§179 眠りの浅い夜
ふと目が覚めた。
寝心地や辺りの景色がいつもと違う。
ここは何処だと思ってすぐ思い出す。
そうだ、冬合宿で南の島に来たんだった。
テントの中は真っ暗で何も見えない。
ここの暦は月齢とあっている。
この方が潮の満ち引きとかを使うのに便利なんだそうだ。
一日は基本的に新月で月は出ない。
だからテントの中は真っ暗。
外に出れば星明かりくらいはあるだろうけれど。
でも横のコットで寝ている筈のアン先輩の気配が無い。
あの人は何気に寝言とか寝息とかがわかりやすいのだ。
温泉旅行で一人部屋をキープしたのはその辺の自覚があったからだろうか。
まあトイレで外に出たのかもしれないけれど。
でもなかなか帰ってこない。
そう言えばと思い出す。
チャーシの時も夜中に外にいたな、アン先輩。
眠りが浅い性質なのだろうか。
その割には寝入った時は色々賑やかだけれども。
昼間気絶していた時間のせいか何となく眠れなくなったので、俺も身を起こす。
『照明魔法・極小』
最低ギリギリくらいの灯りをつけ、寝袋から出てテントの外へ。
月は無いけれど星明かりでそこそこあたりが見える。
砂の白さのせいかむしろ明るくさえ感じる位だ。
潮がかなり引いている。
舟が思い切り砂浜の上側に取り残されている状態だ。
その舟の縁に見覚えがある姿が腰掛けているのがシルエット状態で見えた。
俺はそっちに向かって歩いて行く。
「星を見るにはいい夜ですね」
「でも遠すぎて手が届かないのだ」
何か思ってもみない台詞が返ってきた。
「割といつも夜中は起きている感じですけれど」
「大体寝て三刻もすれば目がさめるのだ。なのでもう一度眠くなるまでふらふらしている事が多いのだ」
なるほど。
確かにここの国は睡眠時間が長い。
基本的に灯りを使わないからだけれども。
そのせいか俺も結構目が覚めてしまうのだ。
「それにここまで来れば何を呟いてもテントの方には聞こえないのだ」
そんな不穏な事を言って、そしてそのまま先輩は続ける。
「エバシであの日、私はリーグレ先輩と一緒にある場所へと誘われたのだ。私の今までの常識を全否定するような、それでいて何処か予想していたような処だったのだ」
何のことを言っているのかはすぐにわかった。
エバシでアン先輩が帰ってこなかった夜。
あの日の事だ。
「あの日、信じられないような色々を見て感じた後、リーグレ先輩と私はそれぞれお誘いを受けたのだ。将来ここに来ないかって。返事は急がなくてもいい。高級大学を出る頃までに考えておいてくれればいいと言われて。
恐らくホクトにも誘いが来たと思うのだ。西への誘いが」
「来たけれどその時は無視しました。誰がどういう意図でやっているかがわからないので」
「ホクトは用心深いのだ」
アン先輩は小さく笑みを浮かべる。
「私とリーグレ先輩は飛びついてしまったのだ」
「午前中の通路の張り紙はアルの仕業だったそうです。でも午後の方は真の調和派だったんでしょう。アルの父はスタニスラスの末裔と呼んでいたようですが」
「その通りなのだ。本人が真の調和派の一人と名乗っていたのだ」




