表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/33

98・観察


 夜になって、皆が寝静まった頃、僕は殿下の部屋を訪れた。


「来てくれたんだ」


「ええ、呼ばれましたので」


従者も護衛も隣の部屋に下げられたので、お茶は自分で淹れる。




 本日、最終日の夕食は、食堂に全員が集まり立食の宴会になった。


その時に殿下から「後で部屋に来てくれ」と手紙を渡されたのだ。


相手が相手なら喜ぶヤツもいそうだけど、あいにく僕は女にも男にも興味はない。


だけど「まあ顔ぐらい出すか」とやって来た。


明日からはまた当分会うこともないだろうからな。




「何か御用でしょうか、デヴィ様」


仕方なく殿下の分もお茶を淹れて出す。


「領主代理なのに自分でやるのか?」


「使用人の手を煩わせるほどでもないでしょう」


領主館では皆、忙しいからね。


それに二人だけで話したいから従者も下げたんだろうに。


「嫌なら飲まなくて結構ですよ」


僕が座って飲み始めると、殿下は何故か恐る恐るカップに口を付ける。


失敬だな。 毒なんか入ってるわけないだろ。




 カップを置いて殿下は話し出す。


「その、急に来てすまない。 色々と迷惑を掛けたようだ」


ふうん。 少しは成長したか。


「いえ、殿下もお役目でしょうし、こちらもある程度は予想しておりましたから」


開業の式典には公爵家から王宮へ招待状も送っている。


来るとしたら新しい宰相か、最低でも高位文官。


または最高位でも王弟殿下だろうと思っていた。


あの国王が何も言わずに息子を寄越すとは思えないから、かなり無理を通したのだろう。


 それに、こちらで色々あったのは王子一行のせいではない。


「今回の問題は、いつかは明らかになるものでした。


こちらとしては、早く分かっただけでも良かったと思っていますよ」


僕は心から王子一行が無事で良かったと思っている。


一人でも何かあったら絶対、後で邪魔臭いからな。


「お帰りの道中も決して警戒を怠ることなく、無事に王宮に戻られますよう祈っております」


「あ、ああ」


僕が会話を締めようとしているのを感じて殿下は俯く。




 しばらくの沈黙の後、殿下はようやく口を開く。


「リブ、王都に戻って来てくれないか。 私も反省している」


やっぱりか。


「デヴィ様。 私でなくてもアーリーや優秀な者は他にもいます。


それに私は『王宮出入り禁止』の身ですよ」


公爵家後継のアーリーも、いつかは王宮に出仕することになるのは明らかだし、今回の一行には若い者が多い。


彼らも将来有望だろう、たぶん。


「王宮の『出入り禁止』はなんとかする。 私は、……リブがいい」


僕はため息を吐く。


「ですが、陛下は」


「父は」


殿下は俯いたまま、膝の上の両手を握り込む。


「リブに近付くな、と」


まあ、そうだろうね。


「だけど、私にはリブは憧れで、手本のような者で、く、国にとっても有益なはずだと申し上げた」


随分と持ち上げられたな、と僕は苦笑を浮かべる。




「リブは、やっぱり人間より魔獣のほうが好きなのか」


僕は首を傾げる。


「だって、聖獣様が北の山にいただろう」


あー、アレを見られたか。


「そうですね。 魔獣なら何でもって訳じゃありませんが」


聖獣だけじゃなく、ダイヤーウルフの群れも、山や森の魔獣たちを見張る仕事が出来るくらい優秀なのだ。


「リブ、君は父の言う通り『魔獣使い』なのか?」


はあ?。


どうやら魔獣を従わせる『魔獣使い』という職業があるらしい。


僕がその能力で王宮のフェンリル様を従わせようとした、と陛下が説明したらしい。


普通、そんなことをすれば処刑だろうね。


「違いますよ」


はっきり否定すると、明らかに殿下はホッとした顔になる。


「私は『魔物』です」


もう邪魔臭いからバラす。




「陛下は勘違いしておられるようですが」


目が点になり呆然とする殿下に、僕は『魔物』の説明をする。

 

 簡単に言えば、魔物は瘴気と魔力の澱みから生まれるため実体のないモノだ。


僕には元から人間のような感情はなく、擬態した生物の容姿、感覚、情報を継承する。


だから見かけだけは完全に普通の人間だと。


「デヴィ様は陛下の腕に紋章が浮かんでいるのを見たことは?」


「あ、ある」


あるんだ。


「私がリブの話をすると、たまに腕がチクチクすると言ってる」


僕はついクククッと笑ってしまう。


「あれが証拠です」


後は勝手に調べるだろう。




 殿下が信じようと信じまいと、僕には関係ない。


「王都から、これくらい距離があったほうが陛下も安心なさいます。


デヴィ様も、あまり私のような危うい者に近付かないようになさいませ」


顔を上げた殿下は悔しそうに唇を噛む。


「アーリーも魔物なのか」


「いいえ。 ただの人間ですよ、公爵家の孫です」


「では、婚約者の伯爵令嬢は魔物なのか」


「いえ、普通の人間のご令嬢ですよ」


何故、そんなことを気にするのか。


「で、では、何故、私の傍にいてはいけないんだ」


ワナワナと肩が震えているけど、そんなの決まってるよな。


「あなたが国王の息子だからでしょ」


当たり前である。


しかも次期国王、王太子となる予定だろうに。




 僕は立ち上がる。


いつまでも付き合っていられない。


隣の部屋からも嫌な感じがビシバシするし。


「リブ、待って!」


立ち上がった殿下に腕を掴まれ、何故か引き寄せられて抱き締められた。


「殿下」


背中をポンポンと叩く。


「どうして私は王子なんだろう」


小さく囁く声が震えている。


知らないよ。


親を選べる人間はいないってことは僕だって歯痒く思うけど。


「私は、どんなに離れていても友人ですよ、デヴィ様」


落としどころはこんなもんだろう。


「本当に?」


「ええ」


だから離しなさい。


「『魔物』の友人でもよろしければ」


「『魔物』のような友人でも構わない!」


ちょっと違う気がするけど、まあいいか。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 翌朝、王子一行は無事に出発した。


「やれやれ、ようやく少し落ち着くかな」


公爵領の領主代理であるイーブリスは見送りを済ますと執事のスミスに「本日は全員休み」と告げる。




 騎馬の王子一行は王都に向かっていた。


後は王都に戻るだけのため、全体的にダラけた感じがする。


「こういう時こそ本性が出るものだ。 よく観察をしておいてくれよ」


アーリーは従者のエイダンと護衛のワイアットに指示していた。


「承知いたしております」


二人はニヤリとした笑みを浮かべた。


それこそが公爵家の者が参加する意味なのである。




 アーリーは公爵である祖父から、今回の視察に参加する条件として、王子の周りにいる者たちの観察を頼まれていた。


公爵とあまり接点がない若者が多いからだ。


宰相としての地位はなくても、公爵家には代々、国を裏から護るという役目がある。


この旅の準備期間からアーリーは王宮で多くの者に接してきた。


それこそ、イーブリスの件で公爵家に対し敵意を向ける者もいる。


高位の子息に擦り寄る者もいる。


しかしアーリーにとって、これは公爵家後継としての、人を見る目を養い、不慮の案件の対処を学ぶ機会だった。


概ね満足した結果を得られるだろう。




「人間って面白いよね」


休憩地で、アーリーたちは王子一行から少し離れて見ている。


「アーリー様。 我々が他者を観察しているのと同じように、相手からも見られていることをお忘れなきよう」


エイダンは注意を促す。


「わ、分かってるよ」


何故か、騎士見習いのワイアットが慌てて背筋を伸ばす。


アーリーは「ふふふ」と笑いながら公爵領を振り返る。


「でも、リブが元気そうで良かった」


ポツリと溢す言葉に部下の二人も笑顔で頷く。


「案外、楽しかったですね」


ワイアットは魔獣狩りの楽しさと難しさを学んだ。


「私は、イーブリス様はやはり厳しい方だと感じました」


エイダンは、そう言って顔を引き締める。


「そうだね。 リブなら、わざと事件を起こして観察しそうだ」


「それは、おやめ下さい」


エイダンの困り顔にアーリーは声を上げて笑った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ