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82・前夜


 タモンさんの店に、入れ替わり立ち替わり連絡員たちがやって来る。


今日は本来なら、この連絡員たちの予行練習の日だったのだ。


「練習ふっとばして本番になっちまったな」


タモンさんがカウンターの向こうで腕を組む。


「そうですね」


僕はカウンター席に座り、足元にはグルカがきちんと伏せている。


安全を確認した上でスミスさんには館に戻ってもらった。


この後の王子一行の世話は館が中心になるからな。


「しかし、イーブリス様。 本当に王子様に挨拶に行かなくていいんですかい?」


「明日、顔を出しに行くから大丈夫」


療養が必要な人間の振りも大変なんだよ。


連絡員たちは簡単な暗号で要人の状況を伝えてくれるが、僕としてはそこまで重要な相手ではない。


邪魔臭いだけだ。




 王子殿下には今日一日くらい、ゆっくりしてもらえば良いだろう。


仰々しい挨拶や腹の探り合いは長旅の疲れが取れてからでも遅くない。


定期的に出入りする連絡員たちは、多少の小競り合いや、従業員の不手際を報告してくるが、全て想定内。


熟練者たちがきちんと対応している。


「もう開業してるんすかっ!」


若手猟師のアーキスが大声を出しながら店に入って来た。


「王都から要人が開業前の視察に来てるだけだ」


僕はそう答えながらお茶を啜る。


その対応で多少バタバタしているのは仕方ない。


「そーなんすか」


以前、王宮の監査官に下手に情報を流してしまったアーキスは王都と聞いて警戒する。


うん、前回もそれくらい慎重だったら良かったのにね。


「あ、グルカだ。 久しぶりだな」


魔獣大好きアーキスは、しゃがみ込んでグルカと顔を合わせる。


フワリと一度だけ尾を振るグルカ。


「たまには俺の鳥農場にも来いよ」


アーキスのヤロウ、狼相手に何を言ってるんだか。


「冬になったら、肉、食わしてやるからな」


あー、まだ手懐けようとしてるのか。


懲りないな。




 報告待ちの間に、タモンさんから魔獣の情報を貰う。


「北の森はローズたちがいるから静かなものだけど、西はどうなんだ?」


暇になる王子の近衞騎士たちに魔獣狩りを振ろうと思っている。


「温泉施設の辺りでしょ?。 さすがに大きな獲物はいないっすけど、初めて見るような珍しい小物ならいますよ」


アーキスが僕の隣に勝手に座って喋り出す。


だから、そんな大声で喋るな。


以前より町の住民が倍くらい増えていて、この食堂にも見慣れない客が多い。


「そうですね。 国境沿いは注意が必要かも知れやせん」


タモンさんは声を落とし、アーキスを睨みながら答えた。


やはりか。


「タモンたちがそう言うなら気を付けよう」


僕は隣に手を伸ばしてコツンとアーキスの頭を小突く。




 西は隣国との国境門が近い。


実は隣国との出入り口は隣のブリュッスン男爵領にある。


国から派遣された国境警備隊は、男爵領にある国境門近くに砦を構えていた。


 公爵領は街道から外れているので、国境沿いに柵はあるが、あまり立派なものではない。


それにしても、魔獣が入り込むのは公爵領だけなのかな。


「未だに国境を超えて来る魔獣がいるとなると、隣国はまだ安定していないということか」


以前、開拓地には難民が押し寄せた。


温泉施設を高い石塀で囲んだのは、もしもの時は砦として使うためだ。


内乱が終わったとはいえ、今後も無いとはいえないからな。




 新しい国王がリナマーナ嬢に執着してるという話も気になる。


隣の男爵領の事とはいえ、隣国の王族の『愛しの赤毛令嬢』が公爵領にいると知れば、こっちに来る可能性もあるし。


巻き込まれたら面白いな。


「イーブリス様。 また何か良からぬことを考えてますね」


迎えに来たスミスさんに顔を顰められた。


「楽しいことを考えてた」


僕は素直にそう言って立ち上がり、グルカを連れて外に出る。


普通は馬車なんて使わない距離だが、今回は誰が見てるか分からないからな。


病弱設定は最強だけど、邪魔臭い。


まあ、少しずつ良くなってきてることにしよう。




 この領地に来て約六年。


子供たちを領主館で預かることで生気の補充が出来るようになった。


地下牢の瘴気は解放した者が多くて随分と減ったが、これから南の遊技場の町が完成すれば、また期待出来る。


遠慮なくぶち込める犯罪者が来てくれたら嬉しいなっと。


「今日は見逃しますけれど、明日からはそのようなニヤケ顔はおやめ下さいませ」


またスミスさんに怒られた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ラヴィーズン公爵の孫アーリーの従者であるエイダンは、主と供に国の辺境地にある公爵領に来ていた。


公爵家の新しい事業である温泉施設。


そのお披露目があるため、王子の訓練に紛れてやって来た。


「アーリー様」


二日目の夜、部屋から姿が見えなくなったアーリーを探していたが、廊下に一人で佇んでいるのを見つけたところである。


「お一人で歩き回らないで下さい」


「すまない」


公爵領に着いてすぐ、視察予定だった新しい温泉施設に案内された。


しかし、そこには領主代理であり、アーリーの双子の兄イーブリスの姿はない。


「リブがいない」


アーリーが酷く落ち込んでいるのは誰にでも分かった。


「イーブリス様は大事を取られて、領主館で休んでおられるそうですよ」


「うん」


アーリーもそんなことは分かっている。


ただ、すぐ近くまで来ているのに会えないことが歯痒く、じっとしていられないのだ。




 大きな温水浴場を中心に、複数の小さな浴室を備えた客室がある。


浴場は全て湯着と呼ばれるものを装着しての入浴だ。


王子や役職の者は個別の客室に分かれて宿泊。


大人数が収容出来る大広間では、近衞騎士や従者たちが十分に身体を伸ばして寛いでいた。


営業している飲食店自体は少ないが、それぞれ良い匂いを漂わせ、夜遅くまで食事が取れる。


ただし、施設自体がまだ開業前のため酒は出ない。


三十名余りの一行は、概ね満足して旅の疲れを癒やしていた。




 アーリーも到着して丸一日、王子殿下と供に温泉で旅の疲れを癒やし、新しい設備や料理の説明を受けた。


帰ったら報告しなければならないため、しっかりと視察しようと思うのだが、どうしても目はイーブリスを探してしまう。


「イーブリス様は明日の朝には顔を出されて、そのままご一緒に館へ向かう予定でございますから」


もう少しの辛抱なのだ。


「うん」


アーリーは力無く頷く。


「僕は、リブに嫌われていないよね」


ここに来て初めてアーリーは気付いたのだ。


王子と一緒に来たことで、イーブリスが嫌な顔をするのではないかということに。


それで怖くなって眠れなくなってしまったのだ。


「私はそうは思いませんよ」


エイダンはアーリーと並びながら、そう言って笑う。


「私や本邸の使用人たちが知っているイーブリス様は、誰よりもアーリー様を大切に思っていらっしゃいました」


「うん」


アーリーも鍵を掛けたイーブリスの日記帳を思い出す。


「数年の間、全くお会いしなかったわけではございませんし。


ただ……王子殿下については分かりませんけれど」


そう言って目を逸らすエイダンを見て、アーリーはクスッと笑った。


「確かに」


だけど、アーリーはダヴィーズ王子に近付かねば、ここには来られなかった。


「何事にも代償は必要かと」


物事には良いこともあれば悪いこともある。


「ほお、知ったようなことを言うね。


ではエイダンは、今回の訓練に参加して嫌なことばかりじゃなかったと」


「ええ」


エイダンは思いっきり首を縦に振る。


「騎馬での長距離移動はかなりきつかったですが、ここで温泉に入って、美味しい物を頂いて。


本当に来て良かったと思いました」


「あははは」


二人は声を出して笑った。


アーリーに笑顔が戻ったことでエイダンはホッと胸を撫で下ろす。


 施設の中は真夜中だというのに、一部にはまだ明かりが点り、最後の調整に動いている人たちの気配がしていた。



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