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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

胸甲竜騎兵

作者: 西杜 憲蔵

胸甲竜騎兵


 鎧をまとった歩兵風情。その数、六千騎ばかり。

皆一様に、小銃をたずさえ、左腰には長めのサーベル、右腰には拳銃のホルスターをぶらさげ、はるか前方を見据えて押し黙っている。

制服は青地に白銀の胸甲。

その隊列は崩れ気味で締りがなく、騎士団とはお世辞にも言い難い。

けれども無言の静寂は崩れがたい精強さと、表には見えない覇気を放っていた。

白銀の王狼旗をはためかす先導部隊。

その中央にいる一人の士官が片手を振り上げた。

それが合図である。彼らは無言のまま、静かに前進を始めた。その馬蹄はだんだんと速くなり、小走りに変わった。

馬蹄の音だけ一様にひびく騎兵一個旅団。その戦列が低い丘を風のように掛け上がっていく。

丘の頂上に辿り着けば、前方に戦場の原野が開けていた。


ウェストリアとアルデーニュの戦い。

世に言う西海戦争が勃発して早四年、戦いはいよいよ大詰めを迎えていた。

ロワーゼンの広大な平原。ここで両軍がぶつかって早一ヶ月がたつ。馬鹿みたいに長い消耗戦が続いていた。それも今日で終わりである。

援軍たる彼らの部隊。新しい竜騎兵の到着。それを敵はおろか、味方さえも知らない。

そんな状況に茶髪の竜騎兵は痛快に笑った。

己が勝敗の手札を握っている。戦いを操るジョーカー。それを行使する立場。優越とはこれだろうさ。

 息を吸い彼は威厳をもって命じた。

「前進を始める!」

 手を一振り。ラッパ手がファンファーレを鳴らした。突撃の合図である。嵐のような咆哮、地響きのような馬蹄が一斉に怒涛の突撃を開始した。

 突如として、土石流のようになだれ込んだ騎兵部隊に、敵は泡を吹いたものだろう。

斥候を放ったと言うのに、騎兵の動きを敵は察知出来なかった。いや斥候は騎兵の遊撃を確かに察知はした。しかし彼らの風のような早さが報告を封殺していた。

敵の斥候を静かに撃ちとりながら、敵の懐に深く潜り込み、一挙に火のごとく攻め込む。

これぞ騎兵の真髄、砲兵恐れるに足らずである。

敵陣の慌てる歩兵の顔が見えるや、古参の隊長らは、間合いを察すると掛け声をあげた。

「構えぇぇぇぇ」

ジャッと一斉に騎兵らはサーベルを引き抜く。その音はまるで鋼の壁が出来たようだ。

百騎ほどの先導部隊が敵の砲兵陣地に馬首を向けた。これに後続が雪崩をうって続く。目標の小高い丘はもうそこである。

その手前を敵の歩兵陣地が迫る。前衛は拳銃を構えた。

「撃てっ」

稲妻と銃声が重なった。

敵味方同時の一斉射撃。何騎かが血飛沫をあげたかと思うと、そのまま姿勢を崩し脱落した。それでも構うことなく皆は前に進む。

彼らの馬列はサーベルを前にかざし、そのまま敵陣に文字通り突っ込んだ。

突入すれば、あとは馬列の大波が歩兵を飲みこんでいく。

敵歩兵は文字通り蹴散らされ、サーベルで切られ、倒れていく。

一方的な虐殺が始まる。左翼の一千騎は速度が鈍ったほどだ。新兵は歩兵を相手、やたらサーベルを振りまわし、押し問答の混乱である。これに旅団長は舌打ちした。

「雑魚に構うな。我らの目標は砲兵だぞ」

 旅団長の指示に新兵らは平常心を奮い立たせた。散り散りに敗走する敵兵を尻目に、彼らは再度、前方の丘を目指し突き進んでいく。距離にして千メートル。

 これは危険である。態勢を立て直し、敵が大砲で狙ってくるはずだ。

「あまり時間が無い!」

 横を走る参謀の助言に旅団長はうなずいた。

「敵の南全面になだれ込む!あそこだ!」

 彼が指し示した場所。そこは砲兵陣地の南斜面だった。守備の大隊陣地である。「敵の守備を突き崩せ!」旅団長の命令に前衛は向きを変えた。

 それはさながら、鳥の群れが急旋回するかのようだ。群れをなして軽騎兵は砲火から逃れようとする。

 これは少し効果があったようだ。

しかし大砲は彼らを着実に捉えていた。歩兵陣地を手前にして、前衛部隊は手痛い洗礼をあびせつけられた。黒い爆煙に一騎が肉片と変わり、周りの数騎は転倒する。

そんな光景が何カ所も出来あがった。

そこに歩兵の一斉射撃が加われば悲惨極まりない。

 ある騎兵の頭が吹き飛んだ。血の雨が周囲に降りそそぐ。それでも突き進む屍がごろごろいる。主を失っても突き進む駿馬たち。それを見て発狂する奇声。落馬して死ぬ者。腕を吹き飛ばされる者。数限りない。

ついさっき生きていた親友らが、ずたずたに射殺され、血まみれになる。それを目にした新兵が、平静でいられようか。悲鳴が飛び交い、ひとたび戦場は始まると凄惨である。

 それでも部隊が突撃をやめることはなかった。騎兵は突撃するか敗走するかのどちらかしかないのだ。

 僚友を失いつつ、彼らは歩兵陣地に踊りこんだ。

 サーベルを引き抜くと、これでもかと歩兵を蹴り飛ばし、叩き飛ばし、切りつけていく。対する歩兵は銃剣で突き刺そうとしてくる。そこでまた何人かがバタバタと倒れた。次は我身である。

だから皆、死に物狂いで相手を切りまくるしかない。新兵らは奇声をあげ、蹴飛ばし、踏みつけ、返り血を浴びる。それでも殺し続けるしかない。他に方法は無い。生きるためには。

「止まるな!突撃しろ!丘を掛け上がれ!」

隊長格と古参兵らが呼号し、新兵らを急き立てた。

切って切って切り倒して、ようやく敵兵たちは逃げ始めた。騎兵のあまりの苛烈さに戦慄したかのようだ。

それでも、ところどころ、互いの殺戮は一進一退、どちらが優勢なのか検討は付きようもない。

とにかく前へ、それが旅団長の命令であった。

 勢いがついたその時になって砲声が響いた。その瞬間、敵も味方も砲弾の餌食にされた。もはや砲兵陣地は敵味方関係なく大砲を撃ちつけてくる。

 敵の砲兵もまた、我身を守ることで精一杯なのだ。歩兵など構っていられない。

 しかしもう遅い。旅団長の読みは計算通りであった。

 バラバラに敗走する敵歩兵が、丘に逃れていく。それを味方が追うことで、敵の砲兵は射撃を阻害される。そこへ先頭の騎兵中隊が躍り出て一息に突入した。

「小銃用意!」

 中隊長の指示に最前衛の二百騎ばかりが騎兵銃を構えた。

 それはさながら中世のランスのようである。敵陣にぶち当たるすんでのところで、それを部隊長は「撃てっ」と命じた。

襷がけの騎兵銃から一斉射撃の火が噴く。皆、次々にこれを放つ。勝負は決した。

軽騎兵たちは大砲の脇という脇になだれ込んだ。

そこへラッパ手の合図がいなないた。敵兵に向かって各々が擲弾を放つ。

投げつけた爆裂弾は次々弾け飛んでいく。敵の砲兵たちは吹き飛ばされ血まみれに倒れる。それを見て旅団長はラッパ手に命じた。

「制圧せよ!火門を塞げっ」

この命令に古参らが馬を降りて、釘とハンマーを手にする。二百門の大砲は着火点に釘を打ちつけてしまう。これで砲は使用不能になるのだ。

 だが残りの百門は別だ。古参兵らは馬を降りると、それに砲弾を装填していく。

「締めどきだっ!前衛にいる敵軍に砲火を浴びせてやれ!」

 年配の大隊長が呼号すると、古参兵らは奪取した大砲を主戦場に向けた。もちろん狙いは敵軍である。

「撃ち方始めっ!」

轟音とともに百発の砲弾が敵に襲いかかった。

 次々と戦場に爆炎が花咲いていく。

黒煙の残酷な薔薇とともに戦場のこう着は溶けはじめた。

 もはや敵は前後を南北から挟撃され、東西に逃げ込むしかない。しかし左手には河があり、右手は森であった。結果的に敵は東の森に向かって瓦解を始めた。

 すると小柄の旅団長は新兵たちの大隊に声を掛けた。

「〈薄青竜旗大隊〉は〈王狼旗大隊〉に付いて来い」

 新兵らは興奮に疲れていた。

ところが茶髪の旅団長は情け容赦が無い。黒髪の参謀長は知的で優しい方だったが、そんな彼ですら強い調子で

「さあ、早く彼に続きたまえ。我々はまだ勝ってはいないんだ」

 そう言われると不承不承従うしかない。新兵たちは嫌々、直属部隊の後を追った。東の斜面を下って残敵とぶつかりあう。また何十人かが倒れた。

 しかし直属部隊の精鋭たちは突撃をやめはしない。奴らの先に何があるかは新兵たちにも分からない。だが林を抜けて河岸がちかづくと、それは待ち構えていた。

 敵の騎兵大隊が街道を北上しようとしている。

その中心に煌びやかな軍服が二十騎ほど。

これを見て茶髪の青年は呼号した。

「直属は右に回れ、残りは左から敵を包囲しろ」

 その命令がラッパで伝達される。二つの大隊は蛇のように弦を描くと包囲に移った。その数、一五〇〇騎。一方の敵は千騎に満たない。敵は勝ち目無しと早々に敗走を始めた。しかし周囲には大河が控えている。

 なし崩し河岸が迫ると、敵味方、騎兵はぶつかり合いになった。

 互いにへしあい押し合い、蹴つりあって剣で切り合う。これも悲惨極まりない。

敵に腹を切られるなどまだ幸運なほうかもしれない。ある者は剣で目を突かれ、ある者は手を切り落とされ、ある者は顔を横に切り付けられ、その都度、野原は血に埋もれた。

若い二十歳にも満たぬ少年らは格好の餌食だ。ある新兵は数人の敵に前後左右、串刺しにされ首も落とされた。その姿を親友が目にして発狂する。踊り掛って返り討ちにあう。

若者たちは攻めたつもりでその実、逃げ回るに精一杯であった。

とにかく傷だらけで血まみれ、何が何だか分かりもしない。そんなところである。

茶髪の旅団長それを熟知していた。

しかし他の大隊は奪取した大砲で手が回せない。手すきの部隊は新米だけだったのだ。それで突撃せざるを得なかった。

彼は悠然と敵の煌びやかな一団に襲い掛った。

「アルト軍の諸将とお見受けする」そう叫んで敵の一人をなぎ払う。「我らはウェス王国皆兵隊、第一騎兵旅団!諸将らのお命を頂いてしんぜよう!」

 その発言は血まみれの姿と相俟って、強烈な覇気を放った。

 あたかも茶髪と鋭い瞳が血に飢えた狼のようである。

 彼がいざ敵将に切り掛ろうとして

「ま、待て!降伏する」そう叫び総司令官らしき太った老人が剣を捨てた。それに諸将らも倣う。茶髪は剣を構えたまま、彼らの周囲をぐるりと周った。

「見たところあなたはシャンパルティエ公か?」

「……そ、そうだ。いかにも、わしが元帥シャンパルティエだ」

老人は真っ青な顔で茫然と認めた。敵の総司令官である。

「いいだろう、よろしい。ではあなた方の降伏を認めよう」青年は勝ち誇り叫んだ。

「敵将が降伏した!戦いをやめよ!」

 この命令が波のように広がり、喧騒は急速にしずまった。それを見据えて茶髪の青年、サリアス・ファン・ウォーラスはニヤリと微笑んだ。

「我らの勝利だ。ループ!」

 呼ばれた黒髪の参謀は時計を片手に振りかえった。

「二十分と三十五秒。手酷いが新記録だ」

「当然だ。この程度は大したこと無い」

 それを聞き、参謀長ループ・ロベール・アスキルは苦笑まじりに首をすくめた。

敵の諸将たちはファンの横で魂を抜かれたように茫然自失で、おまけに味方は戦死者は続出。これで大したことは無いと言うのだから、旅団長閣下の神経は相当に度し難いものがある。

 しかし辛勝でも勝利は勝利であった。

ループは吐息すると

「まぁいい、陣地に引き揚げるとしよう。負傷者はすぐに収容する。遺体はその後だ」

 こうしてロワーゼンの会戦は終わった。数日後、アルデーニュはウェストリアの譲歩を受け入れる。かくて西海戦争は終結した。

しかしこれは嵐の始まりに過ぎなかった。

 これよりウェストリアは流血の十五年を迎える。

 いわゆる皆兵革命の嵐がそこに迫っていたのだ。


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