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92・治癒


 アーキスとタモンさんがいる洞窟に先回りする。


「フェンリルが来る。 その前に逃げるぞ」


「は?」「え?」


二人の腕を掴んで僕は洞窟を出る。


「でも怪我をしたダイヤーウルフがいっぱい……」


「大丈夫だ、聖獣様が癒してくださる」


アーキスとタモンさんには悪いけど、後はフェンリルに任せよう。


息を切らせたグルカの気配が近付いて来た。


フェンリルは恐らく頭上を飛んで来るはずだ。


「二人とも早く、こっち!」


僕は二人に上を見せないように意識して、森の獣道を走る。


ぐらんぐらんする頭を必死で動かし、闇の精霊に途中の道をすっ飛ばして繋いでもらい、あっという間に結界まで辿り着く。




「イーブリス様!」


追いついて来た猟師たちと、兵士が数名、結界の近くで待っていた。


「やあ、お疲れ様。 もう大丈夫だよ」


ここからならフェンリルは森の木々に遮られて見えなかっただろうが、以前も姿を見せているのだから、そんなに驚かないと思う。


もしかしたら、王子一行が領主館の窓から見ているかもな。


まあ、王子一行には公爵領にはダイヤーウルフの群れがいて、たまにフェンリルが姿を見せることがあると認識してもらえば良い。


とにかく今は疲れた。


早く休みたい。


「イーブリス様、お疲れ様です」


歩き始めた僕の横にスミスさんが来て、血で汚れた服を隠すように毛布を被せてくれた。




 今までなら後はスミスさんに全部任せるところだけど、まだやることがある。


「スミス、これ直せるか?」


僕はリルーのチェーンを見せる。


「これは……難しいかも知れません。 新しいものを注文しておきます」


僕は返事を迷った。


もう必要ないかも知れないとは言えない。


黙ったまま館に入る。


 玄関口までタモンさんが追って来て、呼び止められた。


猟師たちが熊魔獣の件で確認したいと言う。


熊魔獣は、魔鳥と違って見るからに怖い。


大雑把に解体したが、住民が怖がるかも知れないので一旦、領主館の倉庫に隠したそうだ。


戦闘跡も明るくなってから確認して処置すると伝えられた。


瘴気は僕が吸収済みだし大丈夫だとは思うが、そのままにしておいて住民に見つかると変な噂がたってしまうからな。


「分かった、任せる」


僕は頷き、猟師たちを労わって解散させた。




 部屋に向かうと廊下に人影があった。


「リブ」


「殿下、騒がしくして申し訳ありません」


無視したくても出来ない相手だ。


「魔獣の処理をしておりました。 詳しいことは明日、ご報告いたします」


「あ、ああ」


視界の隅に不機嫌そうな王子の従者や護衛の姿が見える。


僕はスミスさんに毛布を身体に掛けられているが、魔獣の血を浴びているので生臭いのだろう。


「失礼します」


穏やかに微笑んで通り過ぎる。


それが精一杯だった。




 風呂で汚れを落とし、ベッドに倒れ込む。


「イーブリス様、そのままで結構ですので詳細を教えて頂けますか?」


「あー、そうだなー」


王子たちに言い訳をするにもスミスさんならうまく躱してくれるだろう。


 タモンさんの酒場にローズが現れたところから説明開始。


戦闘して、戦闘して、ローズが倒れていて。


「突然、フェンリルが来たんだ。 きっとローズと、リルーを迎えに、来た……」


僕は眠ったのだろう。 その後は何を喋ったか覚えていない。


なんかスミスさんが静かに激怒してた気がする。




 翌日の王子一行は、また書類作成のため館に留まる。


今回は国境門と砦という国の施設の報告なので誤魔化しがきかない。


王宮で知ってる人が多いからな。


スミスさんが「暇なら」と、手の空いている者に昨日の熊魔獣の処理を手伝わせていた。


かなりの大きさに腰を抜かす者まで出たらしい。


 僕は昨日の無茶がスミスさんの逆鱗に触れたようでベッド押し込められている。


子供たちが順番に見舞いに訪れ、ちょうど部屋に来ていたアーリーに驚かれた。


「リブは本当に領民に好かれてるんだね」


「まあね」


逆らったら、ほら、アレだからさ。


 今はグルカもリルーもいない。


部屋の隅にあるローズ用の寝床をぼんやりと見る。


「あれ?、このメダル、ロージーの?」


二個のメダルと千切れたチェーンが僕のベッドの脇のテーブルに置いてある。


アーリーがそれに気付く。


「ローズはダイヤーウルフの仲間が欲しくて僕の配下になっていたんだけど、もう必要ないから」


今では三十体を越える群れがローズの仲間だ。


本物のフェンリルが頭として統治するなら、もう離反するものもいないだろうし。


「グルカのメダルも回収しなきゃな」


あいつらは森で生きていく。


もう僕は必要ない。




「それじゃ、シーザーはどうなるの?」


本邸に預けた灰色狼はローズの子供のうちの一体だ。


「シーザーが望むなら群れに返そうかな」


僕がポツリと零すとアーリーは少し怒った。


「そんなの、シーザーが望むはずないよ。 ずっとお祖父様の傍にいたんだから」


リルーやグルカも同じだろうと言う。


それでも本当の父親は王宮の聖獣フェンリルなのだ。


僕はただ子狼の生気が欲しかっただけで、成体になった彼らに用は無い。


なのに、いつまでも僕の都合で使ってしまっていたから、仲間であるはずの群れから離反者が出た。


僕は離れたほうがいいと思っている。


そう話すとアーリーは考え込んでしまった。




 しばらくするとザワザワと声がする。


「イーブリス様、あの」


隣の執務室でリナマーナと一緒にジーンを手伝っていたエイダンが入って来た。


「どうした?」


「アーリー様、ダイヤーウルフが!」


廊下の扉の前に立っていたワイアットも扉を開けて声を上げる。


 ノソリとローズが僕の部屋に入って来た。


ポカンとしていると、リルーもグルカも、そして次々とダイヤーウルフたちが入って来る。


「な、なにやってんだ」


【フェンリルさまの命令で来た】


ローズがそう言った。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 

 国境の砦から戻った夜、ダヴィーズは月を眺めていた。


公爵領の小高い丘の上、イーブリスの住む館に客として滞在している。


夏だというに窓を開けると涼しいのは王都より空気が綺麗だからなのだろう。


「殿下、イーブリス様はお出かけになられたようです」


今日は慰問の帰りに魔獣を狩る体験をさせてもらった。


何から何までお膳立てされた狩りだ。


それでも今回、王都から王子に同行した者たちは元気な若者が多く、彼らは十分楽しんでいた。




 館に戻ってから地元の子供たちと一緒に食事を取り、魔獣の話を聞く。


イーブリスが来てからは魔獣の被害はかなり減ったそうだ。


「でもダイヤーウルフがいただろう?」


護衛の誰かが聞くと、


「あれは隣の国から山を越えて来たんだよ」


と、子供たちは答える。


「イーブリス様のダイヤーウルフが、山を越えて来たのと仲良くなって、今では魔獣の森を管理してくれているんだって」


ダヴィーズは驚いた。


隣国がしばらく内乱状態にあり、この公爵領にも難民が来ていたという話は知っていたが、魔獣も入り込んでいたとは知らなかった。


どうりで国境の柵が壊れていたはずだ。


難民たちはイーブリスが保護し、国にも申請して領民となっている。


しかし、魔獣までがイーブリスのダイヤーウルフと仲良く群れを作って定住しているとは。




 やはりイーブリスは優秀だ。


「どうすれば私の傍で働いてくれるのだろう」


暗い山に向かってポツリと溢す。


「ん?」


一瞬、山が白く光った。


「あれはー」


「治癒の光ですね。 何故、こんな所で」


ダヴィーズの従者は護衛としての剣術の腕だけでなく、光魔法である治癒が得意なことで選ばれていた。


従者と二人で暗い森を凝視していると、光が何度か瞬く。


「あ、あれは」


遠くからでも巨大だと分かる白い狼が姿を見せる。


「……では先程の光は」


公爵領に白い狼がいるという報告は上がっていた。


まさか、治癒が使える聖獣だったのか。


ダヴィーズはゴクリと唾を飲み込んだ。



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