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93・家族


 領主館に押し掛けたダイヤーウルフたち。


「フェンリルに何を命令された?」


僕の声は自然と低くなった。


ローズは静かに僕のベッドの横に座る。


廊下では阿鼻叫喚の声が聞こえるが、あれは王子一行だろう。


ほっとくか。


【イーブリス様と話をしてくるようにと】


「他には?」


フェンリル様は、いつもローズが首に掛けている公爵家所有である証のメダルが無いことに気付いただろう。


【イーブリス様の配下を辞めたのなら、王宮の森で一緒に棲むかと聞かれた】


ふふっ、相変わらずローズは真っ直ぐだな。


 シェイプシフターの擬態した姿とはいえ、ローズは既にフェンリル様の番なのだ。


しかも子供までいる。


フェンリル様にすれば家族同然だ。




 僕はもうローズを配下から外すという決断をしている。


あとはローズが決めることだ。


「好きにすればいい」


僕は起こしていた身体をベッドに横たえ、天井を見上げて目を閉じる。


「僕のことは気にしなくていい。 ローズが一番嬉しいほうを選べ」


フェンリル様の元へ行こうが、このまま北の森で群れを維持しようが、もう僕には関係ない。


あー、山に残るなら領民とはお互い干渉しないように注意しよう。


【あのな、とーちゃん。 おじさんが話があるって】


まだメダルを付けたままのグルカがベッドに飛び乗る。


グルカがおじさんと呼ぶのは隣国から来た群れの元頭だ。


「廊下が煩いな。 場所を変えよう」


近衞騎士たちが剣を抜いたりしたら不味い。


僕はダイヤーウルフたちに温室で待つように頼む。


【分かった】


グルカを先頭に、全てのダイヤーウルフたちが館を出て中庭に向かった。


あー、今度は外から悲鳴が聞こえる。 すまん、庭師。




「私も行きます」


スミスさんがどうしても一緒に話を聞くというので連れて行く。


リナマーナはダイヤーウルフの大群に腰を抜かして部屋の隅で震えている。


「ジーン、後は頼みます」


「はい、承知いたしました」


スミスさんがジーンさんを妻にした理由が分かる気がする。


本当に芯の強い女性だと思う。 


 僕は着替えてスミスさんと中庭に向かった。


温室の中は薔薇の香りで溢れているが、ダイヤーウルフの鼻は大丈夫かな?。


【ぼくは平気、とーちゃんの匂いだから慣れてる】


グルカが飛び跳ねながら迎えに来た。


僕の髪からは、いつも薔薇の香りがするらしい。

 

 スミスさんが厨房から何かの骨を貰って来て、ダイヤーウルフたちに振る舞っている。


僕はブランコの見える茶席に座り、横にはグルカ、向かい側には元頭のダイヤーウルフが椅子を退けて座っていた。


ローズはなんだか元気のないリルーに付き添い、少し離れている。




 普通のダイヤーウルフでは言葉は通じない。


グルカが間に入って通訳になる。


【手を出して欲しいって。 そんで舐めるから『受け入れる』って言って欲しいんだって】


よく分からないけど言う通りにしよう。


 僕がテーブルに手のひらを上にして手を出すと、元頭がそれをペロペロと舐めた。


あ、ダイヤーウルフの魔力が手のひらに乗った気がする。


これを受け入れれば良いのか。


「分かった、受け入れよう」


ダイヤーウルフの魔力が僕の身体に染み込む。


【ありがとうございます、これで声が届く】


今まで聞いたことがない渋い声。


これが元頭の声なのか。


何故、急に聞こえるようになったのかは分からないけど。




「それで、話というのは何かな?」


【他国から流れて来た我々を、対立することなく受け入れていただき、感謝している】


他の狼魔獣たちも寄って来て、僕の周りで伏せた。


「なんのつもりだ」


完全に囲まれて、僕は不機嫌になる。


【あれからずっとイーブリス様を見てきた。 そして、我々は群れごと、あなたの配下になることを決めた】


は?。


今までは様子を見ていたのか。


まあ、慎重なのは悪いことじゃない。




 だけど。


「何か勘違いしてるんじゃないか。 僕はただのシェイプシフターだ。


ローズとは主従関係だったけど、今は解消している」


何故か胸が少し痛い。


「昨日、フェンリルが来ただろう?。 あれが群れの頭で良いと思うけど」


僕は目を逸らす。


【シェイプシフター殿のほうが勘違いなさっているようだ】


「え、何を」


【フェンリルという魔獣は滅多に群れを作らないのだ】


元頭の話では、孤高の存在であるフェンリルは狼魔獣ではあるが、群れから外れた存在だった。


それが進化して聖獣となった個体は、狼の本能は残っていても群れは作らないだろうと言う。


「それじゃ、フェンリルになった姿で群れを統括しようとした時点で僕は特殊だったのか」


王宮の聖獣様は、生物だから子孫を残すために番になることはあるが、群れはいらんと。




 元頭は僕をじっと優しい目で見つめていた。


【我々はシェイプシフターという魔物を知っている】


「なんだって?」


思わず、僕の声が裏返った。


【昔からダイヤーウルフには、時折り群れの中にシェイプシフターが擬態したと思われる個体が混ざることがあるのだ】


ポカンと口を開けた僕を、スミスさんが訝しげに見ている。


【シェイプシフターは優秀だ。 様々な擬態を繰り返しているため他の魔獣や魔物の知識が豊富で、群れを守り、導く存在となることが多い】


だからシェイプシフターである僕を、最初からダイヤーウルフたちは群れを導く者として信用していたというのである。


「う、嘘だ」


フェンリルの姿だったから、瘴気や魔力が多いからじゃないのか。


【シェイプシフターは何故、ダイヤーウルフに混ざるのか】


それは僕も知りたい。


【あの魔物は、とても『寂しがり屋』なのだといわれている】


だから群れを成す魔獣や数の多い人間に擬態し、混ざるという。


【そして言い伝えでは、家族や群れを愛するあまり、いつの間にか自分が魔物であることも忘れ、擬態した相手になり切って天寿を全うするそうだ】


あ、ああ。


何故か、ストンと納得出来た気がした。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ローズは自分を偽ることが出来ない。


本物のフェンリルが目の前に現れた時、嬉しくて興奮した。


美しい毛並みも、しなやかで強い肢体も、狼として気持ちが惹かれる。


美しいものを美しいと眺める。


それを勘違いされたようだと気付いた。




 元頭のダイヤーウルフが話を終え、群れを引き連れて北の森に戻って行った。


イーブリスは呆然とした顔で椅子に座っている。


周囲に他の狼たちの姿がなくなると、リルーがイーブリスに突撃した。


ガッシャーン


椅子ごとひっくり返ったイーブリスの上に、成体のリルーが身体を乗せる。


「お、おもっ」


ジタバタするイーブリスにリルーはフンッとソッポを向く。


【とーさまがかーさまと私をイジメたから、お返しなの!】


「何を言って」


【フェンリル様が王宮の森に来いって。 私とかーさまに】


グズグズと泣き出すリルー。


「それは仕方ないだろう。 フェンリルはお前の父親だから」


【違うもの!、私のとーさまは、シェイプシフターだもの!】


「リルー」


リルーの母親であるローズも、すぐ傍に伏せて参戦する。


子狼たちはイーブリスを父親だと認識し、イーブリスも息子、娘だと可愛がっている。


(それなのに、何故、配下を辞めさせるという話になるの)


【イーブリス様。 私たちは、配下は辞めても、家族はやめられませんからね】


ローズにとって、必要とか、用済みとかの話ではない。


『家族』という絆が既にある。


「ああ、すまん」


イーブリスがそれに気付いて目を伏せた。


【とーちゃーん、ぼくもー】


ドーンッと、リルーより少し大きな身体のグルカもイーブリスの頭に伸し掛かる。


「やーめーろー、お前らー。 とーさんを殺す気かっ!」


それを見ていたスミスが、ポケットからチェーン付きのメダルを取り出し、ローズの首に掛ける。


そうしてしばらくの間、わちゃわちゃと戯れる魔物と狼魔獣の不思議な家族を見守っていた。



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