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88・青色


 僕はブリュッスン男爵と馬車で話をしていたが、途中で国境門に到着してしまった。


仕方がない、一旦中止。


すぐに王子一行と男爵は案内されて砦の中へ入って行く。


僕とスミスさんは厨房に向かう。


「失礼。 調理担当はいるかな?」


「うん?、坊主はどこから来た。 っていうか、誰だ」


筋肉の塊みたいな料理人や雑用担当の兵士が出て来た。


「領主のブリュッスン男爵と一緒に来た。 これを届けに」


馬車で運んで来た荷物を渡す。


「おー、助かる」


食料と酒が主な物質だ。


「日頃は予算ギリギリの物資しか寄こさねえのに、さすが王子一行が来てるだけのことはある。


男爵もこの砦が重要だと分かっているんだな」


いや、残念ながら男爵は、国から予算が出てるから自分は関係ないと思っているみたいだぞ。


これは僕から男爵への点数稼ぎ、話し易くするための貸しなのだ。




「リブ」


アーリーとその他二名が入って来る。


「どうした、アーリー」


アーリーとその取り巻きには別行動してもらっていた。


「温泉施設周辺を警護の兵士と一緒に回って来たよ」


ソルキート隊長にお願いして、アーリーに公爵領の本当の魔獣を見せてやってもらった。


王子一行の魔獣狩りの下調べである。


 領地の西側にある温泉施設は、元は開拓地。


痩せた土地を農地にする予定で国から募集されて集まった開拓民が入植していた。


しかし、思ったより魔獣が多い上に、領主代行が彼らをまるで存在しないかのように扱っていたために隣国からの難民に占拠されてしまったのだ。


それを解決した今、その土地を開拓する民と金を預かっている公爵領は有効活用しなければならない。


また監査官とかやって来ると煩いからな。


「小型の魔獣を何度か見かけた。 後は隊長の話では最近、若い狼がいるって」


「そうか」


ローズが言ってた群れから出たダイヤーウルフだな。


北の森から少しずつ西に移動しているとは聞いていた。


「リブ、あれはロージーの仲間なの?」


アーリーの問いに僕はドキッとした。


 あれは元々ローズたちの仲間の子供なので、出来れば討伐はしたくない。


僕は意識の下でシェイプシフターの能力でフェンリルになるための数値を見る。


恐らく足りるだろう。


曖昧な笑みを返し、王子たちを見る。


殿下はどこまで僕のことを知っているのだろう。


国王陛下から僕の正体を聞いたのなら、ここに来ることはないはずだ。


知っていても尚、僕を好きだというなら。


いや、甘いな。


そんなことはあり得ない。




 砦の庭で昼食の準備が始まる。


王子を歓迎し、屋外の焚火の上に鉄網を乗せて豪快に肉や野菜を焼き始めた。


軽い酒、焼ける肉の匂い。


肉体派の兵士たちの笑顔と旺盛な食欲で砦は賑わう。


「こんな辺境まで王族がいらっしゃることは今までありませんでしたから」


砦の責任者は涙を流して喜んでいた。


ダヴィーズ殿下は頬を少し赤くして恥じ入るように「すまなかった」と言う。


兵士たちはそんな少年王族に好感を持ったようだ。


「いえいえ、こんなに腹いっぱい肉を食えるのも殿下のお蔭ですからな」


届けたのは僕だが男爵からだと勘違いをさせておいた。


「私からも礼を言う、男爵、ありがとう」


「へっ、い、いえ、当然のことをしたまででして」


王子の感謝の言葉に男爵はオロオロする。


ブリュッスン男爵領は野菜を中心に作っている農業地帯。


野菜なら十分手に入るが、兵士たちには慢性的に肉が足りないという情報を掴んでいた。


 王子の訪問は歓迎され、昼食を共にした後、公爵領へと帰路につくことになる。




「デヴィ様、先ほど魔獣を見かけました。 食後に狩りをなさいませんか?」


騎乗した殿下と近衛兵たちにアーリーが提案する。


「良いのか?」


チラリと僕を見るので、ニコリと笑って頷く。


「ご案内いたします」


ひらりと先頭に出て行くワイアットは、騎士服を着ていても小柄だが身のこなしはさすがだ。


 馬を駆り、国境沿いに緩やかな山道を西から北の山へと向かう。


僕とスミスさんも馬車から外した馬に騎乗している。


貴族の嗜みだからな、僕でも馬ぐらい乗れるぞ。


アーリーの能力のお蔭だけどね。




 国境の石壁が木柵に替わる。


「ん?、ここは木柵なのか」


「ええ。 石で造られているのは国境門の辺りだけですよ」


ここぞとばかりにブリュッスン男爵も口を挟む。


「恐れながら殿下、我が男爵領でも毎年魔獣に壊される被害が出ております」


木柵は所々修復の跡があり、完全に壊れている所もある。


「そうだな。 これでは山を越えて来る魔獣を防げまい」


密入国者もな。




 ワイアットが魔獣を見つけ、殿下や騎士に伝えて狩りが始まる。


僕は最後尾でスミスさんと二人でそれを見守っていた。


「さすがに殿下は馬の扱いはお上手ですね」


「馬に乗りながらの狩りはまだまだだけどな」


馬上からでは獲物に剣は届かない。


槍か弓か、もしくは。


「アーリーはすごいな」


殿下の嬉しそうな声が聞こえる。


「すみません、デヴィ殿下。 思ったより脚が速かったので魔法で仕留めてしまいました」


中型犬ほどの大きさのある兎型魔獣だった。


「先ほど砦で召し上がっていただいた肉は、この兎ですよ」


エイダンがそう言うと兵士たちは笑顔を零す。


増え過ぎると農作物を荒らすので、適度に狩って持ち帰ることになった。


 アーリーが魔法で足止めし、馬を下りた殿下や騎士たちが止めを差す。


食後の良い運動になっただろう。


しばらく休憩した後、領都へ向かって戻る。


僕とスミスさんは一旦砦に戻り、馬車に馬を繋ぎ直して戻るのだ。




 何故かブリュッスン男爵が僕たちについて来た。


「馬車でのお話が途中でしたので」


本当に小賢しいことには頭が回る男だ。


「どうぞ」


再び馬車で二人きりになる。


 しばらく悩んだ末に男爵が口を開く。


「イーブリス様はどこまでご存じなので?」


こんな小物に用はない。


興味があるのは『赤毛』に執着する隣国の王だ。


「施設への招待状を出すかどうかを迷っているのですよ」


これから隣国との付き合いを考えなければならないと思っている。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 

 ダヴィーズはしばらくしてイーブリスと男爵がいないことに気が付いた。


馬をアーリーに寄せて訊ねる。


「リブがいないようだが」


「ああ、馬車を置いて来たので引き取りに砦に戻ったようです」


納得して頷いたダヴィーズがアーリーと並びながらゆっくりと馬を進める。


「その、リブの体調は大丈夫そうなのか?」


お互いに忙しい身である。 ずっと気にしていたのだろう。


アーリーは微笑んで「問題ないです」と答える。


「この土地はリブの身体に良いみたいですね」


転地療養と聞いた時はただ王都を離れたいだけかと疑っていたが、悪い選択ではなかったようだ。




 この領地の資料によると問題は魔石だ。


「公爵領は魔獣狩りが盛んで、それは魔石の産地であるということです」


王都では、魔道具の開発により魔石の消費は年々増えるのに供給量はそれほど増えていない。


貴族や商人は優良な魔石の生産地に対し、伝手を頼り、少しでも取引量を増やそうとしている。


公爵家から離れた、まだ未成年のイーブリスを腹黒い大人たちが狙っていた。


それはイーブリスにとって歓迎することだが、二人はそんなことは知らない。


ただ心配していた。




 温泉施設の横を通る。


施設自体は高い石の塀で囲まれており、入場門の横の厩舎には多くの馬車が並んでいた。


本日も盛況のようで多くの人の声で溢れている。


「この事業が上手くいけばリブも安泰だろうな」 


王子は微笑む。


会えなくて、ずっと心のどこかに、何かが刺さったままの傷の痛みを、ようやく癒せる気がした。

 

王子は、ふと機嫌の良いアーリーを見る。


昨日まではただ黒いだけだった右耳のイヤーカフが、目の色と同じ鮮やかな青色だと気付く。


そうしてそれは、確かイーブリスの左耳にも輝いていた。



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