プロローグ
異世界に来て3ヶ月、俺は3日間掛けて行ったクエストをやり遂げ、ギルドに戻ってきた。
「クエストお疲れ様です。報酬の6000エンです」
「ありがとうございます」
「はい、次もがんばってください 」
受付の人は、そう言って俺にお辞儀した。
「はぁ〜、3日掛けて6000エンか」
この世界の貨幣の価値は、ほぼ日本の円と一緒である。
そして、今回のクエストの報酬は1日あたり2000エン。
「命がけのクエスト受けて、日本のバイトより賃金低いとか、冒険者ブラックすぎだろ」
俺はこれからの生活に頭を抱えながら、異世界に来た初日の事を考えていた。
今日俺は、部活終わりに旧校舎の音楽室の前で友達と電話をしていた。
「午後9時20分に音楽室のドアを3回ノックして、部屋に入ればいいんだっけ?」
なぜ俺が、こんな場所でこんなことをしているのかというと 、
「ああ、合ってるよ。そうすれば異世界に行けるって、先輩が確か言ってた」
こんなくだらない理由である。
「はぁ〜、なんで俺がこんな事」
「仕方ねーだろ、ジャンケンで負けたやつが自販機でジュース奢り、プラスそれをやろうって決めて賭けしたんだから」
「わかってるよ、ま〜どうせ何にも起きないんだから、サクッと終わらして戻るよ」
俺はそう言い終え電話を切る。すると既に9時20分なことに気が付き、慌ててさっき言われた通りにドアを3回ノックしてドアを開けた。
すると、視界が一瞬真っ暗になり、すぐに見たこともない町の風景に変わった。
「ほぇ?」
驚きのあまり、数秒の間何が起こったのか分からなかった。
「嘘だろ。マジで異世界に来ちまったのかよ」
俺は現状を理解するしかなかった。
俺は1時間くらい町を探索したり、何人かの人に話しかけたりして、いくつかの情報を入手することが出来た。
まず第1に、言葉は日本語が使われている。第2に、この世界では魔法がありモンスターが存在している事。そして最後に、この世界にはギルドと呼ばれるモンスターなどを専門に扱う期間があることである。
そして俺は、こんな状況なのにアニメやゲームのようなモンスターなどを倒す冒険者になれると思い、この町のギルドに向かった。
ギルドの前まで来た俺は、予想と違う光景に落胆していた。
「・・・マジで、これがギルド?」
思わず声が出る。そこには、一般的な一軒家を2つ合わせた程しかない、木造の建物が建っているだけだった。
「まっ、そうだよな。普通に考えてギルドなんて、仕事を紹介するだけのハローワーク見たいなもんなんだし、そんなに大きい必要無いんだよな」
そして俺は、落胆した気持ちのまま、ギルドのドアを開けた。
部屋の中を見渡す。そこには受付、椅子、机があり、まるで郵便局の窓口のようだった。
「はぁ〜、俺のファンタジー感が」
幻想が打ち砕かれていく。しかし、それも長く続けるだけ虚しいだけなので、開き直って受付の前に向かった。
「ご用件は何でしょう?」
受付の女性は、綺麗な金髪を胸のあたりまで伸ばした、すごい美人だ。
「ギルドに入りたいんですが、どうすればいいですか?」
俺は下を向いて手で顔を触り、照れながら喋る。
と言うか美人過ぎて、顔を合わせられない。
「それでしたらまずこちらの説明書を読んだ後、この紙に必要事項を記入して持ってきてください」
受付の女性は俺のそんな態度を見ても気にした素ぶりを見せず、笑顔で2枚の紙を俺に渡してきた。
紙をもらい、いったん受付の場所から離れ、待合スペースで説明書を読むことにした。
説明書の内容はざっくり言うとこうである。
1.ギルドのクエストは個人や町、国などからの依頼である。
2.ギルドではS、A、B、C、D、Eの6つのランクに分かれており自分のランク以上のクエストを受けることはできない。
3.ギルドにクエストの報酬の1割を支払う。
4.クエストに失敗した場合報酬の2割を支払う。
5.D、Eクラスには軽装の武器と防具の貸し出しをしている。
俺は説明書を読み、必要事項を書き終え、受付へ紙を出しに行った。
「ギルドへの加入ありがとうございます。早速ですが、チュートリアルとしてイノンシシの討伐をお願いします。報酬は4000エンです」
「イノンシシですか?」
「そうです、猪より1回りほど大きく凶暴ですが、攻撃が突進だけなので対処がしやすく初心者のチュートリアルのクエストにされてるんです」
「わかりました。やってみます」
「では、武器庫へ案内するのでついて来てください」
そう言うと女性は、受付の横にあるドアへ俺を誘導してくれた。
「ここが武器庫になります。何か希望の武器はありますか?」
そこには、無造作に置かれているシンプルな武器と防具の山だった。
「う〜ん、正直、何が良いとか分からないんで、オススメとかありますか?」
ここは安全にオススメを選ぶのが得策だ。
俺の言葉に女性はニッコリと微笑み、武器や防具の山から選び出した。
「初心者だと武器はこれが定番ですね」
女性はそう言って、俺に革製の胸当てとシンプルな短剣を渡してきた。
そして、渡された防具と武器を身につけ、部屋にあった鏡で自分の姿を確認する。
「ワォ〜」
思わず声が出た。これは良い。シンプルで、いかにも初期装備という格好だが、さっきまでの落胆が嘘のように体が高揚している。
そして俺は、嬉しくて色々なポーズをして女性に笑われてしまうという、ハプニングを起こしながらも。
「ではクエストが終わったら、また受付まで来てください」
「はい、行ってきます」
こうして俺は、高揚感を高めながら、イノンシシのいる高原へ向かった。
町を出てから20分程歩くと、だだっ広い高原で長いツノを2つ生やした、生き物を見つけた。
「あれがイノンシシか」
俺は草むらで身を隠しながら、ほふく前進でイノンシシに近づく。
「デカイな」
イノンシシは全長2メートル程で高さは1メートル強、まるで牛のようだ。
俺は攻撃をする事を躊躇する。もしここが元の世界なら、どう考えてもあんな大きい生き物、俺の持っている武器じゃ倒せない。
たく、いくらファンタジー世界の異世界だからってなんでこんな怪物をチュートリアルに持ってくるんだよ。
俺はそのまま、ゆっくりとほふく前進して後退する。
心臓バクバクだよ、たく。もしも俺があんな怪物に襲われでもしてみろ。それこそ瞬殺だろ、即死だろ!
「ペキ」
木の枝を踏んでしまった。そして枝の折れた音で、反射的に顔を上げてしまう。すると、こちらを向いているイノンシシと目があってしまう。
「キュユイイイイーーーー」
おいおいおい、ちょとまてよ。
でかいでかい図体が俺の前突っ込んでくる。
やばいやばいやばい死ぬ死ぬ死ぬ。
ギリギリの所で辛うじてイノンシシの突進を避ける。
「あ、あぶね〜」
心臓の音が体全体を駆け巡り鳥肌が立つ。本気で死を覚悟してしまった。
そして俺は、震える足に鞭を打ち、イノンシシに向き直る。今の突進は避けられたが、次のも避けられる保証はどこにも無いのだ。
しかしそんな心境とは裏腹に、イノンシシは4本の足をチマチマと動かしながら、馬鹿みたいに体をゆっくりと横に回転させていた。
「は?あいつ何やって・・・」
そこで俺はギルドでの事を思い出す。イノンシシは攻撃手段が突進しか無いと。
そうか、あいつ図体がデカいだけで小回りが利かないのか。
よしこれなら、俺にもやりようがあるぞ。
そして俺は、チマチマ体を動かしているイノンシシの背後に行き、持っていた剣を振りかぶった。
「せやぁ」
「ぐおぉぉぉ〜」
血しぶきが上がり、温かい液体が体に当たる。
「よし、討伐せいこおっ」
俺がイノンシシ倒したと思った瞬間、体に強烈な衝撃を受け、そのまま大きく宙を舞い地面に叩きつけられる。
「いってえ〜、なんでピンピンして」
体が重くて熱く、うづくまりたい衝動が駆け巡る。
しかも、宙を舞った俺が落ちた場所は、運悪くイノンシシの正面で、俺がなんとか体を起こした時に、そのまま腹をイノンシシのツノで刺された。
「うっ」
体にさっきよりも強い衝撃と痛みを感じ・・・たと思うと、そのままイノンシシが俺をツノで突き刺したまま、地面に倒れこんだ。
「え、何が?」
そこには、なんの偶然か分からないが、イノンシシのこめかみに剣が刺さっていた。
「はぁはぁ、なんとか倒したのか?」
俺はそんな事を呟きながら、意識が薄れていくのを感じた。
意識を取り戻し、ゆっくりと目を開けた俺の視界には見慣れない天井が見えた。
ん、何故俺はこんなところで寝ているんだ?
天井を見上げながら、寝起きの頭にムチを打って過去の記憶を呼び起こす。
えっ〜と、あれあれ、確か俺は異世界に転移したんだよな。そしてその世界にはゲームやアニメに出てくるモンスターなんてものがいて、俺はそれを討伐しに・・・。
そこで俺は記憶を辿ることを止めた。馬鹿らしい、異世界に行くなんてそんなファンタジーな事現実で起こるわけがない。きっと俺は急な事故か病気で意識を失ったせいで少し記憶障害が起こってるだけで、異世界どうこうの話は気を失っている間に見た夢だろう。
そして俺は、すぅ〜っと一呼吸してから上半身を起こして部屋の周りを見渡す。するとそこには、すっごい見覚えのある人影が見えた。
「あ、やっと目が覚めたんですね。調子はどうですか?どこか痛かったり気持ちが悪かったりしてませんか?」
うん、覚悟はしていた。だってここの天井、明らかに現代のものじゃなかったし。
「そうですね。身体は重いけど痛みと気持ち悪さは殆ど無いですね」
「そう・・・ですか。それは良かった」
受付の女性は俺のその言葉を聞いて安堵の溜息をつくと、そのまま真剣な眼差しで俺の目を見た。
「えっと君はここにくる前の記憶はどこまであります?」
「記憶ですか? 確か、イノンシシを見つけて、それで・・・」
俺は目をつぶって必死に考え込む。
「そうだ、思い出した。俺イノンシシのツノで腹を刺されたんですよ。それで、その時勢いよく刺された衝撃でたまたま振り下ろした剣がイノンシシの頭に刺さってなんとか倒せて、でも腹を刺された衝撃で意識を失って」
あれ?そういえば俺ってどうやってこの街に戻ってきたんだ?
「あの話の途中でなんですが、俺ってどうやってここまで帰ってきたんですか? 確か俺気絶しちゃってたはずなんですが」
「それはですね。たまたま旅で草原を通りかかった凄腕の冒険者が、あなたを治癒魔法ヒールで直してここまで運んでくれたからです」
「そうだったんですか。それで、俺を助けてくれた凄腕の冒険者と言う人はどちらに?」
命の恩人だ、お礼の1つも言わないと。
「その人でしたら、あなたをこちらまで運んだ後、直ぐに違う街に行ってしまいましたよ」
どうやらお礼は言えないらしい。
「それにしても、魔法って凄いですね、あんな怪我まで直せちゃうなんて。俺、正直死んだかたと思いましたよ」
「死んでましたよ、普通なら。何故なら、あなたを助けた人というのは、この国でも1、2を争うと言われる魔法使いですから」
どうやら俺は、異世界生活初日にして、ゲームオーバー寸前だったらしい。
「は〜、で話を戻しましょうか。君は何かアクシデントがあったわけではなく、真っ正面からイノンシシと戦った死にかけたと」
「ええ、まあ」
「本当なんですね。では、はっきりと言わせてもらいます。あなたに冒険者は荷が重すぎます」
「いや、確かに昨日の戦いは死にかけましたけど、もっと弱いモンスターならいけると思うんですよ」
俺は言い返す。確かに昨日は死にかけて、散々な思いをしたが、それでも夢にまで見た冒険者を諦めると言う選択は出来ない。
・・・いや、言い過ぎか。夢にまでは見てないなや。
「えっとですね。これは世間で常識のはずなんですがイノンシシは討伐クエストの中では最弱なんですよ。だからギルドではチュートリアルとしてイノンシシの討伐をお願いしているんです。」
そんな、あんな強いモンスターがクエストで最弱って。そんなわけ・・・。
「いや、だって他にもいるでしょ、スライムとかゴブリンとか」
そもそも、そう言った物をモンスターと言うのだ。
「何言ってるんですか、そんなモンスターいませんよ。そもそもモンスターとは動物や植物などの生き物が、魔力によって変異したものなんですから、もしかして知らなかったですか?」
「ハイ、すいません」
「はぁ〜、分かりました。どうやらあなたはこの世界の常識を全然知らないようですね。私、今日はもう仕事が終わりなのでそこら辺の話を詳しく教えましょう。あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私の名前はエリス、確か君の名前は」
「俺は斉木集、シュウって呼んでください」
「わかったはシュウ君、じゃあとりあえずこの町の事か話そうか」
エリスはそう言って、俺の知らなかった常識やモンスターの倒し方など色々なことを教えてくれた。