客引き
「……さすがにやりすぎたか」
リタは反省した。
というのも、こんな服では恥ずかしくて外に出られるわけがない。
そう言って、ノロくんは更衣室から一歩を動こうとしないのだ。
これでは、私たちも本来の目的を果たせない。
ノロくんを着せ替え人形にして遊ぶのは楽しかったけど、本題はそこではないからだ。
「ノロくん。それなら、いいでしょ?」
私は新しい服を用意して、ノロくんのご機嫌を取る。
「はい。これなら、なんとか……」
大丈夫なようだ。
出てきたノロくんの服装は、それなりに露出が高いものだった。
スカートも短いし、胸の谷間も出ている。
でも、さっきまでよりはマシだし、何よりかわいらしくアレンジされている。
ノロくんもまだ恥ずかしそうだが、これなら不満はないようだ。
では、本題の客寄せだ。
軽い打ち合わせを終えた後。
私たちは店の外まで出てきた。
当然だが、店の前には人がいない。
対して、向こうのダーク飯店は盛況のようだ。騒々しい音はこちらまで響いてくるし、行列も途切れない。
もうお昼のピークは過ぎているのだけど、それでもあの人だかりである。
でも、敵ばかり気にしても仕方ないので、私たちも客を呼んでみる。
「ほら。ノロくん。あれなんていいんじゃないかな。明らかに女性経験がない顔をしてるよ」
「あっちは? 手を握ってやったらイチコロなんじゃない?」
「……二人ともさりげなく酷いですね」
結局、相手はノロくんが選んだ。
服装から言ってたぶん冒険者だろう。
ちょうどクエストからの帰りだろうか。数人で並んで歩いている。
これなら、うまく行けば、複数人をいっぺんに客引きできる。
ノロくんはよく考えてるな。
「すみません~」
猫なで声で、男たちに近づく。
胸を揺らしながら歩き、話しかける際は上目遣いで。
うん。打ち合わせ通り。
早くも、男の一人がノロくんの胸に釘付けになっている。
これは勝ったな。
「ブレイブ飯店、只今セール中です~」
お店はセールということにしてある。
こっちが少し不利益になっても、まずは食べてもらわないと話にならないからだ。
「でもな~。俺たちはこれからダーク食堂に行くところだしな~」
……くっ。ダーク食堂め。こんなところにまで奴らの魔の手が。
「白いヤツがたまらないって言うから、食べてみたいぜ」
「そうそう。あの白いヤツがな~」
白いヤツ?
なんだ。ダーク食堂なんて名前のくせに白いものを売りにしているのか。
ちょっと気になる。私も食べてみたくなったじゃないか。
「ブレイブ飯店はまた今度にするよ。それじゃあ」
ノロくんは慌てて彼らを引きとめた。
「待ってください! その、セール中です。向こうよりお安いですよ」
がんばってるな、ノロくん。
「え~。どうしようかな~」
男が胸をチラチラ見ながら、考えている。
今だっ! ノロくん、もう一押しだ。
減るもんじゃないんだ。胸でも押し付けてみるんだ。
「行こうぜ」
「ああ。そうだな」
ああ、ダメっぽい。
「あわわわっ!」
ノロくんは、慌てて彼らの背中を追いかけた。
すると。
「ひゃっ!」
石につまずき。
「ひゃわわわっ!」
それから、男の一人に向かって突っ込んでいく。
「なるほど~。男を誘うときは、ああやればいいのか。参考になるな~」
私は感心するように頷く。
「石につまずきながら、男を押し倒し、さらに自分のスカートまで捲り上げるとは。ノロくんは自分の魅力がよくわかってるな~」
「……うぅ。私もうお嫁にいけない……」
ノロくんは恥ずかしがっているが、客引きには成功した。
お店ではさっきの男たちが席について待っている。
店長は事前に起こしておいたし、料理の下準備も終わっている。
これで問題ないだろう。
あとは食べてさえもらえば、この店のよさも分かってもらえるはずだ。
しばらくすると、厨房からリタが出て来た。
「お待たせしました」
運ばれてきた料理は『勇者イリス定食』。
ブレイブ飯店の定番メニュー。勇者イリスが訪れたときに頼んだメニュー『オムライス』を参考にしている。
トロトロふわふわの卵と、コクと酸味のあるトマトソースが食欲をかきたてる。
お肉があまり入ってないので、冒険者には物足りないかもしれないけど。
それでもイリス定食は多くの人に支持された家の看板メニューなのだ。
「おお。こいつは……」
男たちも食べる前から、期待しているようだ。
芳ばしい匂いが、私たちの方まで漂ってきてるし。
「ようし。いただくぜ」
男の一人が、スプーンを手に取る。他の男たちもそれに続く。
まずは、一口。
メインのオムライスを口に運ぶ。
「……モグモグ」
ふふふ。食べてるな。
今ごろ、口の中では素材と素材がまろやかなハーモニーを奏でているに違いない。
だが、私の予想に反して、彼らの反応はいまいちのようだった。
男たちは無言でスプーンを置くと、その場ですぐに感想を言った。
「……まずい」
「……うええ。食えたもんじゃねぇ」
「吐きそうだ」
それを聞くと、リタが男に掴みかかった。
「ふざけんなっ! まずいわけないだろっ!」
「……おう。なんだ?」
男は驚いている。
いや、そりゃ驚くよね。どうしたリタちゃん。
「リタちゃん。お客様だよ。暴言はやめた方が……」
リタは息を吐くと、掴みかかった手を離した。
「あなたたちダーク食堂の回し者? 嫌がらせも大概にしてよね」
普通に怒っている。
リタはこのバイトは長いらしいから、日の浅い私よりは思い入れが強いんだろうけど。
「嫌がらせじゃねーよ。本当にまずいんだ」
「まだ言うの?」
「嘘だと思うなら、食ってみろよ」
私たちは半信半疑だったが、とにかく料理を食べてみることにした。
結果は男の言うとおりだった。
「……まずい」
なんか卵は火を通し過ぎだし、ご飯はべちゃべちゃしているし、トマトソースはすっぱいし。
てっきり店長はお酒を飲んでいたから、その影響かと思ったけど。
これはそういうレベルじゃないな。
たぶん、私が作った方がおいしいと思う。
「……店長。どういうこと?」
男たちに帰ってもらったあと、私たちは店長を問い詰めた。
店長は厨房の隅で腰をかがめていた。
「もういいんだ。僕には才能がなかったんだ。君たちも、もうここには来ないでくれ。僕みたいにダメになるから」
「店長。才能ありますよ」
「ふふふ。クルナ君。気休めはよしてくれ。お店を見ればわかるだろう。誰もいない。これは僕の料理に人をひきつける魅力がなかったってことさ」
「でも、今までは多くの人が訪れてました」
「それはね。勇者の力なんだ。勇者が『おいしい』と言ったから、その評判を聞きつけて店に来ていただけさ。要はただの話題作り。どうでもよかったのさ。僕の料理の味なんて」
「私、店長の料理、好きですよ。リタだって」
「ありがとう。お世辞でもうれしいよ。きっと勇者もそうだったんだろうな。彼女があんな適当な嘘を吐かなければ、今頃、僕は……」
そうかな。イリスがそんな上っ面だけの嘘を吐くようには思えない。
彼女が「おいしい」と言ったのは本心から出た言葉だと思うけど。
なんだか店長がめんどくさいことになっている。
私にも、だいたいの事情はわかってきた。
おそらく事の発端は、ダーク飯店の盛況によるものだろう。
しかし、どんなお店にも常連っているものだし、このブレイブ飯店にも顔なじみの客はたくさんいたのだ。
そんな常連までもが、まったく姿を見せなくなったのは、単純にブレイブ飯店の質が落ちたから。
要するに、店の料理がまずいから人が来ないだけなのだ。
「私たちがやるべきは客寄せじゃなかったんだね」
まずは店長の自信を取り戻さないとならない。
「うーん。どうしよう」
ふたたび二人で頭を捻って考えてみる。
「やれやれ……」
そのとき、私に良い考えが思い浮かんだ。
「クルナ。疲れたの?」
「違うよ。リタちゃん。名案が浮かんだんだ。待ってて。すぐに準備してくるから」