まばたきの光
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶつぶは、この時期の花粉症は大丈夫?
たいていの人は落ち着くらしいけど、私はまだ続くのよねえ。調べてはいないけど、たぶんイネの花粉症じゃないかと思ってる。
こう、自分で意識しているわけじゃないのに、涙や鼻水が勝手に出てくるの、本当にもどかしいし、うっとおしいわよね〜。どうしても気が取られるし、頭もボケボケしてきて、「こんなもの、なかったらいいのになあ」と健康な状態をうらやましく思っちゃう。
これが生まれつき持っていたのだったら、ここまで悩まずに済んだかもね〜。なまじ満足に動ける時を知っていると、動けないときのつらさが、余計に身にしみちゃうわ。
中にはある日突然、降りかかってきたことで迷惑をこうむり続けるケースもある。自分にとって原因の分からぬままって、ものすごく気持ち悪いこと。
あたしの友達が体験した話なんだけど、聞いてみない?
つぶつぶは「チック症」という症状を知っているかしら?
自分の意識とは無関係に、身体が動いたり、声が出てしまったりする症状のこと。その多くは原因がはっきりわかっていなくて、ストレスだったり、脳の働きだったりと、いろいろな仮説が立てられているみたい。
あたしの友達も当初、チック症と思われる症状があらわれていた時期があったわ。彼の症状は、まばたきが頻発すること。
あまりに自然な動作ゆえ、他の人が気にかけることはほとんどなかった。でも、一緒にいるとそのまばたきの仕方がおかしいことに、気がつけるわ。
普通、まばたきといったら、意識しない限りは1分あたり10から30程度といわれている。それが友達の場合だと、30秒間に数十回、ひょっとすると100を超える回数に達しているかもしれなかったわ。
友達自身も、意識しているわけじゃないと何度も話していた。けれど、自分がまばたきしちゃっているのは感じるみたいで、まつげがプスプス刺さって痛いって、いっていたっけ。
そして、しょっちゅう見られるわけじゃない。タイミングがどこかしらで集中するみたいでね。あたしの場合も、たまたま一緒に帰っていたときだから、気づけたわけ。
で、もう一つ。友達といて感じたことがあったの。
友達の目ね、ものすごくきれいだったのよ。
いや、別にのろけたいとかじゃないわよ? まばたきをしょっちゅうしているせいか、友達の瞳からは、うるみが取れない。こぼしてもぬぐっても、後からどんどん涙が湧いてくるの。
まなじりに薄く盛られた涙の溜まり。膜となって薄く目を守るしずくたちが、陽の光を照り返してきらめく様子が、なんとも印象的だったの。
小学校低学年から続いていた、まばたきの頻発。これが収まったのは、中学生のことだったとか。
あたしたちが別々の中学校へ入って、一年あまりが経った。友達はまた今年も、まばたきの時期がやってきたと、気を重くしていたわ。
この7年間ほどで、無意識のまばたきが特にひどくなるのは、秋の間。特に夕方ごろだと、把握できていたらしいの。
ラケット肩に担ぎながら、通学路途中の田んぼの横を通りかかったとき、いきなり自分の視界が何度もコマ送りになることに、友達は気づいたの。
――また、まばたきし始めたな。
意識しておさえようとしても、どうせまたしつこくまばたきしてくるんだ。
もう友達は流れに任せようと決めていて、抵抗はしなかったそうなの。
ただ、この年は少し妙だったわ。
いままでも時々あった、数十秒で100回を上回るほどのまばたき。完全に閉じないとはいえ、あまりに光を拾う時間が短く、周囲の暗い空よりなお暗い、ぼんやりとした視界が続いた後、ぱっと目を開けた友達は「ん?」と足を止めた。
友達はいつの間にか、トンボたちが飛び交う場所へ入り込んでいたの。
一瞬、どこかへワープしたのかと思ったけれど、違う。周囲を見回せば、そこは先ほどから続いている通学路。トンボだけが、急にこの場へ現れて自分を取り巻いていた。
まばたきの後に、トンボを見かけることはこれまでもあったけれど、せいぜいが一、二匹。ここまで急に、大量に出てくることはなかった。
気味悪さを覚えながら、その場を後にする友達。けれどもその時から、友達の意識しないまばたきが増えた直後、たくさんのトンボが姿を現すようになったの。
外を歩けば、トンボの霧。屋内でも窓があるなら、そこにたちまち集い漂う、無数のトンボの群れが現れる。
周りの人はその集まり具合に驚くも、友達のまばたきが原因だとは、露にも思わなかったはず。誰も友達を見やることなく、そしてほどなくトンボからも関心をなくして、それぞれのやることへ戻っていったとか。
連日招かれるトンボたちの群れに辟易しながら、友達はその日の夕方もまた、勝手なまばたきに襲われていたそうよ。
変わらず、行く手を遮るように現れた、かすみのようなトンボ群。それをまた、いつものようにかがみ気味でくぐろうとしたけど、そこから先は同じといかなかったの。
二回目の勝手なまばたき。一回目よりなお周りが暗く感じられるほど、激しいまばたきは、友達が意識しても止まる様子を見せなかったとか。
先ほどよりも、長めのまばたきが止まるとき。やはり友達の目の前にはトンボたちがあふれていた。けれど、先ほどまでとは彼らの様子がまるで違っていた。
輪、輪、輪。
トンボたちは二匹がつがいとなり、暮れかける空を映すようなレンズを思わせるような格好で、飛び回っていたの。
交尾のとき。けれども、ここまで一カ所に大勢が集まって行うなど、友達は見たことがなかった。そもそもトンボのオス同士、本来なら目の敵にして相手を追い払い、メスを相手にする時も、ことへ及ぶ前に先客の精子をかき出すことが常というほど、攻撃的なのだから。
あのトンボたち、命の残りわずかなときを迎え、あぶれていた者たちじゃないのかと、友達は感じたみたい。
自分の勝手なまばたきと、あたしが指摘した瞳の輝き。それはもしかすると、彼らの血をつなぐために、長い間調整を続けてはぐくまれた、「トンボ寄せ」だったんじゃないかと、思ったんですって。