない。


「イーブリスのほうがまだマシだ」と公爵領に預けたのだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] 中央に伺い立てんと隣国の偉いさんと繋がるって スパイ行為疑われて最悪国家反逆で裁かれ兼ねなくね?
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