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81・一行


 王子一行の到着を告げる早馬が領主館に駆け込んで来た。


「早過ぎだろ」


訓練を兼ねた騎馬移動とは聞いていたが、大所帯だからもう少し掛かると思ってたよ。


「ソルキート隊長がすぐに案内をされまして、施設に入っていただきました」


「ありがとう」


一日早い到着だが、今日はまだ施設の最終確認の予定だったので湯は入っていない。


掃除が終わったところから湯を入れて、中央の一番大きな温水浴場は最後で良いだろう。


ボンに食材を早めに届けるように伝令を頼んだ。


 でもまあ、大まかな準備は間に合ってて良かったよ。


「手筈通りで頼む」


「はい、承知いたしました」


スミスさんに後の指示を任せる。


僕は領主館で休んでいる設定だ。


出来るだけ接触を減らしたい。




「悪いなリルー」


【大丈夫よ、慣れてるから】


真っ白でフェンリルに近い狼魔獣のリルーを見られるわけにはいかないから、山に居るローズに任せる。


闇の精霊が穴を開け、ダイヤーウルフの洞窟へ繋げた。


【じゃーん!】


代わりにグルカをしばらく側に置くため、二体が入れ替わる。


 僕は使用人見習いの子供たちを呼んでグルカを洗わせることにした。


日頃、山を駆け回ってるから丹念に何度も洗わせた。


【とーちゃん、ヒドイ】


「煩い、仕方ないだろ。 今回は客が王族だからな」


グルカは不満そうに身体を嗅いでいる。


 だけど、こいつも山ではいつもがんばってくれているんだったな。


グルカも、リルーも、王都にいるシーザーも、僕が父親じゃなかったらもっと自由だったはず。


なんだか魔獣らしいこと、あまりさせてやれてない。


「そうだな。 お前がちゃんと大人しく出来たら、客たちが帰った後に褒美をやろう」


【えっ、ほんと?!。 じゃ、番が欲しい!】


相変わらず振られてばかりらしい。


「分かった。 ただし、ちゃんとやれたら、だからな」


クオンッ


澄ました顔でお座りするグルカ。


やんちゃなグルカを知っている子供たちが笑ってるぞ。




 一泊の予定だった王子一行は、今夜と明日の夜の二回、温泉施設に泊まることになる。


一日あれば施設の視察は十分だろうが、後はのんびりしてもらえばいい。


だけど、明後日の早朝、招待客が入る前に従者や護衛は領主館に移ってもらわないといけない。


それまで「接客を頼む」と熟練さんたちに頼んだ。


 僕は明後日の開業日に、ちょっとだけ施設に顔を出す予定である。


王子一行が一日早く到着しても、こっちの予定は変更できない。


せっかく覚えた手順を変えるのは、どこかに無理が出るからな。


 僕は、開業の挨拶の後に殿下とアーリーを連れて館に戻るつもりだ。


その後は領主館で接待することになるだろう。


「はあー」


開業と王族の接待で緊張が倍だな。




 なんだか眠れない。


【どうしたの?、とーちゃん】 


僕はベッドで横になり、グルカは部屋の隅にあるダイヤーウルフ用寝床でゴロゴロしていた。


 グルカを見ていたら、ふいにローズの顔を思い出す。


最近、館に来ないんだよな。


僕の番というより配下だから、命令がない限り当たり前ちゃ当たり前なんだけど、前はもっとこう積極的に構って欲しそうにしてた気がする。


ローズもオトナになったなあ。

 

「なあ、グルカ。 ローズは、あの隣国から来たダイヤーウルフの頭と仲が良いのか?」


【かーちゃん?。 いや、いつも通りだけど】


「そ、そうか」


デキる女のローズはモテるから心配だ。


僕は窓から差し込む月の光に目をやる。




 ローズと初めて番になったのは秋の月が輝く晩だった。


「この頃、ローズが頼ってくれないなあ」


番となって子狼が産まれてから、僕の頼みは聞いてくれるが、ローズから僕への願い事がなくなった。


【忙しいからじゃね?】


グルカがノソノソと僕のベッドの脇に来て、ゴロリと横になる。


「そうかな。 単にもう僕は用無しなんじゃないかって気がするんだが」


出会った時のローズの願いは、ダイヤーウルフの仲間を増やす事だった。


だから番になることを条件に僕の配下になったのである。


子供と群れ、安心して棲める土地を得た今。


「ローズはもう僕の配下である必要がない」


【とーちゃん】


グルカがベッドに顎を乗せて僕の顔をじっと見る。


【あのさ、また真っ白な聖獣様になれば、かーちゃん、喜ぶと思うよ】


「え?」


【かーちゃん、あの白くてデッカいのを見てからおかしいんだ】


勿論、僕じゃなく、本物のフェンリルのことだろう。


どうやら、あれから月を見るとボーッとして、あの夜のことを思い出しているらしい。


「そ、そうか」


僕は手を伸ばしてグルカの鼻先を撫でる。


やっぱりシェイプシフターは偽物で、本物には敵わないんだろうか。


僕はなんとなく月を見るのが嫌になった。




 朝になり、ボーッとした頭でスミスさんに言われるまま出掛ける準備をする。


馬車にはスミスさんとグルカが乗った。


リナマーナにはジーンさんと館で待機していてもらい、子供たちに最後の指導をお願いしてある。


 西の温泉施設自体はそんなに大きくはないし、昨日は王子一行だけしか客はいないはずだ。


王族対応は、王都から来た公爵家御用商推薦の熟練さんたちがやってくれる。


ただ、新しい事業なので彼らも試行錯誤しながらになっていた。


「心配ですか?」


馬車の移動中にスミスさんが訊いてくる。


「接客のことは心配していないよ」


熟練さんたちには彼らなりの矜持があるしな。




 広場で馬車を降り、タモンさんの宿兼食堂に入る。


住民たちの様子を聞くためだ。


「おはようございます、お早いですね」


「うん、おはよう」


タモンさんがお茶を出してくれた。


落ち着かない住民の騒めきを、この目で、この身体で感じる。


悪くない。


僕は、軽い興奮に口元が歪んだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 

 公爵領の新しい施設の外観は思っていたより地味だった。


王子一行はソルキート隊長の案内で、到着した入場門前の広場で馬を降りて預ける。


門前には事務所を併設した厩舎と、従業員用と思われる宿舎が並ぶ。


施設自体はぐるりと頑強そうな石塀に囲まれていた。


「これだけしっかりしていれば安心ですね」


近衞騎士の一人が、成人男性の頭の高さまである塀を見上げて王子に話し掛ける。


温泉であるということは、施設内では剣や鎧の無い無防備な状態。


そんな状態でも安心して寛げる気がした。


「とりあえず、全て見ないことには判断出来ません」


別の騎士が警戒しながら、テキパキと動く従業員たちを見て言う。


その手慣れた接客は王都でのものと遜色がない。


辺境の田舎町だと侮っていた者たちは驚き、警戒する。


「さすがラヴィーズン公爵領だ」


一行の中では最年長になる近衞騎士団の副団長はニヤリと笑みを浮かべた。

 



「私共の施設にようこそいらっしゃいませ」


門をくぐると全従業員がズラリと並んで低頭していた。


白髪で身なりの良い男性従業員が前に進み出る。


「ダヴィーズ殿下、並びに随行の皆様。


従業員一同、心よりお待ちしておりました」


微笑み、恭しく頭を下げる。


「領主殿の姿が見えないようだが」


王子はわざと周りを見回す。


「大変、申し訳ございません。


公爵家領主代理におかれましては、昨日まで準備に奔走、注力されておりました。


しかしながら、ご存知の通り虚弱な方でございます。


従業員一同で大事を取っていただくよう進言いたしまして、本日はお休みされております」


「ならば、体調が悪いということではないのだな?」


王子としては、すぐにでもイーブリスとの再会が叶うと思っていた。


「さようでございます。 殿下が明日、ご到着の予定でございましたので、本日の予定は空いておりました」


「あ、ああ、そうか」


イーブリスの予定では王子との再会は明後日だったのだ。


 王子は頷き、案内を頼む。


一行はようやく中に入り、それぞれが従業員たちに案内されて動き始める。



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