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96・魔王


「イーブリス様?」


よく分からない。


何故、こんなに身体が震えるのか。


何故、気持ちが悪いくらい恐怖を感じているのか。


「なんでもない」


何もなくはないことは、長年の付き合いでスミスさんには分かってしまうだろう。


だけど。


「お食事は部屋に運びますので、それまでお休みになっていてくだい」


スミスさんはそう言って僕をベッドに放り込み、部屋を出て行く。


「アレはいったい、誰なんだ」


見たことのない顔だった。


なのに怖い。




「国王」


最近、よく聞くな。


この公爵領に接する隣国の領地、内乱で誕生した新しい国王。


なんだっけ。


新しい国王は若くて、人形みたいに美しい顔をして。


「まさかな」


あはは、変な笑いが漏れる。


「イーブリスさま!」


子供が部屋に入って来た。


薔薇を持っている。


疲れている僕を元気付けようとしたのだろう。


「薔薇……」


僕は何故、薔薇が好きなんだろう。


生まれた島には無かったはずだ。


公爵家に入るまでの記憶のどこにも薔薇は出てこない。


「あの、イーブリスさま?」


なんだか頭がクラクラする。




 スミスさんが入って来た気配がした。


「ありがとう、君はもう下がりなさい。 イーブリス様は体調が悪いようだ」


オロオロしていた子供を遠ざけてくれる。


スミスさんは一度隣の部屋へ声を掛けてから、また戻って来た。


ポケットから出てきたのは盗聴避けの魔道具だ。


「それで、何故そこまで状態が悪いのですか?」


魔道具を起動して率直に訊いてくる。


 今までの僕の体調不良は生気か瘴気不足が原因だった。


シェイプシフターの擬態した身体は、病気になろうが怪我をしようが記憶した時の状態に戻せる。


一瞬で命を落とさない限り完全に復活出来るのだ。


でも、これは病気でも怪我でもない。


「分からないんだ」


自分で分からないものを説明なんて出来っこない。




「分かりました」


分かるんだ、スミスさんはすごいな。


スミスさんの靴がコンコンと床をニ回鳴らす。


ベッドの下からニュルンと闇の精霊が触手を覗かせた。


「イーブリス様、人のいない場所へ繋ぐように伝えて下さい」


「え?」


早くしろと笑顔で催促され、僕は訳が分からないままベッドから降りた。


僕が頷くと、スミスさんにガシッと身体を掴まれ、床に広がる闇に一緒に飛び込む。


すぐに硬い床にぶち当たり、床に手をついてしまう。




 暗い。


スミスさんが、何でも出てくるポケットから明かりの魔道具を取り出して起動する。


四方が石に囲まれた、窓の無い部屋のようだ。


 僕がポカンとしていると、スミスさんが傍に腰を下ろした。


「何が怖いんですか?。


私はイーブリス様が三歳の頃から十年もお仕えしておりますが、そんな顔は初めて見ましたよ」


多少は怒ったり笑ったりはするが、恐怖に引き攣った顔は初めてだと言われた。


わざわざ場所を移したのは僕を問い詰めるためだったようだ。


「は、はは」


魔物が怖がるってなんだよ。


笑える。




 それより、ここはどこなんだ。


昼間の移動はあまり遠くには行けないはずだけど。


闇の精霊から情報が流れてくる。


「ああ、南の遊技場のある町か」


町の中央に作った劇場を含む建物、その地下だ。


建物自体はまだ完成していない。


「礼拝堂だな」


仮の祭壇が壁際にある。


恐らく、この部屋を出れば、まだ誰も入っていない牢が並んでいるだろう。




「薔薇なんて、僕はいつから好きだった?」


「それは」


スミスさんは口籠る。


「本来、シェイプシフターの能力に、他者を操る力なんて無い」


スミスさんがギョッとした顔になる。


「何故、僕の中に僕自身が知らない記憶があるんだ」


闇の精霊は僕を守り、何でも言うことを聞く。


それは、おそらく人間の親が子供を甘やかすみたいなものだ。


じゃあ、僕を育てた他の精霊たちはどうしていないの?。




 僕は立ち上がり、祭壇に歩み寄る。


スミスさんが慌ててついて来た。


ここにシェイプシフターの紋章を掲げれば完成だと見上げていたら、


「イーブリス様」


と、スミスさんから紋章を渡される。


本当に何でも出てくるポケットだな。


 祭壇に紋章を掲げると、僕と紋章の間に瘴気を流すため、闇の精霊が触手を伸ばしてくる。


僕はその触手を掴んだ。


「精霊よ、誰に頼まれた」


暗闇に僕の声が重く響く。


 グルグルと足元の闇が渦巻く気配がした。


咄嗟にスミスさんの腕を掴んで飛び退く。


何かの形になろうとする闇に目を凝らしていると、スミスさんが祭壇の松明に火を着けた。


その明かりを背にした僕の影に精霊が集まり、形を作る。


「こ、これは……」


捩れた角の山羊の頭、毛むくじゃらで筋肉質な上半身。


身体が震える。


「……魔、王」


闇堕ちした人間の頂点に立ち、混沌の闇を司る悪魔。




 その時、ザワザワとどこからか音が聞こえた。


まだ仕上げられていない建物の天井から、足音や人声が聞こえて来るみたいだ。


「どうしますか、イーブリス様」


スミスさん、確認しなくて良いかって?。


「見つかるほうが不味いだろ。 館に戻るぞ」


二回足を鳴らす。


僕とスミスさんは精霊の穴を通って館の自室に戻った。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 早朝、東の農地から王子一行が領都に戻るための馬車が、護衛の騎馬と供に走っていた。


リナマーナは、またしても王子と同じ馬車に乗せられている。


他は全員が馬に騎乗していて、馬車は一台しかないのだから当たり前だ。


それが分かっていても、リナマーナにとっては非常に居心地が悪い。


 昨日は、王子も同乗していた従者も、何か考え事をしていたようで特にリナマーナを気にかける様子はなかった。


リナマーナは何も出来ず、ただ黙って過ごしたことを反省し、今日こそは何か話をしようと身構えている。




 公爵領の東にある農地は畑ばかりで、他には目立つものは何もない。


魔獣も少ない安全な土地なので護衛も暇そうである。

 

「で、殿下。 実は公爵領には、まだ他にも町がありまして。


確か、あの、その、男性にはとても人気があるそうです」


「ああ」


その町の話は王子はイーブリスから聞いていた。


オトナの男性用だと聞いたが、まだ子供のリナマーナが興味を持っているのだろうと察した。


「近いのか?」


狭い領地なので距離的にはあまり離れていない。


領兵である御者に訊くと頷き、向かってくれることになった。




「元は歓楽街しかない町だったのですが、領主代理様が工事用の人材や資材を置くために利用されておりました」


大きな建物の前で馬車を停め、町を見回す。


まだ朝の早い時間帯のため、店はあまり開いていない。


しかし建物や道路は美しく整備されていた。


 ソルキート隊長が先に立ち、案内し始める。


「現在は、西の温泉施設に入れなかった方々を一時的に収容するための宿や食堂が営業しておりますが、町自体はまだ未完成でございます」


アーリーたち三人も、王子の護衛騎士たちの最後尾を歩いている。


「後ろから見ていると、ちゃんと娼館とか、目立たない配置だと分かりますね」


アーリーは従者のエイダンの言葉に頷く。


ソルキート隊長は王子の視線を無難な場所にわざと向けさせているのだ。


「この町の女性たちもかなり貴族向けに教育されているそうです」


アーリーの護衛として同行しているワイアットは、先にこの町の店を利用したという兵士に話を聞いていたらしい。


「さすがリブだな」


温泉施設だけでは不満が出そうなところを補っている。



 

 最後に案内されたのは石造りの床と柱、屋根しかないガランとした建物だった。


「ここには一部に劇場を作る予定だそうです」


ソルキート隊長の声が天井に反響している。


 エイダンは、スミスに聞いていた話をこっそり追加する。


「魔獣や戦争などを想定し、地下は客や住民を収容出来るようになっているそうです」


地下に食糧や兵器の保存庫があることを、アーリーにだけ囁いた。


地下牢があることまでは言わなかったが。



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