100・就任
その秋、ジーンさんは無事に男子を出産した。
僕はスミスさんに名付けを頼まれたが断っている。
「主なら当然かと」
そんなことを言い出すので、
「スミスの雇い主は僕じゃなくて本邸のお祖父様だろ」
と、正論を突きつけてやった。
お祖父様とスミスさんの養祖父の騎士団長は旧知の仲らしい。
相応しい名前を付けてくれるだろう。
僕じゃ絶対に無理!。
自分の子供ならまだしも、なんで他人の子供の名前なんぞ付けなきゃならんのだ。
「ジュード、と付けていただきました」
スミスさんと同じ濃い茶の髪色に黒い目の色をしている可愛い赤子。
「良かったな」
僕はホッと胸を撫で下ろす。
魔物が人間の子供の名付けなんて、何をそんなに期待されてるんだ。
人間はほんっとに邪魔臭いな。
冬になる前にシーザーの番予定の子狼が決まった。
子狼といっても生後約十ヶ月、体格は既に成体に近い。
薄い茶色の毛並みだったが、本邸で世話をするうちに見事な金に近い茶色になった。
銀色のシーザーと金色の女の子。
相性もバッチリである。
二体は王都の本邸で暮らすことになった。
国境柵の件は、公爵家から王宮を経由して隣国へ書簡を送ってもらっている。
「隣国からの返事はまだなのか?」
秋もだいぶ深まってきているし、冬前には何とかしたかったんだが。
「はい、まだですね」
スミスさんに言わせると、国同士の書簡はそんなに早く返事は来ないものらしい。
今回は国境柵や魔獣被害も関係するので、まずは調査から必要になるそうで、返事は早くても来年の春頃ではないかと言われた。
それまで直せないなら巡回を増やすしかない。
あれから領地の魔獣は増えているが、被害は減っている。
何故なら。
「また来たんですか」
【たまたまだ】
ほぼ聖獣様がいるからだ。
しかし、色々な魔獣、しかも瘴気を浴びて凶暴化したものが多く目撃され、猟師たちも大忙しである。
猟師たちの手に負えないと判断すると聖獣様が動く。
ありがたいことだ。
「お蔭様で魔石の供給量も増えてます」
魔石目当ての商人の出入りが多い。
たまに自分たちで魔石を手に入れたいと傭兵を連れて来る貴族もいるが、街道からの入り口で一応忠告はしている。
「何があっても領主様や領民には一切関係ないという契約書に署名をお願いします」
と、案内所で確認させている。
勿論、領主代理である僕に従わなければ捕縛対象になることも告知済み。
それでも多くの貴族たちは自信ありげにやって来る。
どうやら王子一行が視察で魔獣狩りをしたことが噂になり、公爵領で魔獣狩り、ついでに魔石を入手するという娯楽が発生しているらしい。
そんなに簡単なものではないんだがなあ。
「はい、ありがとうございます。 こちらが狩猟許可になります」
一応許可はするが怪我や命の危険も自己責任。
元開拓地から国境周辺のみを狩り場として解放しているが、指定区域からは一歩も出られないように結界の魔道具は設置した。
それでも娯楽として期待されているので、国境柵はそのままだ。
運が良ければ?、強い敵に遭遇しますよー。
そして冬に突入する。
「はあ」
僕はため息を吐く。
「イーブリス様、年に一度だけですから」
王都の隣町の宿に到着。
ここから公爵家騎士団護衛の馬車で本邸に向かう。
婚約者であるヴィーのためにダンスパーティーに出なければならないのだ。
公式な行事のため、闇の精霊は隣町までで、後は馬車で帰って来たことを誇示する。
久しぶりに王都の街中を走ると、治安が良くなっている気がした。
僕には街中の瘴気が目に見えて減っていることが分かる。
「何かあった?」
「魔石の取引量が安定しているのと、暇な軍隊が公爵領で遊んでいるせいではないですかね」
一攫千金を夢見る傭兵や力の有り余る乱暴者なんかが貴族に雇われ、魔獣狩りに参加しているため、王都に不在ということらしい。
それくらいでこんなに街が綺麗になるのか。
「フェンリル様もよくお出掛けになっているそうですし」
あー、しょっちゅう公爵領に来てるもんな。
国民の多くが空を駆けている聖獣の姿を頻繁に見るようになった。
それだけでも空気は浄化され、人々は安心する。
今回はスミスさん夫婦と三ヶ月になった赤子も同乗していた。
僕が王都に滞在する間、スミスさんも久しぶりに実家に顔を出すことになったのである。
ついでに赤子の登録も済ませるそうだ。
貴族の子は国と教会に名前の登録が必要で、公爵領には未だに教会はないからな。
忙しいのはスミスさんだけではない。
「イーブリス様もダヴィーズ殿下の式典に参加なさるのでしょう?」
「いやあ、それはどうなんだろう」
確かにダンスパーティーの日程のすぐ後に王宮での式典がある。
お祖父様とアーリーが出席予定だから、僕は関係ないはずなんだが、不安はある。
あのダヴィーズ殿下だからなあ。
「僕は大人しく留守番してるよ」
公爵家本邸に到着した馬車は僕を降ろした後、スミスさん一家を王都にある騎士団長の屋敷へと送って行った。
「お帰りなさいませ、イーブリス様」
執事長が恭しく出迎える。
「ああ」
ズラリと並んだ使用人たちがニヤニヤしてるのはなんなの。
「リブ!、お帰り」
アーリーが廊下の奥から駆けて来た。
「リブ、聞いて!。 正式に『王宮出入り禁止』が解かれたんだよ!」
ダヴィーズ殿下の王太子就任の恩赦で、王宮が僕の処罰を取り消したそうだ。
「これで一緒にお城に行けるね」
はあ、周りの使用人たちもアーリーと同じようにニコニコしている。
僕としてはそんな知らせは嬉しくないんだが、笑わないといけない雰囲気か、これは。
「あ、ありがとう?」
使用人たちは満足そうに解散していった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
毎年恒例の学校のダンスパーティーが行われた二日後、王宮でダヴィーズ王子の王太子就任式典が催された。
国中に布告され、号外が飛ぶように売れる。
朝から王宮では国王から王太子への書状の交付や、引き継ぎが行われ、恩赦の決定もその場で国王が署名した。
午後からは王宮周辺をお披露目の馬車と、近衞騎士隊の行列の行進が行われる。
夕方からは街中では祭りの熱気が続き、王宮では外国からの貴賓客、国内の重要人物が集まっている。
「何年振りかの」
ラヴィーズン公爵は馬車から降りると、待っていた孫に声を掛けた。
「六年です」
無表情に答える金髪に美しい青い目の孫に、祖父は面白そうに微笑んだ。
もう一人いる孫は、すでにパートナーである令嬢の元へ走っている。
「お前は行かなくてよいのか?」
「二日前に会ったばかりですから」
祖父の隣を歩く少年に、今日は鎧ではない護衛の公爵家騎士団長が咳払いをする。
「婚約者を蔑ろにしてはなりませんよ、イーブリス様」
「……はい」
それでも少年が動いたのは会場内に入ってからだった。
ロジヴィ伯爵夫妻は王宮広間の隅に居た。
はっきり言って、今日は伯爵家は公爵家の付属物である。
公爵家の本家後継であるアーリーと、公爵領で領主代理をしているイーブリス。
未成年ながら大物の二人に伯爵家の双子の娘がそれぞれパートナーとして同行するため、伯爵家も招待されていた。
王太子の装束でダヴィーズ殿下が登場し、順に来賓の挨拶を受ける。
国内の最高位は当然ながら公爵家だ。
「殿下、お祝いを申し上げます」
祖父に続き、双子の少年もそれぞれのパートナーと供に挨拶をする。
「デヴィ様、カッコいいですよ」
こっそりと囁くアーリーは殿下との仲の良さを見せつけた。
「この度の恩赦、誠にありがとうございます」
ちっとも嬉しそうではない無表情のイーブリス相手に、王太子は満面の笑みで、
「リブ、また気軽に王宮に遊びに来てくれ!」
と、大きな声で話し掛ける。
この日、王宮では王太子より公爵家の双子が話題を集めていた。