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84・護衛


「皆様、どうぞごゆっくりお寛ぎください」


僕は聴衆に対する宣言を終えて施設を出る。


王子一行を案内し、これから領主館に向かわなければならない。


 二つの馬車と騎馬が四頭。


馬車の中で、足元にはグルカ、アーリーは僕の隣に座っているが向かい側に目を向けた。


「なんでここに?」


と首を傾げて殿下を見る。


ここまで騎馬でやって来た殿下に、僕は別の馬車を用意していた。


「ちゃんとご自分の護衛がいる馬車に乗って下さい」


そんな進言をしても聞く相手ではないのは分かってた。


「せっかく会えたのだから当然だろ」


まあいいか、と諦めた。




 途中、アーキスの放鳥場で馬車を停める。


「魔獣とはいっても、これは卵のうちに巣から採取し、瘴気を抜き取って育てたものです」


「ほお?」


殿下も近衛騎士たちも全く家畜と変わらない生態に驚いている。


「春に卵が孵り、夏の間に成長し、秋の終わり頃に卵を産みます。


その時点である程度を間引いて肉にするんです。


大変に美味ですよ。 この土地にいる間に召し上がっていただきますけど」


そう言ってニコリと笑うと何故か引かれる。


あー、殿下は生きている物が食用になるってところが分からないのかも知れないな。


「肉は産まれた時から肉なのではないのですよ」


「わ、わかっておる」


ふうん。


下手をすると死体とか、家畜が精肉になるところとか見たことないんだろうな。


あの国王陛下は過保護なんだよ。


こんな純粋無垢な奴が国を治められるのか、不安になるわ。




 再び馬車で走り、領都の町中に入ると広い中央通りの両側には商店が並んでいる。


「田舎なのにお洒落な店が並んでるね」


アーリーは目ざとい。


「以前から出入りしていた王都の商人たちが、こっちに支店を構えるようになったんだよ」


元調査員のデラートスさんの仲間の行商人たちが、こっちのほうが実入りが良いらしく、競って店を出している。


公爵家からの手厚い援助もあるし、良い情報には手当を惜しまないから、引退間近の調査員が結構この領地に落ち着いてくれたのだ。


そして彼らが、若手の調査員を雇って王都と領地間を往復させている。


お蔭様で、王都の噂話の裏の裏まで載っている貴族報が充実してるよ、あはは。


 それだけでなく、近隣の領地から移動してきた店も多い。


何せ気に食わない奴は僕が地下牢に放り込んでいるので治安が良いからな。


公爵領は安心して商売が出来ると業界では有名らしい。




「あー、一つだけ言っておきますけど」


僕は馬車の外の護衛たちを見る。


「実は、この町には大人が遊べる酒場が少ないんです」


「うん?」


純粋培養で育った王子が首を傾げる。


「つまり、娼館や妖しげな女性が給仕をするような店はありません」


殿下の顔が真っ赤になる。


「そ、それは、必要ないだろう」


だといいんだけどね。


「後で彼らにも説明いたしますが、ここから南に町がありまして。


もしかしたら、そこなら何かあるかも知れませんので、たまには兵士たちに用事を言い付けるといいですよ」


事前に騒ぎそうな連中には知らせておいて欲しい。


仕事で向かうという前提なら誰も文句は言うまい。


温泉施設内で「酒を出せ、女性に相手をさせろ」とグチグチ文句を言っていた兵士がいたことは報告されているんだよ。


「わ、分かった」


地下牢行きにしたいところだが、王子一行には手を出せないので、監督を頼む。


さあ、館に到着である。




「ようこそ、ダヴィーズ殿下」


子供たちが揃って声を上げる。


「あ、お、出迎えご苦労」


見てるだけなら子供と動物は最強の癒しらしい。


王子の側近たちも顔が緩んでるな。


子供たちを解散させ、僕たちは館の中に入った。


 部屋への案内をスミスさんに任せ、僕は着替えのため自室に向かう。


「お疲れ様です」


何故かリナマーナ嬢が部屋の前で待ち構えていた。


「お前は来るな」


「ジーンさんに頼まれました!」


「嘘つけ、グルカ!」


グルッ


「きゃああああ」


ひるんだ隙に部屋に入る。


まったく、こっちは忙しいのにやめてくれ。




 夕食までの時間は担当の者を付けて館内の説明をさせ、護衛の兵士たちに魔獣の出没地域や注意事項を説明する。


兵士同士の交流も良し、温室や魔鳥の放鳥柵の見学も自由でよい。


しばらくは僕もスミスさんも王子の相手で手一杯になるからな。


子供たちには近寄らずに遠くから監視を頼み、何かあればタモンさんに連絡するように言ってある。


 六年もあれば最初は浮浪児でも仕事を覚える。


年長者は既に成人しているし、次々に入って来る子供たちを指導出来るようになった。


領内は人手不足なので、希望すれば館でも温泉施設でも好きな所で働ける。


接客の熟練者にも積極的に食い付いていたし、教える方も素直な子供たち相手は楽しそうだった。


 僕の朝の新聞係りは年少者の仕事らしく、時々新入りを連れて来ては、恒例になっているギュッと抱き付くまでを一通りやっていく。


お蔭様で体調は良い。


だけど、領内で不満を持つ者が減ると、今度は瘴気が不足する。


魔物の身体も厄介なもんだ。




 つくづく思う。


「短期間なら問題ないのにな」


まさか精霊の洞窟でぬくぬくと過ごしていた僕が、シェイプシフターとなり、赤ん坊に擬態。


その人間のままで一生分をやるはめになるとは思っていなかった。


 シェイプシフターが同族に遭遇しない理由。


完全に擬態するがゆえに、自分が魔物だということを忘れてしまう。


僕は鏡を見る。


自分自身を偽って、周りも全て偽っていれば確かにそうなってもおかしくはない。




 だけど僕は今、自分自身に復讐をしている。


アーリーの母親に頼まれたんだ。


あんな風に命を落とすことになった元凶に復讐を。


彼女の恨みを晴らすために、僕は公爵家に入った。


 アーリーの両親を巡り合わせ、事件の発端を作った国王陛下。


結婚を許さず、追い詰めた父親の公爵家当主。


洞窟に入り込み、まだ身体の無かった頃に敵意を向けた男を放り出した僕。


皆で少しづつ不幸になることを、僕は『復讐』として選んだんだ。


 でもアーリーは違う。


彼を幸せにすることが僕への最初の依頼だったから。


大丈夫、忘れてないよ。


僕はそのために分家になるのだから。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 北の公爵領主の館は部屋数だけは多い。


数年前までいた公爵家筋の役立たずの男が見栄だけで建てたそうで、外装も内装も立派なものだ。


王子と従者は一番広い部屋を充てがわれた。


しかし、調度品は趣味があまり良くない。


「安物を豪華な見かけだけで買ったのでしょうね」


この部屋を使うほどの貴賓客が今までいなかったから気付かなかったのかも知れない。


ダヴィーズは従者に着替えさせられながらそう思った。


 小高い丘の上にある領主館の最上階、三階にある角部屋。


北西側に大きく窓が開き、バルコニーもある。


山と森しか見えないが眺めは最高だ。


部屋も王宮に負けないくらい広く、続き部屋が二部屋。


護衛と従者用である。




 扉が叩かれて承諾すると、着替えを終えたアーリーが大柄な従者と一緒に入って来た。


「デヴィ様、お部屋は気に入りましたか?」


アーリーはこの公爵領の本家、次期公爵だ。


領主代理のイーブリスより上の立場になる。


「ああ、とても素晴らしいと思うよ」


迎えに出てくれた子供たちも清潔で礼儀正しかった。


スミスという執事の話では、イーブリスが身寄りのない子供たちを集めて教育したのだとか。


アーリーも満足そうに頷いた。


「この後、イーブリスがご挨拶に参りますが、同席してもよろしいでしょうか」


「勿論だよ」


ダヴィーズとアーリーは顔を見合わせて微笑む。


ようやくゆっくりと話が出来る。


二人はそれぞれ話したいことが山ほどあるのだ。


 部屋の隅で護衛と従者たちはこっそり視線を送り合う。


(暴走注意な)


(そっちこそ、ちゃんと止めろよ)


静かな闘争が始まっていた。



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