幕間 ~『転生した王子の悲運』~
未来の世界へと転生したウィルは、薄汚れたスラムにいた。腐臭が漂うゴミ捨て場で意識を取り戻した彼は、周囲の状況を確認する。
「どこだ、ここは?」
先ほどまで王宮にいたはずなのに、光に包まれた瞬間、一瞬で周囲の景色が変貌した。元居た場所へと戻らなければと立ち上がるが、目線の高さがいつもより低い。
「いったい俺に何が起きているのだ?」
疑問を解消するため、傍を歩いていた小汚い老人に声をかける。向こうもウィルのことを知っているのか、笑顔を向けてくれる。
「眼を覚ましたようじゃな。急に意識を失ったから、驚いのじゃぞ」
「ジジィ、どうやら俺の事を知っているようだな」
「当然じゃろ。何を今更」
「なら教えろ、王宮はどこにある? 俺は一刻も早く元居た場所に戻らねばならんのだ」
「何を馬鹿なことを言っておる。それよりもほれ。そこのゴミ箱でパンを見つけたんじゃ。お主にも分けてやろう」
老人はカビの生えたパンをウィルに手渡すが、腐臭のするパンを受け取る気にはなれない。
「ふざけるな! 王族の俺がこんなものを食えるか!」
「王族って、お主がか?」
「俺以外に誰がいる」
「はは、お主が王族? 面白い冗談じゃ」
「俺を馬鹿にするつもりか⁉」
「現実を見ろ。物乞いをしながら暮らす王族が、この世におると思うのか?」
「俺が物乞いだと――うぐっ……」
ウィルの頭がズキズキと痛むと、失くしていた転生先の記憶が元に戻り始める。
転生先の肉体は、五、六歳ごろの少年だ。家族もなければ、名前もない。赤ん坊の頃に、ゴミ箱に捨てられ、それ以来、スラムでゴミを漁って生きてきたのだ。
王族である彼が経験したことのない貧困である。飢えと屈辱の人生を思い出し、胃の中から吐瀉物を吐き出す。
「汚ないのぉ。あっちの水溜まりで口を洗ってくるのじゃ」
ウィルは言われるがまま、水がある場所へ向かう。泥が混じっていだが、口を洗うくらいならできそうだと、水を掬い上げる。
そこでウィルは異変に気付いた。水鏡に映されていた自分の髪が、墨で塗ったような黒髪ではなく、銀髪に変わっていたからだ。
「俺の美しい黒髪がああああっ」
ウィルは絶望の声をあげる。それと同時に新しい記憶を思い出す。彼が両親から捨てられた理由こそ、この銀髪が原因だったのだ。
「こんな醜い銀髪が俺だと……クソッ、これもすべてマリアのせいだ」
ここにはいないマリアへ理不尽な怒りを向ける。その怒鳴り声は大きく、周囲の狼を呼び寄せてしまう。人相の悪い男たちが、獲物を見つけたと近づいてきたのだ。
「おい、見ろよ。銀髪がいるぜ」
「ブサイクがこの辺りをウロウロするんじゃねぇよ」
「ストレス解消に殴ろうぜ」
男たちの無礼な態度に、ウィルは怒りを湧き上がらせる。鷹のような鋭い目を向けると、ビシッと指を差す。
「無礼者! 成敗されたくなければ、大人しく俺の前から消えろ!」
ウィルの言葉には迫力があった。これできっと怯むはずだと期待するが、返って来たのは男たちの笑い声だった。
「この銀髪、俺たちを成敗するってよ」
「笑えるな」
「徹底的に虐めてやろうぜ」
王族としての威厳も少年の身体では迫力がなかった。さらに嫌悪の対象である銀髪も重なり、男たちは止まらない。拳が顔に突き刺さった。
鼻血を流しながら、地面を転がる。反抗しようとするも、手元には剣がない。さらにウィルは魔法を使えなかった。
サンドバックのように、三人の男たちに殴る蹴るの暴行を受ける。脅威が去るのを亀のように丸まりながら、じっと待つ。
数分後、男たちは殴り飽きたのか、その場を去っていった。ウィルは悔しさで下唇を噛み締める。
「クソッ、俺は無力だ……」
ウィルは病気のせいで、王族として備えるべき格闘術や魔法の訓練を積んでいない。そのため、王家の権力を失った今、彼はただの人へと堕ちていた。
全身を激しい痛みが襲う。縋るように虚空を見上げ、彼は救いを求める。
「助けてくれ、マリア! 俺の傷を治療してくれ!」
だがマリアはここにはいない。彼女を裏切ったことを後悔するように、彼は雄叫びをあげ続けるのだった。