06:ゴブリンと戦う三歳児
「ゴブリン!?」
「えっ!あれが!?」
「たぶん……おとうさんが言ってた。もりにゴブリンがでるって……」
クロの言葉にオレは驚く。初めて見る魔物ということもある。
しかし、オレの想像していたゴブリンとは違う。
身長が百七十センチ~百八十センチはある。痩せ形だが筋肉質。
とても小鬼という表現は出来ない。
(マジかよ!この世界のゴブリンってこんな強そうなのか!)
ゴブリン=序盤のザコキャラというオレの中の常識が一気に覆る。
いや、もしかしたら外見はアレでもザコキャラ扱いなのかもしれない。
分かっているのは、三歳児のオレらでは戦いにならないであろうという事。
体格差が大人と子供だ。話にならない。
そもそも村付近の森の魔物は、それこそクロの親父さんたちの手により、駆除されている。
河川敷の周りも当然、巡回対象で、近づく魔物などこれまでいなかった。
だからこそ、この訓練場を許可してもらったのだ。
「クロ、にげよう。むらの人たちにいそいで――」
言い切れなかった。
ゴブリンはオレたちを見つけると、ニヤリと笑い、崖の淵に手をかけ、ズダッと下りてきた。
そのままこん棒を手に、オレたちに向かい歩を進める。醜悪な笑いはそのままだ。
「アレクはみんなにしらせて!わたしがとめるから!」
木剣を中段に構えたクロがそう言った。
「はぁ!?」
何言ってんの、お前!?って感じだった。
確かにオレたちの逃げ足とゴブリンの体格から考えられる速度は、ゴブリンのほうが速いだろう。
クロは衛士の子供として英才教育を受けているから、魔物という驚異から守るのに使命感もあるのかもしれない。
でも、三歳の幼女だ。
オレは元・三十六歳のおっさんだ。
幼女に守られて逃げるおっさんがいてたまるか!
「いや!オレがじかんをかせぐから、クロがいけ!」
「なんでよ!アレクがいって!」
こんな強情なクロは見たことがない。
見れば冷や汗を流し、剣先も揺れている。
怖いのにやせ我慢しているのだろう。
もっとも怖いのはオレも同じだ。
前世では三十六年間、喧嘩もしたことがない。
近所の犬に飛びかかってこられても負けるだろう。
心構えが出来ているはずもなく、命をおびやかす魔物を前に足が竦む。腰が引ける。
正直、逃げたところで足がもつれ、転ぶ可能性大だ。
そんな状態で時間稼ぎするなんて声を上げているのは、おっさんとしてのちんけな意地だ。
ゴブリンは言い合っているオレたちを見ながら、どんどん近づく。
もう川の真ん中あたりで、太股あたりまで水に浸かっている。
(オレにとっちゃ深い川だったんだけどな……。普通に歩ける深さかよ)
川の深さ、流れに期待していた部分もあった。
一度、泳ごうとして、足がつかなく、怖くてやめた経緯がある。
が、どうやら成人男性くらいになると、ただの小川らしい。
でも河川敷に上げるよりは足止めになるだろう。
というより、こっち側の岸に上げたくない。怖い。
クロもそう思ったのか、ゴブリンが岸に上がる前に切りかかった。
「よせっ!クロっ!」
「やあああああっ!」
岸縁からジャンプし、上段から切り付ける。
ゴブリンは笑みを絶やさない。
右手のこん棒を横薙ぎに払い、クロを弾き飛ばす。
「っあっ!!!」
「クロっ!」
三メートルほど転がったクロが、すぐに顔を上げる。
「いったぁ……」
良かった。死んでない。
しかし腹を抑え、苦悶の表情を浮かべる。もう動けないだろう。
オレは急いでゴブリンに視線を戻す。
岸まであと二歩ってところ。オレとの距離は十メートルもない。
限界だ。やらなきゃやられる。
体は竦むが、クロが戦ったんだ。三歳の幼女が。
これでやらないワケにはいかんだろう!怖いけど!怖えんだよ、このバカが!
「ああああ!!!」
両手にファイアーボールを作る。なるべく速く、なるべく多く魔力を込める。
正直パニック状態で、まともに魔力操作できてる自信はない。
でもそんなの関係ねえ!来る前に撃つしかねえんだ!
ゴブリンの動きが止まる。ファイアーボールに驚いたらしくギョッとした表情だ。
「くるんじゃねえ!このやろうが!!!」
両手の火球を投げつける。狙いも適当だが、距離が近いし当たらないわけがない。
ボンッ!ボンッ!と火球がはじける。
胸の付近に行った火球はこん棒に防がれたが、一発は腹に当たった。
だが、オレにそんな事を確認する余裕はない。
放ってすぐに、次の火球を作り始める。
右手のが出来上がったらすぐに投げ、左手のが出来上がったらすぐに投げ。
「おらぁ!おらぁ!おらぁ!おらぁ!」
次々に当たる火球によろけながらも、ゴブリンは倒れない。
しかし、これまでではマズイと思ったのか、単純に怒ったのか、こん棒を振り上げ、オレに迫ろうとした。
そこに火球が顔面直撃。
こん棒を落とし、ゴブリンが後ろに倒れる。
バシャーン!
火球を受けながら徐々に下がっていたのだろう。
川の中に沈んだゴブリンがゆっくりと下流に流される。
「はぁっ はぁっ はぁっ……」
それを見てオレは尻もちをついた。
相変わらず足が震え、汗が止めどなく流れる。
「アレク!」
はっ!そうだ!
さっと見やるとクロが腹を抑えたまま座っていた。
「クロ!だいじょうぶか!」
「いちち……だいじょうぶじゃないけど、アレクはだいじょうぶなの?」
「あぁ、オレはだいじょうぶ。ちょっとまってろ、ヒールかけるから」
震える足を無理矢理立たせ、クロに近づく。
痛むであろう腹に直接手をあて、魔力を手に集中させる。
「『癒しの力よ、光の力よ、我が願いを聞き届け給え。治療・修復・聖光。ヒール』」
鈍い光がクロを一瞬包んだ。
「おー! すごい!いたみがないよ!」
ふぅ、良かった……。ヒール習っておいて本当に良かった。おばばありがとう!
まだ無詠唱も出来ないし、直接触れないと出来ないけど。
「よろこぶのはあとだ。あるけるなら、いそいでもどろう」
「うん、そうだね。まだほかにゴブリンいるかもだし」
「さっきのゴブリンだって、まだしんでないかも」
「えっ!たおしてたじゃん!」
「わからない。きをうしなっただけかも……」
「そっか……」
川や森を警戒しながら、なるべく急いで村に戻る。
しかし、その足取りは重かった。
初めての戦闘っていうのもある。魔物が蔓延るこの世界で、戦いは日常茶飯事だと覚悟はしていたつもりだった。
その割には不甲斐ない。パニックになる心。冷静になれない頭。安定しない魔力操作。倒せない威力。
今にして思えば、そのどれもが不甲斐ない。
でもそれはクロも同じようだった。
「アレク、ありがとうね。わたし、アレクをまもるつもりだったのに、けっきょくたすけられちゃって……」
「いや、オレもクロをたすけるつもりだったよ。でも、ぜんぜんダメだった」
「そんなことないよ!ファイアーボール、バンバンあててたじゃん!」
「なにもかんがえられずに、それしかできなかったんだ……」
「ヒールだってかけてくれたし!」
「ちゃんとつかえてたら、クロがくらったあと、すぐにヒールをとばせていたよ」
「う……それでも、アレクがいなかったらしんでたよ……」
「クロがさいしょにいったから、こころがまえができたんだ。オレひとりじゃたぶんしんでた」
「アレクのまりょくがたりなくても、ふたりともしんでたよね……」
「あぁ……。やすみおわったときでよかったよ、ほんと」
話しているうちに命の危機だったって実感が出てきた。
クロも顔色が悪い。オレもそうだろう。
こうして三歳児による初戦闘は一応、終了した。
課題は山のようだ。
だが、とにかく今は村に早く報告しよう。
オレたちは家路を急いだ。