102・疑問
僕は王宮の庭で、隣国キルスの国王陛下と出会った。
予想通り『赤毛の令嬢』の話になり、自分が彼女を預かっていると告げるとキルス陛下の顔色が変わる。
「そ、そうか」
目を逸らして俯いてしまった。
あれ?、この人、案外気が小さいんだろうか。
いやいや、一国の国王がまさかね。
しかし、何故こんなところで王族が一人でポツンとしているんだろう。
「お付きの方とか、護衛はいらっしゃらないのですか?」
「あ、いるよ。 私が一人にしてくれと言ったから隠れているんだ」
キルス陛下は顔を上げて周りを見回す。
そして闇色の一角を指差した。
カサリと音がする。
僕の足元の闇の精霊が警戒してブルリと震えるのが分かった。
(駄目だよ、出ないで)
ぐっと足元を踏み締める。
ここは王城だ、誰が見ているか分からない。
現れたのは陛下と同年代の男性、ごく普通の側近というか文官ぽい人だ。
「私の古くからの友人で、護衛も兼ねている」
陛下に紹介され、僕はニコリと微笑む。
「イーブリスと申します。
陛下がお一人だったので不用心だと思い、声を掛けさせていただきました」
一般的な礼を取ると、相手も優雅に一礼した。
「ご心配、恐れ入ります。 陛下のご指示により下がっておりました」
季節は冬である。
滅多に雪の降らない王都でも夜は冷え込む。
「よろしければ別室をご用意いたします」
一人になりたいのであれば、庭ではなく、休憩用に部屋を用意してもらえばいいのだ。
「しかし、既に王宮の中に一室をお借りしているのでこれ以上は」
他にも護衛やら従者が何人も来ているそうで、そちらはそちらで部屋を借りているそうだ。
「構いませんよ。 何なら私の名前でご用意いたします」
僕はそう言って建物に戻る。
隣国の要人二人は、とりあえず、ついては来るようだ。
会場の中を抜けて廊下に出る。
すぐに一人、飛んで来た。
「イーブリス様、どちらに?」
給仕の服装はしているが、王城内に潜り込ませている公爵家の影の護衛だ。
「心配いらない。 キルス陛下と少し話をするだけだ」
必要最低限の会話をする。
「ではこちらに」
会場近くの部屋に案内され、飲み物や軽食を用意して、影は姿を消した。
「優秀な者が付いておられるのですね」
陛下の側近が褒めてくれる。
「そうですね。 祖父は容赦ありませんから」
使える者使えない者、その見極めは本邸に居る頃にしっかり学んだ。
はっきり言えば、僕はシェイプシフターの能力で個体に擬態すればその個体が持っている情報を全て得られる。
身体に触れて情報を受け取るだけでは、その個体の外観しか真似ることは出来ない。
しかし、一度でもそのモノ自体に擬態すれば種族特性から、産まれてから今までの経験や情報、隠していることも全て僕自身のものに出来る。
あくまでも、その時点でのということにはなるけど。
僕は一度、お祖父様に擬態しようとしたことがある。
この国の裏の裏まで知る公爵家の秘密を知りたくて。
ついでに宰相の知るキルス王国のこともね。
だけど、何か違うと感じて躊躇い、結局は出来なかった。
僕は毒見のためにお茶と菓子を一つずつ口にし、全てが終わるとニコリと笑う。
「どうぞ、私のことはお気になさらずお寛ぎ下さい」
挨拶して部屋を出て行こうとしたが引き止められる。
「もしよければ一緒にどうかな」
うん、待ってたよ、その言葉。
「ありがとうございます」
では遠慮なく。
応接用の低めのテーブルに、長椅子が向かい合わせで置いてある。
僕は陛下の向かいの椅子に座った。
側近の男性は用意されていた別の一人用の椅子を持って来て、テーブルの右、出入口の扉に近いほうに座る。
「面白い少年だな。 君は公爵家だったか」
「はい。 今は引退いたしましたが、祖父は元宰相です。
私は将来、分家となるために現在は辺境地で領地代理を仰せつかっています」
「そう、それだ」
やはり食いつきが良いな。
そんな陛下の焦り具合に危機感を覚えたのか、側近の青年がコホンッと咳をする。
「辺境地というと、我が国と接している公爵領ということでしょうか」
お茶のカップをテーブルに戻し、僕は頷く。
「はい。 最近は国境柵を越えて魔獣が入り込むことが多くて。
そちらでも被害が出ているのではないですか?」
僕はわざと不安な表情で彼らを見る。
「我らの国は神に守られているので被害自体は少ないのですよ」
おかしいな。 神殿は破壊され、跡地が残っているだけだったはずだ。
僕は首を傾げる。
「神殿の修復が内乱で中断しておりましたが、先日、完全復活したのです」
側近が最新情報を教えてくれた。
「神のご加護、ということですか?」
「ええ、神聖国ですから」
あれ?。 では何故、瘴気が増えているんだろう。
僕の認識では神とは瘴気を払い、清浄な光により土地や国を守るというもののはずなのだけど。
「だが、長く国が荒れていたせいで、すぐに元通りとはいかないようだ」
「そうでしたか」
キルス陛下の言葉に僕は頷く。
あー、こっちの国は教会というより神職の人間が腐ってるから無理。
「よろしければイーブリス様も一度、我が国の神殿にいらっしゃいませんか?。 ご招待いたしますよ」
側近の青年が余計なことを言い出す。
「有難いお話ですが。
実は私、こう見えて病弱でして、あまり外に出られない身体なのです」
冗談じゃない。 清浄な光なんてものに触れたら身体がもたない。
心から残念そうな顔で誤魔化す。
「そうなのか。 それは残念だ。
君の領地にいるという『赤毛の令嬢』と一緒に来ていただきたかったのだが」
ああ、そういうことね。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
キルス国王は隣国の王宮に来ていた。
「ダヴィーズ様、王太子就任おめでとうございます。
今後とも我が国との変わらぬ友情を信じております」
「遠方より来ていただき、ありがとうございます。
キルス国も静かになったようで、お慶び申し上げます」
笑顔で挨拶を交わしながら、お互いにチクリチクリと腹を突き合う。
国同士の付き合いとはそういうものだ。
特にキルス王はこの国に良い思い出が無い。
早々に人目を避け、人のいない冬の庭に降りた。
ふいに薔薇の香りがして、ぼんやりとしていた顔を上げる。
庭なのだから、どこかに冬咲きの薔薇でもあるのだろうと思い、辺りを見回す。
「こんばんは、ようこそ我が国へ」
控え目な足音が聞こえ、闇にさえ輝く金の髪と鮮やかな青の目をした少年がそこにいた。
イーブリスと名乗った少年から、確かに薔薇の香りがした。
姿を消した母親が好きだった花。
(偶然なのか、いや、ただの庭の花が香っているだけに違いない)
キルス王は何故か胸が騒いだ。
ラヴィーズン公爵家と聞いて、キルス王はすぐに隣の辺境地であることに気付く。
「そちらに『赤毛』の少女が預けられているだろう。 彼女は無事なのか?」
気になっていたことが、つい口から出てしまう。
キルス王はいつもはこんなに動揺することなどない。
館で待っている『赤毛の少女』と長く離れているせいだろうか。
この少年を見ていると自分がおかしくなる。
(こいつは……何者だ)
キルス王は混乱し、いつもの無表情の仮面を維持出来なかった。
「では、私のほうが領地にご招待いたしましょう」
美しい青い目が微笑む。
「実は公爵領の新しい事業として、温泉施設を造りました。
しかしながら、小さな施設なので一度に利用される人数が限られております。
ご希望の方に順にご招待させていただいているのです」
「さようか」
キルス王は温泉には興味無いようだと見てとると、少年は薄い唇を歪めた。
「はい。 それと同時に我が領地に以前あった歓楽街を潰しまして」
老若男女を対象とした施設とは別に。
「新たな歓楽街を秘密裏に造っております」
キルス王と側近は顔を見合わせた。