盗み食い
「あれ? おかしいな」
ノロくんは首をかしげた。
「保管してたはずの干し肉が見つからない。どこに行ったんだろう」
なぜか干し肉だけがないようだ。
「これだと夕食のバリエーションが……」
魚、魚、魚、と三日続きになってしまう。
「クルナ様。知りません?……って何をしてるんですか?」
ノロくんが私のことを不審そうな目で見てくる。
私は道具袋を机の上に置いた。この袋は空間魔法が使われていて、大量のものが詰められるようになっている。
「……よっと」
袋に手を突っ込むと、そこから透明色のどろどろしたものがたくさん出て来た。
これはスライムの死骸。私はアーニャとスライム狩りをしながら、この死骸を集めていたのだ。
「今から、これを加工するの」
「加工?」
「そうだよ。手を加えて使えるものにするの」
加工とは言っても、それほど大したことをするわけではない。
まずは一つにまとめて、それを道具を使って円状に平べったくする。
固い筋の部分を取り除く。
再び丸くしてこねこねしていく。
柔らかくなったら、細かくちぎって、形を整える。
以上で終わりだ。
「へぇ。これを何に使うんですか?」
「防具の素材や、薬の原料なんかに使えるよ」
あと料理に使えると聞いたことがある。
ちゃんと調理すればおいしいんだとか。
「さすがクルナ様です。勉強になりました」
「えっへん。それほどでもあるけどね」
冒険者はスライムの死骸を放置してることが多い。
それらを集めて加工して、道具屋に売れば、それだけで生活できるかもしれない。
かっこわるいから、私はしないけど。
「そんな簡単なら、なんで、みんなやらないのでしょう」
ノロくんが素朴な疑問を口にする。
「たぶん保存が難しいからじゃないかな」
スライムの身体は高い温度だと、変質して劣化してしまう。
そうならないように、彼らは定期的に大量の水分を補給し、体内を冷却しているそうだ。
「クルナ様。今日はとても暑いと思いますが」
「そうだね。めっちゃ暑い」
このままだと確実に変質してしまう。
でも、大丈夫。その点は私も考えてあるのだ。
「そこで、ブルくんの登場だっ!」
「ザマザマ(……寒い)」
ざまぁ人形26号。通称ブルくんは今日も寒がっている。
そのうえ、暑いのに、セーターを着てマフラーまで巻いている。
「一見すると、ブルくんは人形なのに寒がってる変な奴だけど」
「……失礼ですよ」
「実は彼にはある特殊能力が備わっているのだ」
ブルくんは私の手から離れると、スラ玉と向かい合った。
スラ玉というのは、スライムの死骸を加工したもの。
本当は名前なんてないけど、呼ぶときに面倒なので私が勝手に付けた。
「行け。ブルくん。フリーズ光線だ」
私の呼びかけを合図に、ブルくんは両手を交差させた。
すると、両手が光り出し、光線が放たれた。
「(……凍れ……)」
光線はスラ玉に命中。
スラ玉はほぼ一瞬で凍り付いた。
カチコチになって、氷の結晶みたいになっている。
「どうだ。ノロくん。すごいでしょう?」
「ええ。驚きました」
私も初めて見たときは驚いた。能力を知ったのも、ただの偶然だし。
ブルくんの能力はけっこう便利そうだ。
そのうち他のことにも応用できるかもしれない。
「そこから、どうするんですか?」
私は分かりやすいように机の上に並べて置いた。
「こうやって、しばらく放置かな。数日たったら、道具屋に持っていこうと思う。そのときはノロくんもついてきてね」
「はい」
「それから、ブルくんは氷が溶けそうになったら、また凍らせておいて」
「(……任せて……あるじ)」
アーニャに連れまわされたおかげで、スラ玉の材料はたくさんある。
今日中にもっと作っておこうかな。
*
「……ない」
私は部屋の中を探し回る。
「ない! ない! どこにもない!」
たしかに机の上にあったはずだ。昨日、私はわかりやすいように綺麗に並べていた。
しかし、朝起きてみると、その姿が影も形もなくなっているのだ。
「ノロくん! 大変だ! スラ玉が!」
私が騒いでいると、ノロくんが駆けつけて来た。
ブルくんも出てくる。
「ノロくん何か知らない?」
「いえ。私は何も……」
「ブルくんは? 凍らしておくように頼んだけど」
「(……知らない……)」
二人とも何も見ていないようだ。
手がかりはなし。
「そっかあ。困ったなあ。どうしよう」
私は大きく溜息をついた。
「(……あるじ……もうそろそろ)」
「そうだね。演技はここまでにしておこうか」
ちょっと、わざとらしかったかもしれない。
「今の演技だったんですか?」
「ノロくん。考えてもみてよ。保管庫にあった干し肉がなくなってるんだよ」
「ああ。そのくだり聞いてたんですね」
「つまり、この部屋には盗みぐいしてる犯人がいるってことだよ」
もしも、鼠のような小動物なら、保管庫の食糧は全て手が付けられていただろう。
しかし、なくなっていたのは干し肉だけ。
これは犯人に知能があるということだ。
「そんなタイミングでスラ玉を大量に作りました。どう考えても消失フラグでしょ? バカな私でもわかるよ」
そして、実際にスラ玉はなくなってしまったのだ。
といっても、机の上に置いてあったのは全体の一割ほどで、残りは安全な場所に保管しているけど。
「なるほど。さすがクルナ様。素晴らしいですが、ここからどうやって犯人を捕まえるのですか?」
「まあ、見ててよ」
私の右手には一本の糸が握られている。
これは魔法糸と呼ばれる魔法で作られた糸で、物理的な力では切ることができない。
私はスラ玉の一つに糸を括り付けて、そのうえからブルくんがカチコチに凍らせた。
「この糸を手繰り寄せれば、犯人を釣ることができるよ」
「…………」
「何? ノロくん。何か言いたいことがあるの?」
「いえ。クルナ様。隙のない完璧な作戦です」
「じゃあ、ノロくん。こっち持って。ブルくんはこっちね」
というわけで、みんなで糸を手繰り寄せてみた。
犯人が糸の切り方を知ってるとは思えないので、さくさくと作業を進めていく。
「よいしょ。よいしょ」
「あがががががっ!!」
あっ、大きな声がした。
しかも、かなり距離が近い。
「よいしょ。よいしょ」
さらに引っ張ていく。
すると。
「あがががっ!」
バタン、と音がして、天井のところから出て来た。
見ると、子供だ。5、6歳ぐらいだろうか。
「うわが……」
うまく喋れていないのは糸のせいだろう。
口から魔法糸が出ているのだ。
要するに、この子供はスラ玉を食べたわけだ。
あれ、生で食べるものじゃないんだけどね。
「(……あるじ……人形)」
ブルくんにはわかったようだ。
まあ、干し肉やスラ玉を生で食べて、天井に住む子供って。
それだけで、普通の人間とは思えないけど。
確認してみたところ、この子は9番目に作られたざまぁ人形だと分かった。
9号。女の子だから、クウちゃんってところかな。
「クウちゃん。他人のものを盗んじゃいけないって知ってる?」
「うるさい。ブス」
女の子なのに、口が悪いな。
えい。お仕置きだ。
私は魔法糸を、思いっきり引っ張った。
「いぎぎぎぎっ!」
涙目で顔を歪ませている。
「……クルナ様。さすがに、かわいそうな気がしますよ」
「うん。私も少し胸が痛んできた。やめてあげよう」
でも、一つ気になる点がある。
それだけは聞いておきたい。
「クウちゃん。あなたはお腹が空いてるの?」
クウちゃんはコクコクと頷いた。
やっぱりそうなのか。だとしたら、変だ。
「それなら、人形に戻ればいいのに。どうしてそうしないの?」
人形には胃袋がないので、お腹は空かないはずだ。
さらに魔法糸は彼女の胃袋に引っ掛かっているはずなので、それも同時に取れるだろう。
人形なのに寒さを感じるブルくんがいるので、はっきりとは言えないけど。
「……人形に戻る?」
彼女は言葉の意味がよく分かっていないようだ。
「クウちゃん。あなたはもともと人形なんだよ。それは分かってる?」
彼女は首をかしげた。
あれ? 私、何かおかしいこと言ってるかな。
「クルナ様。私がやりましょう」
「本当? それは助かるけど」
「はい。クルナ様の人形代表である私が責任を持って指導します」
ちょっと、ノロくんが怖い。
でも、私よりも同じ人形に教えてもらった方が効率がいいだろう。
それに、クウちゃんにとってもいろいろと聞きやすいだろうし。
ここは素直に彼女に任せることにしよう。