バイトに行く
ドンッ! ドンッ!
ドアがノックされた音だ。
誰か来たみたいだ。出てみよう。
「はい。どちらさま……」
ドアを開けると、そこに立っていたのはリタだった。
なんだかムスッとしていて、不機嫌そうだ。
「リタちゃん。どうぞ、あがって」
部屋の中に入れて、席に座ってもらう。
それから、ノロくんにお茶を出してもらった。
「……あまい」
リタの感想は正しい。ノロくんが作るものはなぜか甘くなってしまう。
私なんて最近は毎日のようにノロくんの手料理を食べてるけど、本当に彼女は何を作っても甘くてなってしまう。
きっと彼女の甘々な性格がにじみ出ているのだろう。
「ずいぶんと美人だけど。誰? メイドでも雇ったの?」
リタはノロくんのことを言っている。
美人と言われて、ノロくんも少し照れ臭そうにしている。
「実は彼女、呪いの人形なんだ。名前はノロくん」
「どうして人形が人間になってるの?」
「なんでかな? 呪われてるから?」
「……意味わかんないんだけど」
リタの意見はとても一般的な意見だ。
たしかに、人形が人間になるなんて、不思議なことである。
とはいえ、ざまぁ人形に内臓されたイフイフシステムによって、人間に変身したのだ。
と言ったところで、何のことだかさっぱりだろう。
作った私にもさっぱりなのだ。これは仕方ない。
「実はね。リタちゃんが帰ってからね。いろいろあって……」
とりあえず、かいつまんで事情を話した。
リタは私のおでこに手を当てた。
「……熱はないか」
「私は正気だよ」
「それは正気じゃない人の言うセリフだから」
勇者に復讐を誓った奴は正気ではないと。
そこから、さらに人形まで作ってしまうのは異常だと。
とはいえ、リタは私が元気になったとは思ったようだ。
「じゃあ、バイトに復帰してもらおうかな」
「……え? バイト?」
「何? イヤなの?」
「ううん。行きたい。仕事したいよ」
私の答えを聞いて満足したようた。
「よかった。ちょうど今、人が足りなかったんだ」
それから、ノロくんにも声をかけた。
「あなたも来てくれる?」
「私ですか?」
「あなたかわいいし、クルナよりしっかりしてそうだし」
「構いませんけど」
「じゃあ、決まりね。明日からよろしく」
私はうれしくなった。
なにしろ、久しぶりのバイトだ。
アーニャと一緒にスライムを狩るのもバイトみたいなものだけど、あれは苦手なのだ。
ナイフを振り回すのも、私の趣味じゃない。
「よーし。頑張るぞ」
私は気合を入れた。
楽しんで仕事しよう。
*
「……あ……れ」
私は言葉を失ってしまった。
店の中に、誰もいないのだ。
こんな時もたまにはあるかもしれないが、今はちょうど昼前。
ほんとうなら店は満席で、活気づいてないとおかしい。
「今日はお休みなの?」
「違うよ。扉のところ何もかかってなかったでしょ?」
どうやら、通常営業のようだ。
それなら、何故、こんなにも人がいないのか。
「ここ数日はずっとこんな感じだよ」
リタが人が足りないと言っていたのはこういうことなのか。
お店に入っても店員が誰も現れないし、席には客が一人も座っていない。
店内はしんと静まり返っており、料理の匂いもしてこない。
「そうか。これは怪奇現象なんだ。突然、店の中にブラックホールが発生して、みんな吸い込まれちゃったんだ」
「……いや、そんなの起きたら、私も逃げるよ。気味わるいし」
私がお店を見渡していると、奥の席で人影が見えた。
「なんだ。ちゃんとお客さん、いるじゃん。いらっしゃいませー」
挨拶すると、おじさんはこちらに向き直った。
とっても酒臭い。それに見覚えがある顔だった。
「……店長」
制服を着ていなかったので、すぐには気付かなかった。
それにしても、おもいっきり客席でお酒を飲んでいるな。
無精ひげも生えている。ちゃんと剃らなきゃダメなのに。
「なに? なんだい? 店長が昼間から酒を飲んだら、悪いっていうの?」
絡んできた。完全に酔っ払いである。
「いいんだ。どうせ誰も来ないのに、料理なんか作ったって仕方ない。私はどうせダメな店長なんだ」
「店長。私ですよ。クルナです。いったい何があったんですか?」
「君もやめたらいい。どうせ私には給料が払えないんだから」
店長は拗ねて、その場にふて寝した。
ダメだ。話にならない。
普段は明るいし、作る料理はどれもおいしいんだけどな。
「クルナ。私から話そう」
というわけで、リタに詳しい話を聞いてみた。
今さらだが、ここは『ブレイブ飯店』という名前で食堂を営んでいる。
いろんなところで修行した店長が建てたお店だ。
当初はそこそこの売れ行きだったのだが、勇者イリスが訪ねたことで、たちまち大人気に。
『あの勇者イリスが食べにきた』という触れ込みで、他の町からわざわざ食べにくる人もいるぐらいだ。
今ではその熱もだいぶ冷めてきたが、それでも客足が途絶えることはない。
「そうだよね。うちは人気店だったんだよね」
「でもね。忘れてるかもしれないけど、ブレイブ飯店にはライバルがいるんだよ」
ダーク食堂。このお店の通りを挟んだ真向いに建っており、このお店の競合店である。
そういえば、さっきあっちのお店を見たけど、人が多かったな。
まだ昼前だったけど。
「今みるともっとすごいよ。連日大盛況で、行列ができてるの」
「何それ? どういうこと?」
「このお店の客は、みんな向こうに持ってかれたってことだよ」
彼らが雇った新しい料理人が、かなりの凄腕で、それ目当てでみんなが並んでいるそうだ。
名前はミスター・コック。
とっても奇抜で誰も見たことがない料理を作るとか。
そして、一口食べれば頬がとろけそうになり、病みつきになってしまうとか。
そんなにおいしいのかな。
ちょっと食べてみたいかも。
「……クルナ」
「ち、ちがうもん! 食べてみたいとか思ってないもん!」
でも、そもそも料理のおいしさで負けてるなら勝算はないんじゃ……。
「私はそうは思わないけどね。たぶん物珍しいから寄り付いてるだけで、今の盛況は一過性のものだ。でも、うちは違う。たしかに最初は勇者の名前で売れたけど、ここまで長く愛されてたのは、店長の料理がおいしかったからだよ」
私も店長の料理はおいしいと思う。
なんというか、暖かいんだよね。
うまく説明できないけど。
でも、一過性とはいっても、こうも人が来ないのでは、先にお店の方が潰れてしまう。
「やっぱり店長の料理を食べてもらわないといけない」
というのが、リタの意見のようだ。
そうなれば、やるべきことは客寄せだろう。
二人で頭を捻って考えてみる。
「うーん。ノロくん。何か良い意見ない?」
私がノロくんを呼んでみると、返事がない。
「あれ? ノロくん」
「そういえば、さっきからいないね」
ノロくんを探そうとすると、店の奥から彼女が現れた。
白いシャツに黒いミニスカート。
これはブレイブ飯店の制服だ。
昨日、制服の話をしたら、ノロくんはすごく興味を持っていた。
人間になってから、あまり時間も経ってないし、お店の制服を着るなんて彼女にとっては初めての経験。
すぐにでも着てみたかったんだろう。
「どうですか? クルナさま」
彼女がくるっと一回転してみせた。
「ノロくん。似合ってるよ」
あんまり調子に乗られると、嫉妬しそうなのでやめて欲しい。
こんなシンプルなデザインの制服が似合うのは素材がいいから。
つまり、ノロくんがかわいいからだ。
私が試着して一回転したところで、ただのバカになってしまう。
「うんうん」
ほら。隣のリタなんて嫉妬のあまり唸り始めたし。
「ねぇ。クルナ。この娘、あなたが作った人形なんだよね」
「そうだけど」
「なんかさ。すごい良い体してない? 顔つきも良い感じに童顔でさ。あざといんだよね」
リタもどちらかと言えば、貧相だから。
私たちと比べれば、そうなるだろうけど。
「……この娘は使える」
何を思ったのか、リタはノロくんを店の奥まで連れて行った。
*
店の奥にある更衣室で、ノロくんに着替えてもらった。
そこから私たちが彼女の魅力を引き出せるように、ちょっと手直し。
そして、それを何度か繰り返すこと、数十分。
「うん。いいね」
その姿を見て、リタは満足そうに呟いた。
あれでいいのか。
もはや制服じゃない。
というか、服の機能をはたしてないように見えるけど。
上半身はへそも見えちゃってるし、胸も谷間が見えちゃってるし。
スカートも短すぎてお尻が見えそうなんだけど。
かわいいを通り越して、下品に見えちゃってるけど。
あっ、もちろんこれは制服を切ったりしたわけではなく、新しく用意した服だ。
制服をダメにしちゃったら、あとで困るからね。
「ふぁっ! 何これ……」
そばの姿見を確認して自分の現状を知るノロくん。
「これではパンツが見えてしまいます」
顔を真っ赤にして、スカートを引っ張るが、まったくの無意味。
そのせいで、他の部分が隠せなくなっている。
胸とかポロリしそうだし。
「どう? クルナ?」
「……え?」
私にどう返事をしろと。
私がその服を着たら、色んな部分がスカスカだから、何も参考にならないと思うよ。
「クルナ様。助けて。リタさんにはっきり言ってあげてください」
ノロくんが瞳をうるうるさせながら、こちらを見つめてくる。
ついでに胸の谷間が強調される。
さらに、ぷるぷると揺れる。
どうみても誘ってるね。
でも、残念だけど、私には逆効果。
はいはい。エッチエッチ。胸が大きくてよかったね。
「リタ。全然たりないよ。もっと下乳を見せてかなきゃ」
「なるほど。よし。ここを削って……」
「うわああっ! クルナさまあ!」