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91・月光


 思いがけない熊魔獣の出現で時間を食った。


「ローズの所へ行かなくちゃ」


「身体は大丈夫なのか?」


タモンさんが不安そうに訊いてくる。


「大丈夫ですよ」


僕は笑って答えたけど、なんだか信用されてないな。


猟師の皆さんにとりあえず獲物の移動をお願いする。


ソルキート隊長には彼らの警護を頼んだ。


「イーブリス様はどうなさるので?」


「勿論、ローズの所に向かいます」


「俺がついていくから安心しろ」


タモンさんがそう言ってくれたので、ソルキート隊長は渋々頷いてくれた。




 夜の山を歩くのは騎士であるソルキート隊長は不得手だろう。


そう思って同行はタモンさんにお願いした。


「あの洞窟か」


「ええ、周りにダイヤーウルフが散開してますね」


どうやら少数同士であちこちで戦っているみたいだ。


洞窟に入ると、奥からリルーが出て来た。


【とーさま、とーさま】


「どうした?」


リルーの話では、気配が近付いて来たと思ったら、かなりの速さで洞窟内に突っ込んできて、子狼を二体拐って行ったらしい。


【ごめんなさい、私、何も出来なかった】


オンオンと泣くリルーを撫でて落ち着かせる。




「アーキスたちが来たはずだが、あいつらはどうした?」


タモンさんが洞窟内を見回しているが、アーキスとグルカの気配は無い。


外では血の匂いや、戦っている気配があちこちからするので僕の魔力では探し辛かった。


リルーの鼻が頼りだ。


泣き止んだリルーと一緒に洞窟を出る。


 のそりと大きなダイヤーウルフが森から出て来た。


血の匂いが濃くなる。


【おじちゃん……】


隣国から来たダイヤーウルフの群れの元頭だった。


「怪我してるのか」


僕は近寄って傷を見る。 致命傷ではなさそうだが出血が酷い。


「俺がやろう」


タモンさんが薬を持っているというので洞窟の中に入れて後は任せた。




 ダイヤーウルフの群れの仲間たちがボツボツと戻って来る。


「ローズとグルカはどこだ」


一応、このダイヤーウルフの群れの頭は僕だ。


仲間には、敵対していても同族なので殺さないように言い付けていた。


そのせいで彼らに怪我をさせている自覚はある。


僕はギリッと唇を噛む。


【こっち】


リルーが駆け出し、追いかける。


ギャウンッ


グルカの声がした。


「この野郎!」


アーキスの声は聞きたくなかった。


「ローズ!」


横たわるローズの姿が目に入り、僕の中で何かが弾け飛んだ。


「テメェ」


二体の若い狼魔獣と、その足元に子狼。


「リルー、ローズを頼む」


僕はそのまま相手に突っ込んだ。




「イーブリス様!?」


くそっ、アーキスさえいなければ姿を変えて戦えるのに!。


逃げられないように至近距離で魔法を放つ。


一体は避けたが、一体は脚を失い倒れた。


血の匂いに目を血走らせた魔獣と睨み合う。


「隙を作る。 アーキス、子狼を連れて逃げろ。 グルカ、行くぞ」


グオオオ


子狼を銜えようとする若い狼魔獣にグルカが体当たりをする。


僕は子狼を拾い上げてアーキスのほうへと投げた。


「受け取った!」


その声と同時にアーキスがザザザッと下草をかき分けて遠ざかって行く。




「バカヤロウ、なんで群れを裏切った」


しかも何体か違う仲間を連れていた。


僕はさっきの熊魔獣からもらった瘴気を解放する。


驚いたグルカが恐怖で脚を止めるが、相手は興奮状態のまま唸っていた。


ガアアアア


もう自我を失っているようだ。


どうしてそこまで……。


 飛び掛かって来る魔獣に腕を噛まれた。


僕は、そのままそいつの身体から瘴気と生気を吸い取る。


やがて若いダイヤーウルフがグタリと倒れ込む。


もう身体は動かないはずだ。




 リルーがぺろぺろと必死にローズの傷を舐めていた。


僕は駆け寄って声を掛ける。


「しっかりしろ」


クゥーン


ローズの声が弱い。


ギャンギャン


【かーさまー、かーさまー】


リルーが僕の瘴気に当てられて半狂乱になって叫ぶ。


【うぐぐぐ、もういやあああ】


「えっ」


リルーが首のメダルのチェーンを嚙み千切った。


ぶわっと魔力が溢れる。


「リルー!」


僕も瘴気を放出したせいか体調が安定しない、少しフラつく。


あ、ヤバい。


【かーさまを癒して!】


ピカッとリルーの身体が光り、その光がローズに吸い込まれた。


ゆっくりとローズが目を開く。


【とーさまー、かーさまがー】


「リルー、もういい」


ギャンギャン泣くリルーを抱き締めて落ち着かせる。




 しかし、異変はやって来る。


ぶわっと風が巻き起こり、明るい月を雲のように遮って何かが降りて来た。


「来やがったか」


目の前に真っ白で大きな狼がいた。


【同族の魔力がしたと思ったら、お前たちか】


「あーはい、聖獣様、こんばんは」


【なんだ、この辺りに瘴気と血の匂いが満ちているぞ】


「すみません、こっちのせいなんで、気にしないで下さい」


ローズがゆるゆると立ち上がる。


【がーざまあ】


リルーが僕の手を離れてローズにくっ付く。


良かった、無事で。


 僕はリルーが引き千切ったチェーンと、落ちていたメダルを拾い上げた。


「しかし、どうしてこんな場所に聖獣様が?」


巨体のフェンリルは僕を見下ろしている。


【月があまりにも美しかったから散歩をしておった】


こんな辺境地まで?、嘘つけ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 王宮の森に棲むフェンリルは、月夜はいつも散歩がてら王都の外へとふらりと出掛ける。


最近はシェイプシフターのお蔭で国王からの無理な討伐依頼はない。


王都近郊ならば自分で瘴気を感じ取れるので、勝手に様子を見に行って、時には狩り、時にはどこかへ移動させたりしていた。


浄化の魔法で瘴気を消してやれば大人しくなると分かっていても、魔獣や魔物というのは瘴気があってこそ生きているという種族も存在する。


何でも浄化すれば良いというものでもないのだ。




 あまりにも月が美しい夜は、シェイプシフターのいる北の山を思い出す。


仲間と走り、子狼と遊んだ。


初めて自分自身が癒され、浄化されたような気分になったものだ。


(む、なんだ、この気配は)


いつの間にか、あの北の山の近くまで飛んで来ていた。


夥しい血の匂いがする。


(はっ、まさか)


森へと急降下しシェイプシフターの気配を探ると、あの小さな同族の姿も見えた。


泣いている。


(どうしたのだ)


【同族の魔力がしたと思ったら、お前たちか】


姿を見せるとシェイプシフターが嫌そうな顔をする。


フェンリルも他者の縄張りを侵すつもりはなかった。


ただ、泣いている小さな同族が心配だったのだ。




【がーざまあ】


どうやら戦闘があったらしい。


付近の魔獣たちの多くが傷付いているようだ。


フェンリルには浄化だけでなく、怪我や病気を癒す魔法もある。


(小さな同族が魔法に目覚めたようだな)


母親のダイヤーウルフを初めて癒したようだった。


それは良いことだとフェンリルがほっこりする。


「しかし、どうしてこんな場所に聖獣様が?」


シェイプシフターに訊ねられる。


【月があまりにも美しかったから散歩をしておった】


フェンリルは正直に答えたが、シェイプシフターは気に入らなかったようだ。


「せっかくいらしたのですから、どうか他のものも癒して下さいませんか」


シェイプシフターは自分で己の傷を治した。


 傷を負ったダイヤーウルフが目の前にいたので、一体ずつ癒していく。


脚や体の一部を失くしているものもいるがフェンリルの癒しはそれも元通りに治してしまう。


「あっちにもいるんだ」


【構わぬぞ】


「グルカ、案内してやってくれ」


【うん、いいけど】


チラチラと振り返るダイヤーウルフの後をフェンリルがついて行く。




「ローズ、行きたいんだろう?」


フェンリルの大きな後ろ姿を見ながらイーブリスが囁いた。


「あのフェンリルなら、この群れを統括出来る」


【とーさま?】


白い狼が戸惑う。


「ローズ、お前を配下から外す」


シェイプシフターはローズの首からチェーンを外し、闇の精霊の穴に姿を消した。



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