人形が逃げた
「クルナ様」
「……うーん。もう少し」
「起きてください」
「…………ふぇ?」
体を揺らされて、声をかけられて、私はようやく目を開けた。
窓から陽が差し込んでおり、かなり眩しい。
アパートの一室。
気付くと、私はベッドの中にいた。
「……ん? なんで?」
たしか、100体の人形を完成させたあと、私はそのまま意識が途切れたはずだ。
誰かが運んでくれたのだろうか。
自分の状況がよく掴めない。
私は体を起こす。
「……いたた」
体がずきずきと痛むが、我慢できないほどじゃない。
目を擦りながら、横を向いてみる。
そこには少女がいた。見たことがないが誰だろう。
年齢は私と同じぐらい。エプロン姿で、けっこうかわいらしい。
うきうきした様子で、食卓にお皿を並べている。
「寝すぎも体に毒ですよ」
どうやら私は丸一日ほど眠っていたようだ。
そのおかげもあってか、魔力もしっかり回復している。
「はい。クルナ様」
「ありがとう」
少女が手渡してきたのは、暖かいスープだ。ちょうど、お腹も空いていたので、遠慮なくいただくことにする。
「……うっ」
口を付けてみた感想は、甘い。なんかこのスープ、むちゃくちゃ甘い。
普通のオニオンスープっぽいけど、何か隠し味でも入ってるのだろうか。
しかし、美味しいことは美味しいので、素直に褒める。
「おいしいね」
「そうですか。良かった」
まるで花が咲いたように、少女が笑顔になった。
かわいいな。なんか私と違って、まっすぐで良い娘な感じがする。
「たくさん作ったので、いくらでもおかわりしてくださいね」
「うん。ところでさ」
「はい。なんでしょう」
「君、誰なの?」
パリーン!!
一枚のお皿が床に落ち、割れてしまった。
あれ? 私、もしかして、まずいこと言っちゃった?
「す、すみません」
少女は床に散らばった破片を慌てて拾おうとする。
手を切ってはいけないので、私は塵取りとホウキの位置を教える。
けど、彼女は最初から知っていたようだ。
すぐに対応すると、破片を処分した。
そう言えば、他人の部屋にいるのに、ずいぶんと落ち着いているようだし。
やっぱり知り合いなのだろうか。
でも、少女の顔をまじまじと見ても、私には思い出せない。
「クルナ様。酷いです。あんまりです。私です! 私ですよ!」
「いや、そんなこと言われても、さっぱり分からないよ」
教えて欲しいのだけど、彼女は言いたがらない。
どうやら、私に思い出してもらいたいようだ。
「もうっ! 私ですって!」
少女は両手をぶんぶんと振り回す。
その行動には既視感があった。
「ノロくん?」
って、それは人形だ。何を言ってるんだ私は。
目の前にいるのは少女だ。人形と一緒にされたら、失礼だろう。
「ごめん。今のは忘れて」
「やっと気づいてくれた! そうです。私はノロです。あなたの相棒のノロくんですよ」
え? この娘、何を言ってるの?
「ノロくんって、人形のことだよ」
しかし、そう言いながらも、私にも段々とノロくんに思えてきた。
ノロくんはもともと呪いの人形として、私が作成したものだ。
それを彼女の希望により、ざまぁ人形に改造した。
ざまぁ人形を作ったのは今回が初めてだし、実物を見るのだって今回が初めてだ。
でも、人形として作ったものが動き出したとたんに人間になるって。
そんなこと、ありうるのだろうか。
「仮に君がノロくんだとして」
「クルナ様。私はノロです。信じてください」
「ちょっと手を貸してみて」
触ったり、摘まんだりしてみる。肌がキレイ。もちもちしてる。
「服を脱いでみて」
「はい」
彼女はためらいもなく、服を脱いでいく。
ほっそりとした脚。肉つきはよいが、締まるところはしっかりと締まっている。
理想的だ。むしろ少女にしては完成されすぎていて怖いぐらい。
「女性の身体だね。美しいね」
「クルナ様の身体の方が素敵です」
褒めてるつもりなんだろうけど。このタイミングで言うと、嫌味に聞こえるかな。
「うん。君はノロくんだ。私の相棒だ」
作った私には分かる。具体的に言うこともできるけど、ちょっと下品な感じになりそう。
「それにしても、ノロくんって女の子だったんだね」
「クルナ様と一緒で良かったです」
「そういうもの?」
「そういうものです!」
*
イフイフシステム。
人形が外部の環境に刺激されて、独自の成長をするというシステム。
全てのざまぁ人形にはこのシステムが組み込まれている。
私と一緒に『復讐の書』を読んでいたノロくんはそれを知って、思い付いた。
『ひょっとして、私もクルナ様と会話できるようになるんじゃ……』
さらに、こんなことまで考えてしまった。
『女の子の姿になれば、クルナ様を触り放題で、触られ放題なんじゃ……』
ああ、私もクルナ様とあんなことやこんなことをしてみたいよ。
そう考えたノロくんは居ても立ってもいられず、ざまぁ人形への改造を志願したのだ。
「ふむふむ。つまり、復讐なんてものには毛ほども興味がなくて。私のためでもなくて。自分の欲望を満たすためだけに、ざまぁ人形になったと。知らなかった。ノロくんはエゴイストだったんだね」
私がきつい言い方をしたので、ノロくんは縮こまった。
「……だって、クルナ様とお話したかったんです。もっと仲良くなりたかったんです」
「ノロくんは私のこと好きなんだ」
「そんな言葉では足りません。肌身離さず持ち歩いて欲しいです」
道具みたいな。いや、人形だから道具ではあるけど。
まあ、私もノロくんのこと好きだし、特に不満はない。
それよりも、まず考えなければいけないことがある。
「他の人形のことなんだけど」
私は100体の人形を作ったのに、目が覚めると側にいたのはノロくんだけだった。
その他の人形は部屋を探しても、どこにもいないのだ。
もしかして、部屋から外に出た?
というより、どう考えても外に出ちゃったよね。
「どこ行ったんでしょうね?」
そう言って、首を傾げる。
「他人事かっ! ノロくん、そういうとこだよ」
「だって、私にもよく分かりませんよ。人間になれたことが嬉しくて、他のことなんて興味なかったですし」
うん。とりあえず、状況を整理しよう。
「まず、ノロくんは目が覚めた。そのときは……」
「他の人形はいたと思います」
「目覚めては……」
「いませんでした」
これは本当だろう。そもそも、呪いの人形は勝手に動き出したりはしない。
製作者、つまり私から何かアクションが必要なはずだ。
作ったとたんに勝手に動き出す人形なんて、さすがに危険すぎる。
ノロくんは目覚めたわけだが、これは例外。
彼女は作成したのではなく改造したからだ。他の人形とは違って、完全にざまぁ人形というわけではない。
最初から起きていたものを麻酔をかけて眠らせていたようなもの。だから、時間が経ったことで、自然に目が覚めたのだろう。
では、他の人形たちはどうやって……。
「そういえば、この部屋、明るいね」
今は昼間なので、明るいのは当然だ。
しかし、私が人形を作っていたときは暗かったのだ。ランプの灯りだけを頼りに作業を進めていた。
「……そうだ」
私は窓を確認する。
すると、そこには暗幕がかかってない。
「なんで?」
「それなら、私がしまいましたよ。陽の光を浴びないと、体に毒ですからね」
「それだよ!」
部屋を暗くしていたのは、『復讐の書』に注意点として記されていたからだ。
『人形が完成するまで、陽の光を浴びせてはならない』
あれが何を意味していたか、ようやく分かった。
陽の光を浴びることが、そのまま人形の起動スイッチになっていたのだ。
「ざまぁ人形。面倒くさいな」
さすが本にプロテクトまでかけていただけはある。
私だって呪術師のはしくれだけど、すでに人形のコントロールに失敗している。
「クルナ様、まずくありませんか? もしもざまぁ人形たちが悪事を働いたりしたら」
「ないよ。私が作った人形だもん」
「あの、忘れてませんか? 勇者に復讐するために作ったんですよね」
「……うん。ちょっと不安かな」
とりあえず、探す努力だけはしてみることにした。