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87・国境


 王子一行の予定は、のんびりとしているようでも案外忙しい。


「明日は国境の関所に向かいたい」


翌日には書類仕事がひと段落ついたようで、昼食時に殿下から申し出があった。


「では伝令を出しておきましょう」


スミスさんが答える。


「それでは抜き打ちにならないのでは?」


どうやら殿下は国境警備隊を驚かせたいらしい。


「デヴィ様。 それは兵士を監督する部署の仕事です。


殿下の仕事は、過酷な国境警備という任務に着いている者たちを慰問することではないでしょうか」


僕は、色々と王子を甘やかす傾向にある従者たちにも釘を刺しておく。


 こんな辺境地の警備隊などダラけているのは間違いない。


だからといって厳しくすれば反発が強くなるだけだ。


いくら隣の領とはいっても、暴動や反乱でこちらにも被害が及ぶのは困る。


これ以上、仕事を増やされては堪らないからな。


「そうか、リブの言う通りだな」


王族が素直過ぎるのも問題だぞ、と僕は従者を睨んでおく。




 国境門は隣のブリュッスン男爵領にあるため、男爵にも知らせなければならない。


執務室で秘書であるジーンさんに指示をしていると、


「私が行きますわ」


と、またリナマーナが無茶を言い出す。


「リナマーナはここで大人しくしていてくれればいい」


伝令は早馬になるので専属の兵士がいる。


「リナマーナ様、私たちは領主代理様の指示で動くのですよ」


ジーンさんもやんわりと止めてくれた。


見るからにションボリとするリナマーナ。


「あの、リナマーナ様。 どうしてそこまで熱心にイーブリス様のお仕事を手伝おうとなさいますの?」


ジーンさんは不思議そうに首を傾げて赤毛の令嬢を見た。


 人質令嬢は行儀見習いという名目で預かっており、未成年の間は基本的に仕事はしなくてよいことにしている。


しかし、リナマーナの場合はとにかく勉強が遅れていたので、最初は領地の子供たちの教室に放り込んでおいた。


でもそれしかやることがないのは退屈だろうと、ジーンさんの仕事の補佐をお願いしている。


最近、やっと使えるようになってきたところだ。




「だって、ヴィオラ様が」


何故、ここで僕の婚約者の名前が出てくるのか。


「イーブリス様のお役に立てないと捨てられるって」


僕は深くため息を吐く。


以前はただ僕の気を引こうと付き纏って来たが、ヴィーに会ってからはやけに仕事に口を出すようになったのはそのせいか。


「彼女とキミでは立場が違うだろう」


将来ヴィーは僕の妻となり、この公爵領を一緒に守る立場になる。


リナマーナは男爵家との契約で成人するまで預かっているだけだ。


「キミを捨てるようなことはあり得ないから安心して良い」


もし捨てるとなっても隣の領に返すだけだ。


 その後は無視して仕事を続ける。


全く、ヴィー以外の女は煩いのが多いな。




 翌日、ブリュッスン男爵の到着を待って王子一行は国境門に向かう。


食事や行き帰りの道案内を含めて同行を申し出ると、殿下は喜んで承諾する。


男爵は嫌そうな顔をしてるけどな。


 領都から街道に向かう途中、温泉施設の前を通る。


今日は騎馬で来た男爵を誘って僕の馬車に同乗してもらっている。

 

「イーブリス様、一つお訊ねしてもよろしいでしょうか」


男爵と会うのは南の町の封鎖騒ぎ以来だ。


「何か?」


子供らしい笑顔を心掛ける。


施設に関しては、男爵にも招待状は送っているが日程の順番はかなり後半になってしまっていたはずだ。


王都からの客が優先だから、そこは申し訳ないと思う。




「その、南にあった町は今、どうなっているのですか?」


街道から領主館に向かう道は現在、南の町は通らない。


歓楽街に興味があるんだろうな。


「新しい施設を造るために町ごと工事関係者用になっていたが、工事が終わったので、また元のような町に戻す予定だ」


まだ未完成なので、町へ向かう道も案内がいなければ見つけられないようになっている。


「さようでございますか」


ホッとした顔になるが、やはり僕のような子供に丁寧な言葉を使わなければならないのが苦痛のようだ。


笑顔が引きつっている。


「それにしても街道から領主館まで立派な道になりましたな」


窓の外に目を向ける。


「僕の移動は馬車が多いからね」


快適な道の整備は領兵と騎士団を使ってきっちりやった。


王都の技術を使い、田舎には珍しい平らな石を使っている。




 馬車に男爵と二人っきりになったのは訊きたいことがあったからだ。


「こちらからも一つ、いいかな?」


「はい、勿論」


と言いながら、僕の言葉に警戒する男爵。


まあ、僕は南の町を追い出された商売人たちからは嫌われてるからな。


今ではアイツらは男爵領で店を構えているが、農家相手では商売はいまひとつらしい。


そこは先代の領主代行と好き勝手やってたせいだし、自業自得だろう。




 さて、訊いてみるか。


「ブリュッスン男爵殿は隣国の新しい国王陛下と顔見知りだとか」


「は?、い、いえ、そのようなことは」


ふーん、『ない』とは断言しないか。


やはり多少、頭は回るらしい。


「そうなのか?。 リナマーナ嬢からは求婚されていると聞いていたが、嘘ということかな」


娘を嘘吐きとは言えないだろう。


「はあ、ほんの少しだけ存じております。 娘のことは、その、なにぶんまだ子供でございますから」


笑顔が引き攣る。


「ふうん。 では、リナマーナ嬢がこのまま『公爵領で働きたい』と言ったら許可してもらえるだろうか」


男爵は明らかに驚き、慌てる。


「そ、それは無理でございます!。 成人までは待ってもらえるようお願いしてございますが、成人すれば本人の自由で」


「貴族、またはその家族が居住を移す場合は、王宮への届けと許可が必要である。


未成年の場合は移動理由の確認を必須とする」


昔、王族の子供が拐われ死亡したために強化された法律である。


僕の言葉に男爵が青ざめた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 国境門が近付いてくる。


ブリュッスン男爵は公爵領主代理イーブリスの前で冷や汗を流していた。


「あ、あ」


心の中は大荒れで、声を出そうにも言葉にならない。


(何故、こいつが知っているのだ)


馬車が停まる。


「到着いたしました」


護衛の声にすぐに飛び出すように馬車から降りた。




 ブリュッスン男爵領の北の山にある国境線は、公爵領へと続いている。


谷間にある国境門に国軍である国境警備隊が常駐している砦があった。


分厚い石壁のような国境の塀と同じ厚さの鉄の扉があるが、この門は滅多に閉じることはない。


「門は立派なんだよな、門は」


ブリュッスン男爵は国境門を見上げる。


国境を示す石壁も門の周囲のみで、延長線上はただの木柵なのだ。


毎年、魔獣被害で農地を荒らされるため何度か修復させられている。



 

 砦から出て来た兵士がズラリと並んで王子を迎えた。


ブリュッスン男爵は王子一行について砦内部を回って、掃除が行き届いていないとか、備品が傷んでいるなど指摘していく。


王子たちは頷いたり、何かを紙に書いたりしていたが、イーブリスの姿が見えない。


 砦の厨房に入ると、そこに居た。


「何をしているのですか、イーブリス様。 殿下の視察に同行されずに」


男爵は、わざわざ王子に聞こえるように「呆れた」と声を上げる。


「それは失礼した。 国軍の兵士は国王の配下ですから殿下にお任せし、私はこの砦で働いている国民を労わっておりました」


厨房の調理台の上には熟成された魔獣の肉が大量に置かれていた。


「おお!」


警備兵全員の目が釘付けになっている。


「ありがとうございます、ご領主様」


ブリュッスン男爵からの差し入れだと勘違いした砦の者たちに、イーブリスは何も言わない。


「いや、それは違う」と、男爵は訂正しようとしたが、イーブリスはそれを止めた。


ニコリと笑い、男爵しか聞こえないように、


「一つ貸しですよ」


と囁く。


男爵は嫌な予感に震えた。



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