03:エルフの師匠(おばば)
この村の名前が『パーリーピーポー村』だった。村を捨てたい。
もうこれ他に日本人いるだろ。いた上でなんでこんなファンキーな名前なんだよ。村長に小一時間、問い詰めたい。いや多分村長は悪くないんだろうけど。
あれから三年経った。
オレことアレクは順調に成長していて、見た目は栗毛のかわいらしい白人幼児といった感じ。
成長が早いと判断されたのか、ある程度家の周囲を自由に歩き回れるようになった。
魔法のほうは毎日いろいろと試し、独学ではあるものの基本的なことは分かってきたと思う。
総魔力量は魔法を使えば使うほどに上がると分かった。熟練度なのか、減った魔力の分だけ少しづつ増えるのかは不明だが、とりあえず毎日出来るだけ使ってから寝るようにしている。
属性に関しては、体内の魔力と体外の魔素を融合させる際のイメージで変化すると分かった。
魔力・魔素の段階では属性変化がないってことだ。魔法として発現した段階で属性が付与されるって感じ。
そんなわけで、体内の魔力をスムーズに動かす修行。魔素とスムーズに融合させる修行。属性を変化させる修行。発現した魔法をあれこれする修行。毎日忙しい。毎日超楽しい。
でもそろそろちゃんと誰かに教わりたい。独学では限界がある。って言うかそもそも基本を知らないはずだ。
もう喋れるし歩けるし、物語の読み聞かせをしてもらってたから、ある程度文字も読める。
さあ、いざ次のステップだ。
「かーちゃん、まほう!まほうおしえて!」
「えっ魔法? アレク、魔法使いたいの?」
「うん!」
両親(オレの生前より若い)が魔法を使えるのは知っている。
竈の火種だったり、桶に水を入れたりしていた。
「アレクはまだ三歳じゃない。もうちょっとお兄さんにならないと魔法は使えないわよ?」
「だいじょうぶだよ、ほら!」
ブオッ!
指先に風の塊を作り出す。嵐のような球体。大きさはソフトボール程度で、気圧の関係か視認もできる。
両親にばれずに魔法の練習をするにあたり、一番使ったのが風魔法だった。火や水じゃ目立つしね。
「えっ!?ウィンドボール!? アレク!あなた魔法使えるの!?」
「うん」
「あわわ、どうしましょ、あなたー!あなたー!」
大慌てで畑仕事をする父親を呼びに行ってしまった。
やっちまったか、これ。ウィンドボールって言ってたな。おそらくちゃんとした魔法なんだろう。
三歳の幼児が使うもんじゃないんだろうな。はぁ……。
…
……
………
「で、母ちゃんが竈に火をつけるのを見て、真似たら使えたってのか?」
「うん……」
速攻で家族会議である。
「でもあれ生活魔法だぞ?俺が使ってる水とかも生活魔法だ。攻撃魔法なんて使えん」
「えっ?」
「ん?アレクが出したのはウィンドボールだって聞いたぞ?違うのかリリーナ」
ちなみに父親がデービス・アルツ。母親がリリーナ・アルツ。オレがアレキサンダー・アルツである。
しかし、生活魔法か。火種を出すのも火の玉出すのも変わらないと思うんだが、攻撃魔法とは何が違うのか……。
「間違いないわ。しかも無詠唱よ?威力は小さいと思ったけど、あれはウィンドボールよ」
無詠唱……。普通は詠唱があるのか。それすら知らなかった。多分、生活魔法には詠唱がないのだろう。オレは生活魔法しか見てなかったから『魔法=無詠唱』と思い込んでいた。
やっぱ基本的な魔法の知識が足りなすぎる。
「それに三歳で攻撃魔法だなんて、魔力切れで昏睡してもおかしくないわ!」
「そうだ!アレク、体は大丈夫なのか?」
「う、うん。さっきのくらいなら、ぜんぜんだいじょうぶだよ」
「本当に?辛かったら言うのよ?」
「しっかし、アレクが魔法とはなぁ……。今は使ったばっかで魔力減ってるだろうし、今度見せてくれるか?」
「あなた!興味本位で使わせないで!倒れちゃったらどうするの!」
「いや、本当は今すぐ確認したいくらいなんだぞ?俺だって心配はしてるさ。でも見たところ、体は何ともないようだし、アレクは前から賢い子だからな。無理な魔法はしないさ。なぁアレク」
「うん。だいじょうぶ」
「はぁ、私が心配性なのかしら……」
なんとか落ち着きを取り戻した両親に、魔法の勉強をするにはどうすればいいのか、聞いてみた。
両親としては使えてしまったからには、ちゃんと教えたほうが安全と判断したらしい。
しかし、自分たちには攻撃魔法なんて使えない。魔法書とかも持っていない。
かじった知識を教えることはできるが、どうせなら専門家に師事すべきだという事になった。
「薬師のチッタおばば、分かるか?」
「あー、エルフの?」
「この村で魔法と言えば、チッタおばばだ。口は悪いが面倒見はいいし、教えてもらうといい」
この村にいる唯一のエルフで、唯一の薬師。何度か家を訪れて、母親が薬を買っていた。
最初に見た時は「耳とがってる!エルフいるの!?マジで!?ファンタジーじゃねえか!」とテンションが上がったが、実際は皺くちゃのおばばだけだったので、なんか萎えた。
さっそく昼過ぎにおばばの家に行ってみた。
おばばの家は森へと続く道の片隅にあった。村から一歩はみだした感じだ。
「すみませーん、チッタおばばさんいますかー?」
他人の家に行くこと自体初めてだ。緊張の面持ちでドアを開ける。
「ん?お前は……デービスんとこの息子かい?薬でも買いにきたか?」
こじんまりとした室内には調剤に使うであろう器具が並び、大きな本棚にはたくさんの本が並んでいる。
本はとても貴重品でオレの家には物語が二冊あるだけだ。こんなに本があるのはすごい。
近くに森がある影響か、室内にはあまり日が入らないようだ。
「あ、えーっと、そうじゃなくて、ですね……」
…
……
………
「はぁ?魔法を教えてくれ?三歳の小僧が何言ってんだい!」
めっちゃ迫力がある。これが年の功か。皺くちゃな顔してその眼力はなんだよ。
「ウィンドボールを使ったら、あたしに魔法を教えてもらったほうがいいって!?バカ言ってんじゃないよ!ウィンドボールなんて使えるわけないだろうが!」
「い、いや、でも、ほら」
ブオッ!
そう言ってオレは指先からウィンドボールを出した。
「っ! ……こりゃ驚いた。って家の中で魔法なんて出すんじゃないよ!外出な!外!」
押されるように外へ出て、家の裏手に回った。
多少のスペースがあるが、周りにはすでに森が広がっている。
「とりあえず今、どれくらい魔法を使えるのか見せてもらうよ。的を出すからそこに当てるんだ。いいね?」
「う、うん」
「はぁ……なんであたしがこんな事を……」
口は悪いが面倒見はいい。確かに言われてたとおりだな。
「アースウォール」
おばばがそう言って杖を向けると、二十メートルほど先の地面が壁状に盛り上がる。
高さが二メートル、幅が一メートルほどの土壁だ。
「うわっ!すげえ!」
離れたところに魔法を発動させるってどうやるんだ?体内の魔力と体外の魔素を融合させないとダメなはずだし。
しかも魔法名のみの無詠唱……だよな?母親は詠唱ありきみたいな事言ってたけど、やっぱ本物は無詠唱なのか?
感動と疑問があふれる。テンションがあがる。
「いいから、あれに当ててみな。目いっぱいのやつでね。あぁ安心しな。倒れたら介抱してやるさ。ハッハッハ」
「めいっぱいのやつ……うーん、わかった」
攻撃力があるやつってことだろう。となるとウィンドボールじゃないだろうな。いや、実際に魔法を当てて試したことはないんだけど。
なんとなく風より火とかのほうが攻撃力ありそう。
ボウッ!
指先にソフトボール大の火球を出現させる。
「!(風だけじゃなくて火属性も使えるのかい!?)」
さらに火球を大きく。魔力を多めに、より魔素と融合させるイメージ。
火球は直径八十センチほどの大きさとなる。あっつい。
「!?(ファイアボールじゃない!フレイムボールか!)」
大気の魔素だけじゃなく酸素も取り込むイメージ。
温度が上がれば威力も高まるんじゃないかという期待。すげーあっつい。
「!?(火球が青白くなった?なんだいこれは……)」
最後に投げやすいように、球状から細長い棒状に加工。大気を圧縮させて形を整えるイメージ。
それを槍投げのように投擲する。
「はぁ!?(フレイムボールがフレイムジャベリンになった!?)」
「いっけえ!」
思い切り投げた魔法は見事に土壁に命中……はしなかった。その手前の地面に突き刺さり「ドオン!」と炎が散る。
「げっ!ほうこうおんち!やばっ!」
散った炎が土壁や周りの草を燃やし始めたのを見て、あわてて駆け寄った。
走りながら水球を両手に作り、火の元にばらまく。投げつけずに放っただけだから、あくまで消火用だ。
「ふぅ~あっぶない。おばば、ごめんなさ……」
振り返ると、目を見開いたまま硬直するチッタおばばの姿があった。
「あの……チッタおばば?」
「……はっ! すまないね。ちと呆けちまった。で、体調はどうだい?火に水とその前には風、あれだけ魔法撃ったんだ」
「あ、えーっと、四分の一くらいへったかんじ」
「は?あれが目いっぱいじゃなかったのかい!?」
「うん、あつかったから、もうむりだとおもってなげちゃった」
「……いや、そうか。あの後、ウォーターボール何発も出してんだ。目いっぱいなわけがないか……。はぁ……。ま、とりあえず家に戻るかね。いろいろと聞かせてもらうよ!」
「う、うん!」
チッタおばばの後を追って家へと向かう。
どうやらちゃんと魔法を教えてもらうことが出来そうだ。お目にかなったって事だろう。
このパーリーピーポー村で一番の魔法使い、その弟子として。
……あ、ちょっとテンション下がった。もう村名言うのやめよう。