雪だるま撲滅委員会はきょうもあらゆるだるまたちの一途な思いを応援します
季節は冬。
雪が積もることなんてほぼない、温暖な地域にそれはもう珍しくたくさんの雪が積もった日のこと。
子供たちは大変興奮し、大人たちはすべる地面にお尻を何度もアスファルトと仲良しキッスさせた日。
その日の夜。
「まってまって! お願いだ、殺さないで!」
雪だるまが命乞いをしていました。
「そういうわけにはいかないよ。全ての雪だるまは私の、私たちの手によって殺される運命にある」
六歳くらいの幼女の見た目をした彼女。
片手に二十七センチほどの大きさの金属製のずっしりしっとりと重いスコップを構えています。
砂遊びや、もちろん雪遊びに持ってこいと言った感じです。
幼女はスコップを使って一体の雪だるまを破壊しようとしていました。
「御命頂戴いたします」
幼女は幼女でも、見た目の幼さに反して所作、言葉遣いはとても幼女とは呼べない雰囲気を持っていました。
「さようなら」
「わああ! まだ死にたくない」
雪だるまはなぜ自分が殺されるのか、その理由についてを彼女に問いました。
「子供のこころに壊されるのはいい、それは雪だるまとして最高の名誉……。
だけど大人の意識に、ゴミ糞みたいな大人の臭っせぇこころに壊されるの最悪だ……。雪だるまとして最悪の恥辱!」
「ああ、それはよく分かるよ」
彼女が雪だるまに同調します。
「あたしもこの右目を黒く塗られるとき、役割を終えるときはやはり愛しのラブリーに全てを染められたい……でゅふふ、考えてるだけでなんだか興奮──」
「あの……気持ち悪い妄想の途中悪いけれど」
雪だるまが彼女のことをみます。
「やっぱり君は、雪だるまとは異なるだるま……赤いだるまの刺客なんだね!」
ペットボトルのふたでこしらえられた目、マジックインキで黒く塗られた目が幼女の姿を観ます。
幼女の姿。それはまさに「だるま」でした。
赤いだるまです。赤いだるまの着ぐるみです。
「これこそまさに我々だるま一族に伝わりし憑依用の聖なる衣……」
「いや、シルエット的にはだるまっていうかマトリョーシカにしか見えないよ!」
真っ赤なだるまの着ぐるみに包まれた幼女。
どこぞの地方のご当地キャラのような造形をした姿が、鈴の音が転がるような声で何やらかっこいいことをいっております。
「やっぱりお隣の家に飾ってある赤いだるまが、お隣のヨシコちゃんにとりついているんだね……!」
しかし雪だるまには演説は届いていないようでした。
「キミは隣の家のヨシコちゃんなんだろ?!」
赤いだるまは否定します。
「いや違う、何を言うか、私は雪だるま撲滅委員会から派遣されし──」
「だってその指、僕の目を黒く塗ってくれた時のインクがまだ取れていないよ」
「……」
どうやら雪だるまは中々に鋭い観察眼を有しているようです。
「うちのヨーコお嬢さんと一緒に、今朝は騒ぎに騒いで楽しんで、僕を作ってくれた……」
雪だるまはうっとりとした声音で自らが作られた経緯、この世界に生まれた喜びについてを語りました。
語り尽くしました。
「ふわあ」
赤いだるまが話に飽きてあくびを一つ。
「なのにどうして? 僕は君に殺されなくちゃいけないのだ!」
ようやく話が本題に差し掛かりました。
赤いだるまが意気揚々と雪だるまの質問に答えます。
「理由は単純、ずるい! ただそれだけだ」
赤いだるまはぐぐい! と胸を張ります。
「あたしの大事なヨシコちゃんが、今日という日はあたしを磨かずにずっとずっと、ずっと君、つまりは雪だるまについて延々と笑ってた。ヨーコちゃんのつくった雪だるまをずっとうらやましがっていた……!
とても楽しそうだった……自分も真っ白な雪だるまがほしい……赤いだるまじゃないのがいいって」
赤いだるまの手がプルプルと震えています。
「ずるい! ずるい! ずるい! 雪がなんだ! 雪だるまがそんなにすごいか!」
要するにただの嫉妬だったようです。
「なのであたしは決めたよ、彼女たちの愛を受ける雪だるまは全て壊すと……!」
雪だるまにしてみてはそのような嫉妬で殺されてはたまりません。
「あと昨今忘れ去られがちの赤いだるまのご利益を少しでも多く復権したとか、冬の期間はどうしても雪だるまの方が人気が出て神気が落ちそうになるとか。だとか、栄有る先輩だるまさんのご意見も参考に、ついでに他の雪だるまを殺すのだ!」
理由としてはそっちの方がよっぽど雪だるま的には納得できるモノでしたが、しかし赤いだるまは聞く耳を持ちません。
「個人的な私欲に駆られて暴挙に出るとは、だるまとしての誇りはないのかね?!」
「知るかいな、そんなこと」
赤いだるまはすでにスコップの先端を突き立てんとしています。
こうなったらなけなしの業を使うしかありません……!
「ぷうー!」
途端、赤いるだるまの目が真っ黒に染まってしまいました。
口から墨を、というわけではなく雪だるまは目から黒いインキを噴出していました。
「なにっ?!」赤いだるま右目が真っ黒に塗られました。
「ぐわああ! 目が塗られてしまったっ! だるまとしての役割が終わってしまうううぅ!」
だるまとしての役割を終えてしまう。
終わりはつまり意味の停止。そして意味を失ってしまったのは赤いだるまだけではありませんでした。
「ああ……」
右目が黒くなっただるまが悲しげに雪だるまを見つめます。
「白色が、黒に」
雪だるまが答えます。
「彼女たちに伝えてくれ……マジックペンは使ったらちゃんとしまわないといけないよって……」
黒く染まる雪だるまの顔。口元から微かに雪の中に埋まっていたマジックペンのふたがチラリとのぞいています。
「そうしないと、せっかくの雪だるまもただの黒い雪の塊さ……」
だるまたちの戦いはここで終わりました。
三日後。
幼女たちが晴れた空の下、ぽかぽかに温まったアスファルトの上で談笑しています。
「ヨーコちゃん、なにかいてるの?」
「んんー? これね、このまえの雪だるまさん!」
「えーちがうよー、雪だるまはくろくないんだよー」
「でもぉ、あたしたちがつくった雪だるまはくろくなったもん。だからくろいんだよ!」
「みたかったなあ、くろい雪だるま!」
「ヨシコちゃん、カゼをひいてみられなかたもんねぇ」
「うん、ざんねん。でもおもしろいことがあったんだ」
「なになに?」
「あたしのたからもののだるまさんがね、おめめがくろくなってたの!」
「えー? なんでぇ?」
「わかんなぃ、おかあさんがこわがってものおきにしまっちゃったけど。でも、もっとみたかったなあ」
「ざんねんだねえ」
「うん、ざんねん」
幼女は笑いあいます。
「ねえねえ、ヨーコちゃん」
「なあに? ヨシコちゃん」
「あとでこっそり、ものおきにいってだるまさんをみちゃおうよ」
「こっそり! わくわくするね。そうだ、このヨーコちゃんの雪だるまさんの絵も見せてあげよっか」
「ヨシコちゃんのだるまさん、よろこぶかなあ」
「ヨーコちゃんの雪だるまさん、なかよしになってくれるかなあ」
雪だるまのことを覚えている彼女が笑います。
「楽しみだねえ」
赤いだるまのことを忘れない彼女も笑います。
「うん、楽しみ」
もしかすると雪だるまも女の子かもしれません。