94・配下
ダイヤーウルフの元頭が名前を付けろというので「カシラ」にした。
邪魔臭かったから適当で申し訳ない。
だが、配下にしてくれという話はまだ保留にしてある。
カシラはこの辺りの長老だというので、隣国のことも色々と聞いてみたいと思っている。
そのためには配下にしたほうが良いのかな。
僕は王子一行や、驚かせてしまった館の住人たちに謝罪しつつ、アーリーには大雑把に説明しておく。
「分かった、リブの配下なんだね」
ああ、うん、一応そういうことにした。
領主館自体は町の外れの小高い丘の上にあるため、大量のダイヤーウルフたちは町中を通っていなかったようだ。
他の住民の目には触れなかったようで安心する。
それよりも昨夜、西の国境近くで狩った熊魔獣の話題で町が盛り上がっていた。
「すぐに食用には適さない。 一ヶ月くらいは熟成が必要なんだ」
猟師たちの話では、熊肉はいくつか小分けに切り取り、空気に触れないよう布に包んで保管しなければならないらしい。
既に「買い取りたい」という争奪戦が始まっている。
「熟成までの間、見張りが必要だな」
領主館の食糧庫で預かることになった。
「いつも通り領主代理様が買い取って町の共有財産で良いと思いますよ」
それは構わないけど、デラートスさんが言うと儲け話に聞こえるのはなんでだろうな。
まあどうせ買い上げるにもデラートスさんに相場を確認しなきゃならない。
ジーンさんには、僕の小遣いで購入して領地の予算に組み込んでくれるように頼んでおく。
実際の金額が動くわけではないけど帳簿操作は大事。
さて、解体作業で出るのは肉だけではない。
「これ、凄いっすね」
熊魔獣の頭や毛皮を王子一行と一緒に見ていたアーキスが感心している。
「猟師なら熊くらい見慣れてるだろ?」
「いや、こんな大きいのは見たことないっすね」
どうやら大きさが問題らしい。
「前の魔鳥もそうでしたけど、何故、ここまで大きくなったのか、調べたほうがいいかも知れないです」
アーキスが魔獣担当らしいことを言う。
とりあえず、殿下には、
「頭と毛皮を献上させていただきます」
と伝える。
加工処理が必要になるので届けるのは後日になるけどな。
「……ま」
王子の従者が魔石の件を持ち出す前に牽制する。
「瘴気が異常なので、これの魔石を王都に持ち込むのは危険だと思います」
僕が瘴気を抜いてあるが、異常に多かったので気味が悪い。
魔獣を倒した時、真っ先にソルキート隊長が魔石を取り出したので、既に領主館の宝物庫に厳重に保管されている。
熊魔獣はデカい上に強かったから、以前の魔鳥より魔石も大きいのだ。
「魔石の市場価格にも影響が出ます」
今はまだ魔石の価格が安定していない。
こんな大きなものは異常な金額で動く可能性があり、怖くて出せない。
だから殿下にも見せないことにした。
しばらくは領地の財産として保管する予定だ。
王宮から文句を言ってきたら瘴気まみれにして見せてやるさ。
本日の殿下の予定は東の農地の視察らしい。
ブリュッスン男爵領に協力してもらっているのは王宮にも届け出ている。
その仕事がちゃんと行われているかどうか、ということだな。
「行ってらっしゃい」
「え?、いいの?」
リナマーナを案内につける。
「行きたくないのなら誰か他の者に頼むけど」
「行きます!」
素直にそう言えばいいのに。
東の農地は今は小さな町程度には農民が入っている。
住宅の多くはまだ建築中だが、役所や世話役のボン夫婦の屋敷は完成しているはずだ。
そこで接待するようにリナマーナに頼んで馬車で送り出す。
「一緒に行かないの?」
アーリーが首を傾げるが僕は農業なんて分からない。
「男爵領出身の農業指導者が作っているんだ。 大丈夫だろう」
そう言うと、アーリーたちは殿下を追いかけて騎馬で向かった。
ただ僕はこっそりとリナマーナの言動には注意するよう従者のエイダンに頼んでおいた。
騎士のワイアットにもあの令嬢は拐われそうになった過去があることを伝えて警戒をお願いする。
王子の近衛兵なんて王子しか守らないからな。
滅多なことはないだろうが、一応な。
煩い者がいなくなったので、僕はちょっとダイヤーウルフの棲家に行って来ようと思う。
先ほどの配下の件もあるし。
スミスさんには殿下に何かあったときのために館に残ってもらう。
「でも誰か連れて行って下さい。 昨夜のようなことがあると心配なので」
えー、誰を連れて行けっていうんだ。
昼食が終わる頃、アーキスがスミスさんに頼まれたと言ってやって来る。
「はあ、俺ひとりっすか」
スミスさんからは、アーキスは逃げ足だけは速いから、何かあったら知らせに走るくらいは出来るだろうということだった。
いいのか、それで。
「仕方ないな」
人間は邪魔臭い生き物だな、色々と。
ダイヤーウルフの棲家である洞窟前に着いた。
近くにいる狼魔獣たちは夜行性のため、ほとんどがだらんと休憩状態だ。
「邪魔するぞ」
三十体ほどいる群れの全部がここに居るわけではない。
皆、好き勝手なところで休んでいる。
「カシラに話があって来た」
ローズにそう言うと身体を起こし、アーキスをじろっと見る。
「グルカ、アーキスを見ててくれ」
【うん、いいよ】
「え?、俺、中に入れないの?」
不満そうだが奥には子狼もいるので、あまりアーキスの目に触れるのは良くない気がするんだよな。
「そうだ、アーキス。 グルカに相棒になってくれるよう頼んでみたらどうだ?」
相性は悪くないと思う。
「え?、グルカっすか。 リルーたんのほうが良いんだけどな」
バカヤロウ。 リルーはお前にはやらん。
顔を見合わせるグルカとアーキスを洞窟の前に置いて、僕は奥へと向かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『カシラ』
隣国キルスの山中で育ったダイヤーウルフは名前をもらった。
ダイヤーウルフの歴史においてもシェイプシフターが群れの頭となることは喜ばしい。
群れの代表として自分の魔力を相手に渡し、受け入れてもらえたことで、群れ全体の従属契約は終わっている。
おそらく、あのシェイプシフターはまだ未熟なのだろう。
よく分かっていないようだった。
「邪魔するぞ」
人間の少年の姿をしたシェイプシフターがやって来る。
洞窟の隅に、シェイプシフターに生気と瘴気を抜かれた若い狼がグタリと転がっていた。
少年はそれに近寄り、撫でて生気を分け与えている。
「ごめんな、休んでるところ」
【いや、大丈夫だ】
少年がカシラの傍に座る。
「先ほどの件だが、色々と教えてくれるのであれば配下にしてもいい」
カシラは驚いた。
配下にしてしまえば、そんなものは命令で何とでもなる話だというのに、このシェイプシフターは馬鹿なのか。
【何を知りたい?】
「昨夜、ここに来る前に僕たちは西のほうで熊魔獣を倒したが、あの若いダイヤーウルフと似たような凶暴性が見られた」
怪我をしている上にあれだけの人間に遭遇すれば、魔獣は逃げるのが普通だ。
しかし、その熊魔獣は一切逃げる気配がなかったという。
「隣国では内乱が終わったはずだ。
それなのに、何故、今頃になって瘴気に狂った魔獣が現れたのか」
元々獣は全て魔力を持つが瘴気を取り込むと、より強い魔獣に変化するといわれている。
しかし、いきなり多くの瘴気を浴びれば個体自体の自我を失う。
凶暴になってしまうのだ。
少年は、魔獣たちが瘴気に当てられて変化したことに気付いていた。
(馬鹿、ではないな)
と、カシラは考え直す。
【確かに最近、山の向こうからの瘴気が強くなっておる】
この群れは隣国の内乱の最中に国境を越えて来た。
あの時よりも瘴気が強くなっていると思う。
「そうか」
カシラは悲し気な目の少年を見る。
【で、我らは配下にしてもらえるかな?】
少年の姿をしたシェイプシフターは嬉しそうに頷いた。