青い悪魔のスペースダンジョン
貨物宇宙船アクエリアス号。
俺の愛しの愛船だ。残念ながら所有物ではない。宇宙船の所有者は人類宇宙最大の巨大運送会社であるアンリミテッドフレイター株式会社。俺の雇い主だ。
惑星内の小さな荷物のお届け物から、銀河腕間の長長距離輸送まで、なんでもどこまででも運ぶ、頭のおかしい会社だ。
アクエリアス号は、アンリミテッドフレイター(株)の小型高速貨物船だった。全長200メートルと貨物船としては小型な船で、連続長距離ワープに向いた設計をされていた。
荷物は大抵、超がいくつもつくほどの高級品だ。
今乗っているのは、人類が『西暦』という単位で年を数えていたころ作られた酒だ。700年の時がたっていて、もはや飲むためと言うより所有するための物となっている。
「一生に一度くらい飲んでみたいもんだね。」
俺は独り言を言った。
この船には俺しか乗っていないんだし、いいじゃん。たまに独り言くらい言ってないと寂しいんだよ。わかってくれ。
『キャプテン、ワープ準備が終わったよ!』
若い女の子の声がした。船に搭載されているAIに、俺が自費で買った声を組み込んだのだ。1人で宇宙を飛び回っているとこういうことを始めるんだ。気をつけろ。
「よし、じゃあワープだ。」
『はぁーい!』
AIは元気いっぱい応えてくれた。
声だけでも元気だと寂しさが紛れる。いい。
いま俺のことを寂しい奴と思った奴、あとで格納庫来い。俺がどんなに寂しいか語って発狂させてやる。
AIがワーププロセスを実行して、アクエリアス号は超空間に入った。
ワープアウト予定時刻は3時間後。
「よし、アレを見るか。」
俺は気合いを入れた。
西暦年代に地球の小さな島国で作られたアニメーション作品だ。もう何百回と見ている。遺伝子操作によって生みだされた新人類のヒロインと宇宙を駆け巡るお話だ。時々地上も走り回る。
ワープ中なんて寝るかアニメ見るかしかやることないんだよ。いいからほっとけ。
俺はアニメをぶっ続けで見るという贅沢をして、ワープ中をすごした。
「いや、おかしい。」
アニメが完結するところまで見切ってしまってから、俺は気づいた。
この作品は一話から完結まで全13話。3時間で全部見るなど不可能なはずだ。
「アクエリアス、何かあったか?」
『何もないよ?』
AIは異常を認識していない。
「いやいや、いま何時だよ?」
『18時半だよ!』
ワープインは12時。絶対おかしい。6時間以上ワープにかかることはない。
「ワープアウトまで後どれくらいだ?」
『うーんとね。ザザザ分だよ!』
肝心な部分が雑音で潰れている。故障でない限りAIにそんなことが起こることはない。
壊れた?
宇宙船ごと?
「アクエリアス、自己診断! 故障じゃないか?」
『自己診断プロセスを実行するね、ちょっと待ってね。』
無駄に明るい声が俺の心を逆立たせる。
落ち着け、落ち着くんだ俺。
こういうときに焦ったら死ぬ。冷静に、冷静に。俺はとなりにいるかわいいヒロインを助けなきゃ行けない主人公だ。そう信じて落ち着け。彼女は俺だけが頼りなんだよ。
『診断したよ! どこもおかしくないよ、私は元気!』
元気じゃねぇよ。
むしろ元気しかねぇけど、どうみてもおかしいよ。
自己診断でも発見できないほどの故障となると、まずい。このまま通常空間に復帰できずに超空間をさまようオランダ人にになってしまうのか、俺は。神を呪う言葉なんて言ってないのに。
「どうする。どうしたらいい。たぶんワープ機関だよな。見て直せるか?」
「叩けば直るんじゃないかな。」
「アニメじゃないんだよ、叩いて直るか。」
俺は反射的に言葉を返した。
いや待て。俺は今誰と話をした?
俺は勢いよく振り返った。
そこに奴はいた。
水色の、ぽてっとした、少し透き通っている奴が。
「……夢か。これは夢なんだな。なんだ安心したー。」
きっと俺はアニメを見るうちに寝てしまって、夢を見ているんだ。そうに違いない。そうであってくれ。
「夢じゃないよ!」
水色が言ってきた。男か女か良く分からない声だ。
「あぁ、夢ってやつはいつでもそう言うんだよ。それで、スライムもどきが何の用だ?」
夢なら何も動揺することはない。
俺は落ち着きを取り戻して問いただした。
「3時間ずっと君の後ろで待っていたのに、ひどい言われようだなぁ。待たずに君をこのままにして帰れば良かったよ。」
俺は秒で土下座した。
「お待ちいただきまして誠にありがとうございます、スライム様。」
「苦しゅうないぞ。」
スライムはぷるぷる震えた。
「それで、偉大なるスライム様がザコ人間である私になんのご用でございましょうか。」
「君、変わり身早いね。」
「月給2000ドルの人間の浅知恵でございます。」
「そ、そう……。」
スライムがちょっと引いていた。
「まぁいいや。用事を言うね。君に少し手伝ってほしいことがあるんだ。」
「配達のご用命でしたら弊社の営業所へお願いします!」
「配達じゃないんだ。君に悪のダンジョンマスターをやって貰いたいんだ。」
「うわ頭悪そう!」
「……君が意外と素直な奴だってことはこの短時間で理解したつもりだよ。」
スライムの声のトーンが落ちた。
「ただ、分かるよね。今の状況。」
「どうかお静まりください、スライムを超越したスライム様。」
「うむ、苦しゅうない。許して進ぜよう。僕は寛大だからね。」
「ありがとうございます! 恐悦至極!」
「うん。それでやって貰いたいことだけど、ダンジョンを作っていろいろ面白いことをやって貰いたいんだ。」
「面白いこと、といいますと。」
「何でもいいよ、僕が面白ければ。世界征服でも、ハーレム作るでも。」
「はぁ。それで、どのように?」
「説明めんどくさいなぁ。」
ひどい。
巻き込んどいてそれはひどい。注射器で中身吸い出してやろうかこいつ。
「まぁそのへんの説明はあとでしてあげるからさ、やるの、やらないの?」
「念のため先に聞かせていただきたいのですが、やらないと答えるとどうなりますか?」
「知りたい?」
スライムは楽しそうにぷるぷるした。危険な香りのするぷるぷるだった。
「お教えいただければ光栄に存じます。」
「このままもとの時空に帰してあげるよ。」
「え? ほんとに?」
「ただ、その前にみてもらいたいものがあるんだ。」
俺の目の前の空中に板状の仮想スクリーンが表示された。
「速報です、アンリミテッドフレイター社は、さきほど貴重なワインを持ち逃げした20代の男性社員を刑事告訴したとのことです。同容疑者はすでに警察が指名手配をしておりますが、依然行方は判明しておりません。ワインは1億ドルの価値があるとみられる貴重な物で、警察は容疑者の行方を懸命に捜索しています。」
ニュース映像だった。
容疑者、として表示されているのは俺の顔である。
「ここは通常の空間と時間の進み方が違うから、君がアニメを見ている間に3ヶ月が経っているんだよ。」
「……。」
おれは言葉を失った。
指名手配。告訴もされている。嗚呼、無職が見える……。
なんでだ。
俺はこれまで真面目に頑張ってきたのに。
「あー、彼ね。昔から何考えてるか分からないところあったんすよ。」
ニュースでは名前も思い出せない高校の同級生を名乗る男がしたり顔で取材に応じていた。
お前誰だよ。
スライムはそんな俺の様子を見て、黒いグラスを差し出してくれた。
「ありがとう、スライム様。」
俺は差し出されたそれをぐっと一気に飲んだ。
鼻に芳醇な香りが抜け、複雑な味わいが脳天を衝いた。人類の歴史を体感するような、深い味わいだった。
「元気だしなよ。な。」
「スライム様……。」
優しいところもあるんだなと思ってスライムを見ると、スライムの触手がどこかで見たことのある瓶を持っていた。
ワインボトルである。
積荷の。
栓は開いてる。
「あああああああああああああああ!!!!!」
俺は絶叫した。
「まさか、今俺が飲んだのは!」
「うん。これだよ。美味しかった?」
「美味しかったです。」
「それはよかった。それで、どうするの。やるのやらないの?」
スライムがしれっと脅してきた。
このまま元の時空に帰してあげる、というのは、今俺が指名手配されているあの時空のことだ。
ワインは飲んでしまった。開けた時点でこのワインの商品としての価値は失われているだろう。
このスライムのせいで俺の人生は終わりだ。
俺には選択肢なんてなかった。
さらば平凡な俺の日常。
「スライム様。」
「うん、なんだい?」
「やるといったら、僕の人生は終わらずに済みますか?」
「たぶんね。」
「やります。やらせていただきます。」
「うん、君はそう言ってくれると僕は信じてたよ。飲むかい?」
スライムがボトルの口を差し出してきた。
「いただきます。」
俺はグラスを差し出した。スライムが中身を注いでくれた。
1杯も2杯ももはや変わらない。
俺が楽しんでやるのがこの人類の宝に対する供養だ。
「つまみもあげるよ。」
スライムが言うと、どこからともなくつまみの乗った皿が現われた。乗っているのはチーズだろうか。
かじった。
うまい。
飲んだ。
さらにうまい。
「僕に付いてくれば、もっといい思いをさせてあげるよ。がんばろ?」
悪魔のささやきが聞こえた。
俺には否応もなかった。
「はい、がんばります。」
すくなくともこのスライムは俺に飴を与えるつもりがある。アンリミテッドフレイター社よりずっといい雇い主じゃないだろうか。
「それで、スライム様のことはなんとお呼びすればよろしいでしょうか。」
「うん、僕のことはリ―――」
「待った! いえ待ってください!」
「人が名乗ろうってときに遮るとは、存外に無礼な奴だな?」
「それは、俺が、人間ごときがお呼びしても良い名でしょうか。偉大なるスライム様の御名でしょう。」
「……そこまで卑屈になることないだろうに。でもたしかにそれもそうだね。僕らの仲間にはそれを非常に気にする奴もいるのも確かだ。」
スライムがうんうん頷いている。
仲間がいるのか。きっと同じように性格の悪いスライムだろう。
「エシュマと呼ぶが良い。」
「エシュマ様ですね。」
「エシュマで良い。あと必要以上にへりくだるのもやめるように。君は僕に選ばれた神の代行者だぞ。僕の格が低く見られるじゃないか。」
「エシュマ、一つ聞きたいんですが、なぜ俺なんです?」
「君が面白そうだった。いまのところ予感はあたってる。」
ようはたいした理由はないわけだ。勘と一緒だ。
「君はなんて名前なんだい?」
「俺はクオークと言います。」
「よろしい、クオーク君。さっそくだが、侵入者だよ。」
エシュマが言うのと同時に、船の警告音が鳴った。
『レーダーに感! 小型の宇宙船が出現したよ! たいへん!』
アクエリアスが叫んでいる。
助けに来てくれたのだろうか、このスライムから。まさかね。
『船籍調べるね。警察船だよ!』
「警察船?」
いやな予感がした。
「うん。僕が呼んどいた。」
「やっぱてめぇかぁ!!」
「ははは。当たり前じゃないか。そうじゃなければこの僕が管轄しているこの空間に入れるわけないだろ。」
このスライム、絶対にいつか中身吸い出してやる。
「それで、どうするんだい。大人しく捕まるのかい、戦うのかい。」
エシュマはとても楽しそうだった。
捕まれば1億ドル。あと無職。人生終わりだ。
「エシュマ様、戦うのかと聞いてくるってことは、何か戦う方法もらえるって理解でいいんですよね?」
責任取れよ、と俺は目で語った。
「あげるよ。僕も約束があるから本当はただでとはいかないんだけど、初回だけはサービスしてあげる。」
目の前に仮想スクリーンが浮かび、ずらっと初回サービス品のメニューが並べられた。戦闘艦もあれば、飛竜などというファンタジーまがいの物まで載っている。
「これって、戦闘艦は自分で操作しなきゃいけないものですか?」
選ぶ前にいろいろな疑問があった。
「いい質問だ。今回は指揮官もセットだから君は命じるだけでいいんだよ。」
「なるほど、食事とか弾薬の補給は?」
「有料だね。のんびり考えてていいのかい?」
『警察船から通信だよ。貨物船アクエリアスに告げる。すみやかに機関停止するように。抵抗すれば撃つ。だって!』
俺は警察船との距離を見た。
大分近い。あと30キロメートル。宇宙のスケールで見れば目と鼻の先だ。すでに警察船の射程に入っているはずだった。
「なんでこんなに近いんだよ。」
「僕が欲しいのは動的で劇的なものだからね。さぁどうする?」
とことん性格の悪いスライムだ。
いいだろう。のってやるし、やるだけやってやる。仲間とか約束とか有料とか、すくなくともこいつも何かに縛られてるようだから、なんとかなるだろう。というか捕まるよりましだろう。
「ならこれを。」
俺はリストの中の一つを指さした。
「おっけー、じゃあ出すよ。」
仮想スクリーンが増えた。そこには宇宙空間が映し出されていて、中央近くにアクエリアス号がいた。
外の様子を見せてくれるらしい。
アクエリアス号の近くの宇宙空間に裂け目ができた。そこから、光と共にそいつが姿を現した。細長い、角張った形の一隻の船だ。大きさはアクエリアス号の2倍ほど。
ラダ級巡洋艦。
それがリストにあった名前だった。
仮想スクリーンがさらに一つ増えて、軍服らしい服を着た女性が映し出された。
「ラダ級巡洋艦エルメラダ艦長ライル中佐です。閣下、ご命令を。」
ライルと名乗った女性は青い髪をしていた。
「君がさっきまで見てたキャラクターを参考にしてみたよ。気に入ってくれたかな?」
スライムが得意げにぷるぷるしている。
「クオーク君に対する期待の表れだと思ってくれたまえよ。」
「……エシュマ様、一生ついていきます。」
中身吸い出すとか考えてごめんなさい。
俺は仮想スクリーンの中のライールに向き直った。
「いま近づいてきている警察船を撃退したい。できるか?」
「たやすいこと。お任せください。」
「頼んだ。」
「はっ!」
歯切れのいい返事が返ってきた。
「艦首反物質投射砲、撃て!」
え、その船そんなもの積んでるの?
というかそれ沈める気の武器だよね。俺としては撤退させてくれればいいんだけど!?
俺が何か言うよりも前に、外の画像の中で、巡洋艦の艦首から2発の砲弾が飛びだした。
砲弾は一直線に警察船に向かっていく。
「よけてぇぇぇえええええ!!!!!」
俺は叫んだ。
警察船が回避しようと回避用のスラスターを噴射させた。しかし砲弾は、警察船を追うようにコースを変えて追尾し、2発とも、警察船の腹に突き刺さった。
光が膨れ上がり、警察船を包んだ。
「閣下、警察船の撃沈を確認しました。」
ライルが胸を張って報告してきた。胸ないけど。
俺は呆然としていた。警察船は一瞬で爆発した。おそらく脱出する暇なんてなかっただろう。
「おめでとう、クオーク君。」
スライムが無邪気な声を出していた。
「これで君は国家の敵だね。」
はめられた。このスライムに。
やはりこいつはいい顔をして近づいてくる悪魔のようなスライムだ。俺はこいつの思い通りに踊らされ、はめられてしまった。
「閣下、いかがなさいましたか?」
ライルが心配そうな顔をして聞いてきた。
「私は何か失敗してしまいましたでしょうか? もしかして撃沈してはいけなかったのでしょうか?」
ちくしょうかわいい。
その顔をみて、俺は決めた。
「いや、そんなことはない。ライル中佐、よくやってくれた。」
こうなったら精一杯踊りまくってやるのみだ。
俺は悪魔に魂を売ることに決めたのだ。
メインで書いている物語が佳境にさしかかると、気分転換に他の物を書きたくなる病気です(笑)
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