追放された
「クルナ。君はクビだ」
「…………え?」
私はこうして、勇者パーティーをクビになったのだった。
十二歳の誕生日から冒険者を始めて、ちょうど三年目の暑い日のことであった。
「ほんと君は使えなかったよ」
「いやいや、ちょっと待って。他のみんなはどうしたの?」
初めから、変だとは思っていたのだ。
ここは酒場で、今はミーティングの時間。
ミーティングというのは、大きなクエストの前後には定期的にやるもの。
そして、いつもならパーティーのみんなが集合しているはずのものだ。
しかし、今日はなぜか誰もおらず、いるのはドロンという少年だけ。
おかしな話である。
ちなみに、ドロンは補欠。普段はバトルに参加しないで、馬車で待っている。
そんな人がクビを宣告してきたところで、信じられるわけがない。
「これは君の嫌がらせ。そうなんでしょう?」
私はドロンに問い詰める。
彼は補欠なことがコンプレックスで、レギュラーメンバーによく嫉妬をしていたのだ。
職業は魔導士。実力も高いから、それなりにプライドもあるんだろうけど。
やっていいことと、悪いことがある。
「ふむ。たしかに僕はおまえのことが嫌いだ」
「やっぱり」
「呪術師という大して役にも立たない職業のくせに、いつもイリス様にべったりで、見ていてイライラするんだ」
ドロンの言ってることは間違ってない。
私はこのパーティーでは役に立っていない。
その大きな理由は、体力が低いことだ。
そのため、敵モンスターの全体攻撃では、いつも私が先に倒れる。
最初の数回は仲間が回復してくれるけど、そのうち面倒になって倒れたまま放っておかれる。
戦闘終了時に私は寝たまま。これがいつものお決まりパターンなのだ。
「でも、私にはノロくんがいる」
そう言って、私は手元の鞄から、あるものを取り出した。
それは人形。
私が作った呪いの人形で、名前は『ノロ』だ。
姿はまんまワラ人形だが、私の改良で少しファンシーにデザインしてある。
口の部分が小さく開くと、そこから空気が漏れた。
「ノロ! ノロ!」
この人形の鳴き声だ。
そうして、私の手から離れると、足元に着地した。
きっと私がドロンにいじめられていると思ったのだろう。
ノロくんは両手をブンブンと振り回し、ドロンを睨みつける。
そして、そのままドロンの足元まで接近する。
「邪魔だっ!」
ドロンは人形を蹴飛ばした。
ドン、と音を立てて壁に叩きつけられるノロくん。
「ああっ。ノロくん」
「ふん。そんなゴミ人形がなんの役に立つと?」
「力も強いし、頭も良いよ」
「くだらないんだよ。さっさとしまえ。うっとうしい」
乱暴なことをする。
ノロくんは補欠のドロンなんかより、よっぽどパーティーの役に立ってたのに。
「ほんとおまえの顔を見てるだけで、むしゃくしゃする。イリス様が許してくれたら、おまえの背中を刺してたよ。というか、今からでも刺したい。グサグサしてやりたい」
「……ひ、ひどい」
イリスは私のことを気に入ってた。
そして、私も彼女のことを好いていた。
他の仲間は私のことを役立たずと思っていたし、嫌っていたのかもしれない。
しかし、勇者の前では言いづらかった。それが本当のところだろう。
「だが、おまえの追放を決定したのは僕じゃない」
「誰なの?」
「勇者であるイリス様だ」
「嘘つきっ!」
「嘘じゃない。ほんとうの話さ」
「じゃあ、なんでここにいないの?」
「彼女はおまえの顔なんか見たくないと言っている」
まあ、当然かもしれない。普通の人はクビになる人のことなんて興味ないものだ。
「証拠もある」
そう言うと、ドロンはあるものを差し出してきた。
どうやら、手紙のようだ。
封を開けて中を確認してみる。
そこには、こう書かれていた。
クルナ。私はあなたのことが嫌いです。
あなたは呪術師という不遇職であり、そのうえネクラな少女です。
私のパーティーにふさわしくありません。
もう二度と私の前に姿を現さないでください。
「……あ……わ……」
思わず、言葉を失ってしまった。
酷い文面だ。
呪術師のことも悪く書かれているし、ネクラだとストレートな悪口も書かれている。
一見すると手紙も偽物のように思えるが、この筆跡は間違いなくイリスのもの。
イリスの文章なんて、今まで数えきれないほど見てきたのだ。
そして、筆跡を真似るのは、変身魔法よりも難しい。
ドロンでもそこまで手の込んだ嫌がらせはしないだろうし、これはイリスが書いたんだ。
「どうだ。これで分かっただろう」
「……うん。ドロン君の言うとおりだね」
ショックだ。泣きそうだ。
私はイリスのことを信頼していたし、好意を寄せてもいた。
でも、イリスは違った。
彼女は私のことをなんとも思っていなかったんだ。
「このクズめっ! もう二度と僕たちの視界に入るんじゃないっ!」
イリスも同じようなことを書いていた。
言われなくても、ドロンの視界に入るつもりはない。
「装備は全て置いてけよ。消耗品もだ」
「……うん」
「これで僕はパーティー入りだ。おまえがクビになったおかげでな」
「がんばってね」
「当然だ。僕はおまえのような出来損ないとは違う」
ドロンが私の背中を思いっきり押してきた。
「ほらっ! 邪魔だっ! 早く消えろよっ!」
「ごめん」
もうどうでもよくなってきた。
イリスが私のことを嫌いで、出ていけというのだ。
このパーティーにいる必要性は感じない。
*
とある町のとある食堂にて。
私はこの食堂でバイトをしていて、今は制服を着て、客に注文を取っている。
「ご注文は何に致しましょうか?」
「勇者イリス定食で」
「じゃあ、俺もそれで」
二人の男は注文をすると、そのまま会話を始めた。
「しかし、イリスちゃん、美人だよな」
「ああ。凛々しくて、聡明で、剣の腕も一流。さらに、それを鼻にかけない性格のよさ」
「非の打ちどころがない女性ってのは、ああいう娘のことを言うんだろうな」
「だが、あんまり稼げてないそうだ」
「そりゃあそうさ。魔王がいないからな。世界が危機じゃなければ、勇者も実入りが悪いさ。だが、もし魔王が復活でもすれば」
「おいおい。世界の危機を望むなよ。今は平和な世の中なんだぜ」
「ははは。冗談だ」
会話が途切れたので、私は声を出した。
「それではご注文を繰り返します。勇者イ……リ……」
「おい。お嬢ちゃん。どうした?」
「……あ……いや……」
二人の男がポカンとした顔で私を見ている。
でも、仕方ない。涙が止まってくれないのだ。
『イリス』と名前を呼ぼうとするだけで、胸が苦しくなる。
もう彼女のことは忘れるって決めたのに。大嫌いなのに……。
「……うぐっ。やっぱりムリ」
「いったい何が無理なんだ?」
「もうイヤだあ……」
「どこか調子が悪いのかい?」
二人に心配されるが、上手に答えられない。
そうしていると、後ろからリタが助けに来てくれた。
彼女は私の友達で、同じバイト仲間なのだ。
「その娘、大丈夫なの?」
「はい。すみません。この娘、ちょっとアレなんで。ご注文は勇者イリス定食二つですね。すぐにお持ちしますので」
リタは私の顔を隠すように抱き寄せると、そのまま店の奥まで連れていく。
「おい。あの娘、ひょっとして呪術師クルナじゃなかったか。勇者パーティーの」
「まさか。勇者の仲間が、こんなところでバイトしてるわけないだろ」
そうだ。彼らの言う通り、私は呪術師クルナだ。
私の顔を見ただけで、それに気づくとは。
彼らはきっとかなりの勇者マニアに違いない。
まあ、今の私は勇者の仲間ではないけど。
店の奥まで連れて来られても、私はまだ泣きやむことができなかった。
「酷い顔だよ。これで拭いて」
「ありがとう」
しかし、ハンカチで目元を拭っても、あまり効果はなかった。
「ダメだ。とてもお客さまの前に出せる顔をしてない」
そう言って、溜息を吐かれた。
「生活費がきついって言うから、バイトを紹介したんだけどな」
「ごめん。リタちゃん。でも、イリスがね。イリ……ス……」
また涙が溢れてきた。
「うん。それは何度も聞いた。でも、今は仕事中だから切り換えて欲しい」
「私はダメなんだ。不器用だから。リタちゃんみたいになれないんだ」
私はガクッと肩を落とした。
その様子を見て、リタは私の重症を悟ったらしい。
「落ち着くまで休もうか」
「え? いつまで」
「気持ちの整理が付くまででいいよ。店長には私から言っとくから」
「……また捨てられる」
「こりゃあ本格的に重症だ。大丈夫。いつでも拾ってあげるから。とにかく今は休んで」
そんなわけで、私はパーティーをクビにされ、バイトも休むことになった。