103・友好
誤字報告、ありがとうございます!。
僕はキルス王に後日招待状を送ると約束をして部屋を出る。
さて、要件は済んだ。
帰る算段をしながら廊下を歩いていると、何故かダヴィーズ殿下が数名の護衛を連れて走って来た。
「リブ!、無事かっ」
「ええ。 何かありましたか?」
首を傾げた僕を、殿下の護衛騎士がすまなさそうに見る。
「その、キルス国の方と別室に入られたと聞いて」
ああ、護衛もつけていない未成年の僕を心配してくれたのか。
「申し訳ございません。 詳しいことは後ほどお話しさせていただきます」
そう言って僕は殿下を安心させるように微笑む。
「いや、今すぐ聞かせてもらおう」
陛下の護衛の後ろから、公爵家騎士団長の爺さんが出て来た。
ぐっ、これはお祖父様にもバレたんじゃ。
「分かりました。 では別室で?」
「馬車の中で」
帰宅が決まったのは嬉しいけど、追求は厳しそうだ。
僕の体調が優れないことを理由に城から下がることになった。
僕とお祖父様は馬車に乗る。
ヴィーが一緒に帰りたいと申し出たが、アーリーたちと残ってもらうため騎士団長に預けた。
ダヴィーズ殿下には「後日、報告に伺います」と伝えると、何故か嬉しそうな顔をされた。
公爵家本邸に到着すると、スミスさんに出迎えられる。
「あれ?、仕事は休みのはずでしょ」
家族で王都の実家に帰省中で、僕が領地に戻る時に一緒に移動する予定になっていた。
「騎士団長から早馬で知らせが来たんですよ」
それは、すまんかった。
とりあえず、お祖父様の執務室に連行される。
「それで何をやったんです?」
お祖父様が着替えている間に、スミスさんがお茶を淹れながらこっそり訊いてきた。
上着を渡し、少し身軽になる。
僕も着替えたいなーと思ってスミスさんに視線を向けると首を横に振られた。
おとなしくしとけーと。
「待たせたな」
お祖父様が仕事用の椅子に座り、執事長が後ろに立つ。
スミスさんは僕の後ろだ。
しばらくしてカートさんが駆け込んで来た。
「失礼いたします。 お呼びと伺いましたが」
カートさんは公爵邸内の独身寮に住んでいる。
忙しい人だけど、今日は式典のため事務方は早仕舞いだったのだろう。
もう寝ていたのか、髪に寝癖が。
「イーブリス。 ここは北の辺境領ではないのだ。 弁えないといかん」
「はい、申し訳ございません」
そこは素直に謝る。
カートさんがお茶をもらい、落ち着いて事務方の席に着いたところで質問が始まる。
「いったいキルス陛下と何を話していたのだ」
んー、どこから話せばいいのか。
「えっと、ブリュッスン男爵令嬢の話はしましたっけ」
カートさんが頷く。
「行儀見習いの名目で預かっている人質と聞いています」
「姉妹の姉の方は婚姻したそうだが」
僕はお祖父様の言葉に頷き、付け足す。
「姉は先日お話しした農業指導者の青年と結婚し、そのまま領内にいます。
問題は妹のリナマーナ嬢です」
お祖父様の視線を受けたカートさんが首を横に振る。
「キルス国と関係があるのか?」
さすが元宰相だ。
「成人したら、現在のキルス国王陛下と婚姻する予定だそうです」
スミスさん以外が驚く。
カートさんが恐る恐る訊いてくる。
「それは本当なんでしょうか。 令嬢や男爵家の記憶違いとか」
当然の疑問だ。 僕も最初はリナマーナの妄想を疑った。
「今日、城でキルス陛下にお会いした際に、リナマーナ嬢の名前が出ました。
無事でいるか、と心配されていましたよ」
嘘は言ってない。
婚姻の件については確認していないけど。
僕はブリュッスン男爵家の長男マールオに聞いた話をする。
男爵がかなり乗り気で、何年も前からの約束なのだと。
「それで、お前はどうするつもりだ」
お祖父様が諦めたように椅子に深く沈んだ。
「キルス国にリナマーナ嬢と共に招待されたのですが、病弱を理由に断りました」
大人たちはウンウンと頷いている。
「それで、代わりに陛下を公爵領に招待いたしました」
ガタンッ
カートさんが椅子から落ちた。
「新しい温泉施設にご招待したのですか?」
スミスさんが後ろから声を掛けてきた。
「あー、陛下は温泉には興味がないようでさ」
僕はちょっとだけお祖父様の顔色を見る。
歓楽街のことは一応、報告はしているけど。
「まさか、遊技場の町に招待したのかね」
「よくお分かりで」
ニコリと悪気のない笑顔を向けると、お祖父様が頭を抱えた。
珍しく執事長の顔色も悪い気がする。
逆に僕は疑問に思った。
「お祖父様、何が悪かったのですか?。
僕はキルス陛下に興味があっただけなんですが」
『赤毛』に異常なほど執着する隣国の王。
本当にリナマーナと結婚する気があるのかどうか。
保護とか言ってたから、少し違う気がするんだよな。
それに内乱後に増えた瘴気のことも気になる。
「今のところ魔獣は狩れていますが、油断は出来ない状況です」
怪我人程度ならまだ良いが、死人だけは避けたい。
国境柵は温泉施設に近いから評判に関わる。
キルス側には今回のことで承諾は得られると思う。
「ダヴィーズ殿下からの報告書と同時期に国に要望は出していますが、未だに国王陛下の許可は下りていません」
カートさんが報告する。
チッ、僕に対する当て付けかな。
「まあよい」
お祖父様が折れた。
「国境柵の件はこちらが資金を用意しているのだ。
もう一度捻じ込んでおけ」
お祖父様はカートさんに指示を出す。
あ、これは裏の手配もするのかな。
国の予算を使わずに済むなら許可は降りるはずだろうという。
「イーブリス、お前のことだ、無茶はしないと信じておる」
えー、本当かな。
「ただ国と国との問題は領民だけでなく、国民全てを巻き込む。
この国は大国だ。 周りの国も黙ってはいない」
キルス国にちょっかい出すと、国民や周辺国さえも何か言い出すってことか。
敵になるか、味方になるかは分からないけど。
「はい、気を付けます」
秘密裏にやるかー。
「とりあえず、友好的な招待状を出してもらえます?」
僕の依頼にカートさんが、お祖父様の顔色を見ながら頷いた。
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「まったく、厄介なことになったな」
孫のイーブリスたちが部屋を出た後、公爵は寝室に移った。
「さようでございますね」
公爵の呟きに、老執事が寝る前のお茶を出しながら答える。
「しかしながら大旦那様は、長年の因縁に決着をつける良い機会だと、お考えではありませんか?」
公爵は老執事をギロリと睨む。
「お前に何が分かると言うんだ」
長い付き合いでも気に食わないことはある。
「失礼いたしました」
謝罪を口にしながら、まったく悪いとは思っていないのが見え見えだった。
公爵はミルクの入ったお茶を一口飲み、甘い香りにふと手を止める。
「キルスか」
アーリーの母親のことで後日、色々と分かったことがある。
百年以上遡れば、キルスは小さいながら神聖王国として栄えた国であった。
年々減少する信者に焦った王族が自滅した話は、この国でも教訓として語り継がれている。
王族や教会に対する嫌味を込めて。
そのキルス国が衰退した原因は、王族の流出だと言われていた。
「わざと身分の低い者との間に子供を作り、それを王族の血縁として売り捌くなど」
神罰が下って当然の行いである。
「しかも、そのうちの何人かはこの国に売られて来た」
保護という形で人身売買が普通に行われている我が国でも、彼らにとっては秘密の取り引きである。
その子供たちが真っ当に成長したとは思えない。
「キルスの落とし子は、まだまだいるのだろうな」
内乱が落ち着いたからこそ、入ってきた情報だった。
公爵は、アーリーたちを探し出すまで、親の愛情が欠落した子供たちを何人も見ている。
驚くほどアーリーが素直な子供だったのは、あの魔物のお蔭だったのは間違いない。
「あの子は幸せなのだろうか」
それはどちらの孫の話か、老執事は訊くことはしなかった。
まだまだ話の途中のような感じになっていますが、第三章を終わらせていただきました。
この後、つなげてしまうとすごく長くなるので一旦締めとします。
申し訳ございません。