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コンフェイト・クリスマス

作者: ひめきち

 ──クリスマスに欲しいものはなあに?


「いもうとか、おとうと!」


 ──まあ、それは何故?


「だってチエちゃんちにね、このあいだあかちゃんがうまれたの。あ、チエちゃんっていうのは、おんなじほいくえんのおともだちなんだけど。それでね、わたしもすこしだけだっこさせてもらったんだ。ちいさくて、やわらかくて、あったかくて、いいにおいがして、もうすっっっごくかわいかったんだから!」


 ──ふふ、サンタさんにお願い聞いてもらえるといいわね。


「わたし、いいこにしてまってる! チエちゃんみたいに、ちゃーんとおせわしてあげたいの。はやくこないかなあ、クリスマス」


 ──今、おばさんのお腹の中にもね、赤ちゃんがいるのよ。生まれたら、おばさんちの子もあやちゃんの妹か弟みたいに可愛がってくれると嬉しいなあ。


「ほんと⁉︎ もちろんだよ、まかせて! わたし、たくさんかわいがるよ!」


 ──ありがとう。じゃあ、お礼に。綾ちゃん、口を開けてね。


「あまーい! なにこれ、おいしいね」


 ──金平糖こんぺいとうよ。小さくてカラフルで可愛いでしょ。


「おほしさまみたいだね。わたし、これだいすき」




 眞鍋まなべのおばさんはうちの母とOL時代からの親友で、嫁ぎ先が偶然お互いの近所だったっていうこともあって、私の小さい頃からよくうちに遊びに来ていた。

 そのおばさんが出産したのは、ちょうどクリスマス・イブのこと。

 クリスマスの朝、残念ながら私の枕元には妹も弟も置かれていなかったのだけれど(当たり前だ)、お見舞いに行った病院でおばさんの赤ちゃんと出会った私は、『よし、このこをわたしのおとうとってことにしよう』と固く決意したのだった。




★☆★




 あの日からそろそろ17年が経とうとする冬。

 電車を降りて、私は「こっち」と高柳(たかやなぎ)くんに進む改札口を指し示した。


「そういや古屋敷(ふるやしき)ってさ、彼氏いるの?」

「んー? いないいない。いたらこの荷物、彼氏に手伝ってもらってるよ。ごめんね、重いのにこんな所まで運んでもらっちゃって」


 私は大学生になった。

 高柳くんは大学で同じ学部の友人だ。選択講義がかぶるので割と仲の良い方だと思う。

 今日もレポートの為に大判図書数冊(教授所蔵、非売品)を持ち帰ろうとしていた私を見かねて、荷物持ちを買って出てくれたのだ。

 改めてお礼を述べると、こんなの何でもないから家まで運ぶよ、と高柳くんは笑う。いい人だ。


「古屋敷、クリスマスイブとか暇じゃね? 良かったら遊びに行こ」

「イブはごめん、無理なんだ」

「……なんで? 彼氏はいないんだろ?」

「弟の誕生日なの! クリスマスパーティも兼ねて毎年お祝いするからさ。ごめんね、また今度誘ってね?」


 顔前に片手を立てて軽く謝ると、高柳くんは荷物を持っていない方の手で頭を掻いた。


「あーそうか弟さんのー。ハハ、いい時期に産まれたんだね。家族仲良いんだ、そりゃしょーがないよなー。……あれ、古屋敷って一人っ子じゃなかったっけ?」

「そうなんだけどもう弟同然っていうか」

「綾ちゃん」


 馴染みの呼び声に振り返ると、別ホームから降りてくる階段に、慣れ親しんだ姿があった。


柊哉(しゅうや)

「偶然。今帰り? ……失礼だけどこちらはどちら様?」

「あ、こんにちは。同じ大学の、高柳です」

「どうも。眞鍋です」


 ぺこり、と柊哉が高柳くんに頭を下げた。その際に一瞬私と交わされた視線が、手短に事情を説明しろと要求している。


「高柳くん、私の荷物が重いからって、大学から手伝ってくれてるの」

「……それはご親切に有難うございました」


 眞鍋柊哉。(くだん)の私の『弟』、眞鍋のおばさんの息子だ。

 念願の弟という存在に浮かれて、私はそりゃあもう彼を可愛がった。柊哉も実の姉弟以上に懐いてくれたと自負している。

 けど中学に入った頃からかなあ。柊哉はアスパラガス並みにニョキニョキと身長を伸ばし、高校2年の今では私より頭1つ分は高い。しかも高いのは身長だけでなく、学力偏差値もだった。柊哉の着ている制服は、ここらでは有名な進学校のものだ。

 おかげで最近ちょっぴり可愛げがない。


「でもここまでで結構です。後は()()()な俺が運びますので。わざわざ高柳さんに改札を抜けていただかなくとも」


 柊哉の一見丁寧な切り口上に、高柳くんの腰が引けている気がする。

 うーん、基本的には良い子なんだけど、柊哉は人見知り気味なんだろう。昔から私の友人(特に男友達)に愛想が悪いんだよなあ。

 まあでも柊哉の方が家も近いし、荷物持ちにしても遠慮がいらないのは事実だ。あんまり高柳くんの好意に甘え過ぎるのも悪いし。

 私も高柳くんにはここで引き上げてもらうことにした。


「高柳くん、本当に今日はありがとう! 今度学食で何か奢るから。また学部の皆で遊ぼうねー」

「皆……ハハ、うん、皆でね……」


 私が手を振ると、高柳くんは力無く肯いてから、ホームの方に戻って行った。


「行くよ綾ちゃん」


 荷物を高柳くんから受け取っていた柊哉が、私を促す。代わりに柊哉の鞄を持とうとしたが素っ気なく断られ、私は慌てて長身を追い掛けた。


「……何、今の人とランチしたり遊んだりしてるの?」

「学部の皆でね。飲み会とか、色々あるんだよ」

「綾ちゃんまだ未成年だろ」

「付き合いがあるんだってば。勿論飲むのはノンアルコールだから」

「ふうん」


 なんだか柊哉が不機嫌だ。何のかんの言って荷物が重いせい? こういう時は迂闊に刺激しないに限る。

 私達は改札を通り過ぎ、当たり障りのない会話をしながら自宅へと向かった。


 男の子って、高校生ともなるともう姉にべったり甘えてはくれないのかなあ。

 小さい頃の柊哉は本当に可愛かったのに。

 何度教えても「おねえちゃん」と呼んではくれなかったけど、「あやちゃん」「あやちゃん」って、私にいつでも纏わり付いてさぁ。

 おやつが金平糖の時は、自分の分まで私にくれようとしたっけ。「あやちゃんこれすきだからあげる」とか言って。

 ……お姉ちゃんはちょっと寂しいよ、柊哉。


「綾ちゃん」


 そんな事を考えていたら柊哉に呼ばれた。いつの間にかうちに到着していたようだ。

『古屋敷』なんて苗字だけど、うちはごく普通の一軒家。柊哉も同じ町内でそう大差のない家だ。家族ぐるみのお付き合いだから、お互い間取りまで熟知している。


「あ、ありがとー。ね、上がってお茶でも飲んでく?」

「いや、今日はいいや」


 柊哉から玄関先で荷物を受け取った。

 う。持つとズッシリくるな。紙の本はさすがに重い。データ化してくれればいいのに。2人に持ってもらって助かった。これ、教授に返却する時は絶対に分割して持っていこう。

 踵を返しかけて、柊哉がその動きを止める。何か言いそびれていたようだ。


「……あのさ。次から大っきい荷物ある時は必ず俺を呼んで」

「え、でも柊哉の都合もあるだろうし、そんなの悪い……」


 遠慮しかけると苛立ったように遮られた。


「いいから。だから、不用意に男に自宅の場所を教えたりしないこと。分かった?」


 言葉の意味を考えて、不覚にも私は少し感動してしまう。


「……お姉ちゃんを心配してくれてるの?」

()()()()を心配してんの」


 そう言うと柊哉は不満げに帰って行ったけど、私の胸の奥はじわりと温まったままだった。

 反抗期でもやっぱり柊哉は気持ちの根っこが優しい自慢の『弟』だ。




 数日後、眞鍋のおばさんから都合の良い日に家に寄って欲しいと、スマホに連絡が届いた。

 うちと柊哉の家族は全員連絡先を交換している。ちなみにグループアイコンは幼少時の私と柊哉のツーショットだ。柊哉が嫌がっても絶対におばさんが変えようとしない。

 夕方になるけど今日帰りに寄るよ、とおばさんと柊哉に連絡したら、柊哉から電車の時間が同じくらいだから駅で待ち合わせしようと提案された。


 改札を抜けた先に長身のグレーのブレザーを発見。自分が大学生になっちゃうと、学生の制服って、コートを羽織っていてもなんだか凄く目立って見える。まあこの名門の制服自体着ている人はそう多くないし、後ろ姿で柊哉だと分かる。


「柊……!」


 声を掛けようとして、柊哉の向かいに誰かが立っている事に気が付いた。

 髪の長い、綺麗な女の子。上品なベージュのコートの下に、柊哉と同じテイストの制服を着ている。頬を上気させて柊哉と何か話してる。


「眞鍋くん、これ。良かったら食べてくれる?」


 あ、紙袋を渡した。持ち手の所に造花をあしらっている、お洒落なラッピング。あれ多分手作りだな。お菓子系か。

 柊哉の返事は聞こえないけど、受け取ったみたい。それから二言三言会話を交えて、女の子は笑顔でホームの方へ向かって行った。


 同じ高校の子だろうな。柊哉、意外にモテるんだ。


 チクン。


 あれ、これなんだろう。

 胸の奥に小さい小さい針が刺さったような。


 私は怪訝に思いながらも柊哉に近付いた。


「綾ちゃん」

「お待たせ柊哉、ねえ今の子彼女?」


 世のお姉ちゃん達はこういう時どんな態度を取っているのか。正解が分からない。


「……違う。部活のマネージャー。なんか差し入れだって。皆に配ってるんだってさ」

「へえー」


 そうは見えなかったけど。

 顰めっ面の柊哉にそれ以上はツッコメず、その話題はスルーになった。


「おばさんの用事って何かな」


 歩きながら尋ねると、柊哉から寝耳に水な情報が返ってくる。


「あれ、聞いてない? 今年のクリスマス、23日から2泊3日でうちの両親出張なんだって。だから綾ちゃんにプレゼント早目に渡したいみたいだよ」

「え、知らなかった! 柊哉は? クリスマスパーティはどうするの?」


 クリスマスパーティ兼柊哉のお誕生会は、毎年二家族合同開催なのだ。

 ちなみに春もある。お花見兼4月生まれの私のお誕生会だ。昨年は柊哉の高校の、今年は私の大学の合格祝いも兼ねられた。


「俺は留守番。ついて行く歳でもないし。3日くらい1人でも平気なんだけど、24日の夜は綾ちゃんちに招待されている」

「ええ〜朝からおいでよー! なんなら泊まり掛けで! 」


 と誘ってみたけど、


「毎年やってるんだからたまにはいいよ。課題もさっさと終わらせたいし」


 と呆気なく袖にされた。


「何それ! ハッ、もしや……彼女とデートとか……」

「馬鹿な事言わない」


 瞬時に否定されたけどモヤモヤする。


「柊哉は寂しくないの……?」

「……現状を打破する為には変化って必要だと思うんだよね、俺」


 柊哉の言葉はよく分からない。

 現状を打破したいらしい柊哉と維持したい私とでは相容れないせいか。

 弟が姉離れをしようとしている時、世の中のお姉ちゃん達は皆こんな気持ちになるのだろうか。


 悩んでいるうちに眞鍋家に着いた。


「綾ちゃんいらっしゃい。呼び立てちゃってごめんね」


 リビングでお茶にしようとおばさんに誘われたけど、柊哉は、


「俺、いいや」


 と断って、その場で貰った紙袋を開けた。中身は思ってた通り手作りっぽいクッキー。色んな型に抜かれてるし、アイシングされてるのもあって凝ってる。うわ、美味しそう。あの子女子力高いなぁ。

 柊哉はその中から一枚を取り出して口に入れると、


「うん、食べた。あとは2人にあげる」


 そう言い置いて、2階の自室へ上がっていった。おばさんと私は顔を見合わせた。


「何これ、貰い物?」

「あ〜、柊哉が言うには、マネージャーからの差し入れだそうで……」

「……成程ね」


 しょうがないので2人で女子会ティータイムにする。お茶を楽しみながらおばさんがショップの紙袋を出してきた。


「今年のプレゼントはこれよ!」


 ジャジャーン、と効果音付きで渡されたのは真っ赤なワンピース。切り替えに白のパイピングが入ってて可愛い。胸元には大人っぽいリボンが付いている。


「綾ちゃんに似合うと思うのよ。出来れば直接見たかったんだけど、是非、イブに着て写真撮って送ってね」

「わあ、ありがとう! おばさん」

「それからもう1つ綾ちゃんにお願いがあって。24日、良かったら柊哉を誘いに来てくれる? あの子1人で平気だなんて言ってるけど、誕生日に3日も会えないなんて初めてで」

「お安いご用だよおばさん。私もイブに柊哉と一緒じゃないなんて落ち着かないし。安心してお仕事頑張ってきてね」

「ありがとう綾ちゃん! 私、綾ちゃんなら娘になってもいいわー」

「やだなおばさんたら、もう娘みたいなものじゃない」

「ふふふ」


 私からのプレゼントは出張後に渡す事にして、私はおじさんおばさんからのプレゼントを大事にもらって帰った。

 お茶受けに出されていた例のマネージャー手作りクッキーには結局手が出せないままで、おばさんが思わせぶりな視線を送っていたのには気が付いていたけど、これは姉の意地だと思う事にした。


 私にはあんなに美味しそうなクッキーは作れない。クッキーに限らず、お菓子作りは得意じゃない。だって、自分で作るより、専門店で買った方が絶対美味しいじゃない?

 女子力が低いんじゃない、私はパティシエをリスペクトしてるだけ…………いや、ごめん、嘘。単純に不器用なだけだ。


 死んだ魚のような目でお菓子売り場を彷徨っていたら、金平糖を見つけた。

 懐かしい。小さい頃柊哉とよく食べたなあ。


 そうだ、柊哉へのプレゼントは金平糖にしよう。大袋入りを買っていって可愛くラッピングし直そう。

 柊哉と私の想い出の味だもの。きっと柊哉も喜んでくれる。


 そう決意して24日を迎えた。


 前日から夜のパーティ料理の仕込み。眞鍋のおばさんが不在だから母と二人掛かりでなんとか準備を終わらせて、あとは直前に火を入れるだけにしてから頂いたワンピースに着替えて、お昼過ぎに私は家を出た。


「少し早いけど、柊哉を迎えに行ってくるね」

「はーい、夜までには戻ってきて頂戴ね」


 冷えると思ったら、朝からだろうか、ちらちらと粉雪が舞っていた。


「ホワイト・クリスマスになるかなあ……」


 柊哉の家のインターホンを押す。暫くして眠たげな声が応答した。


「……はい?」

「柊哉、私ー。寒いよ、入れてー」

「……綾ちゃん⁉︎」


 どうやら柊哉は寝ていたようだ。もう昼過ぎだぞ、何が『1人でも大丈夫』なの。家を出る前に連絡入れたのに、これは見てないな。


 慌ただしい足音がして、玄関の施錠が解除される。扉が開いた瞬間、私は内側に滑るように入り込んだ。勝手知ったるなんとやらだ。


「綾ちゃん……時間まだ早いよね、なんで……」


 くしゅっ。質問の途中で部屋着のままの柊哉がクシャミをする。確かに玄関は寒い。


「今暖房入ってるの柊哉の部屋だけ?」

「あ、うん、そうだけど……」

「じゃ行こう。風邪引いちゃうよ」


 柊哉の部屋に来るの久し振りだ。小学生の時と違って室内が落ち着いた配色になっている。

 階段を上っているうちに少し柊哉の目が覚めてきたらしい。私が入室して扉を閉めた途端、


「いや待ってドア閉めたら駄目だよね」


 と文句を付けてきた。


「何よ、閉めないと寒いじゃない」

「リビングの暖房付けてくるから移動しよう。……というか、なんで綾ちゃんがうちに? 俺の方が、夜そっちに伺う予定だったよね?」

「迎えに来たの。ちゃんと事前連絡も入れといたんだけどな」


 おばさんに頼まれた事は内緒だ。


「あー……スマホ見てなかった……」


 柊哉が頭を抱えている間に私はコートを脱ぎ、金平糖の包みを鞄から取り出した。


「柊哉にあげたいものもあったし」


 柊哉が顔を上げて私を見た。


「どうかな? 柊哉」

「美味しそう。……食べたい」


 そう言葉を零した途端、遅ればせながら押し留めるように、柊哉が自分の口を掌で覆った。しまった、って顔してる。


「何言ってんだろ俺キモッ。悪い綾ちゃん、今の無し……」

「いいよ?」

「……って、え?」


 夢? これ夢? えマジで本当にいいの? と、挙動不審になっている柊哉。金平糖くらいで大袈裟だなあ。学校ではわりとモテるくせに。

 チクリ、と胸の内側にまた針が刺さった。

 いかんいかん。盛り上げないと。折角の柊哉の誕生日なんだから。


「柊哉に食べてもらいたくてわざわざリボンまで付けてきたんだよ! 見て見て、可愛い?」

「かっ……」


 かわいい、と赤い顔をして口の中でボソボソ呟く柊哉。照れてる。何故だ。お菓子に可愛さを認めるのは高校生男子の沽券に関わるとか?

 あの()の差し入れには可愛いとか感じてる風じゃなかったのにな、と思うとなんだか嬉しい。

 でも私の中の姉気質が、喜びを素直に表に出させてくれない。ついつい説教くさい発言をしてしまう。


「あ、でも、がっついちゃ駄目だよ?」

「がっ……。なんでだよ、俺そんな風に見える⁉︎」

「昔さー、柊哉、溶けきるまで待ち切れずによくガリガリ噛んでたじゃない。あんな事しちゃ駄目。ちゃんと味わってゆっくり食べてね。でないと勿体ないでしょ?」

「……保証は出来ないけど、極力優しくする」


 優しく?

 金平糖に?


 私はちょっとだけ首を傾けた。


「優しく、は別にしなくてもいいけど」


 そう言うと、まるで冬眠前の熊みたいに柊哉が喉の奥で唸った。


「……何それ。綾ちゃんどれだけ俺を煽れば気が済むの」


 煽る?

 煽ってたかな? 私。

 小姑みたいな口調になってた自覚はあるけど。


「……もしかして早く食べたいって意味? ゴメンゴメン、お腹減ってたの? 昔から私だけが好きなのかと思ってたよ。柊哉もそんなに好きだったっけ、金平(こんぺい)と……」

「俺だって好きだよ。てか俺の方が好き! 綾ちゃん! もうめっちゃ好きだから‼︎」


 ガバッと抱き締められて。

 私の手にしていた金平糖の包みが床に落ちる。


「え?」

「は?」


 私と柊哉の声がハモった。


「金平糖……?」

「『綾ちゃん』『好き』って……?」


 腕の中に閉じ込められたまま顎を上げてなんとか柊哉を仰ぎ見る。茫然としていた柊哉の顔に、みるみるうちに朱が注がれた。


「……っ!」


 私のことを突き放すように拘束を解いて、柊哉が部屋を飛び出した。

 ダダダダ、ガタン、バタン。

 音だけで分かる。あいつ部屋着のまま、玄関から出て行ったんだ。

 バカ柊哉。何やってるの。外、雪が降ってるんだよ。上着を着せてあげなくちゃ。柊哉、誕生日だっていうのに、風邪引いちゃう。


 追い掛けなくちゃ。私、お姉ちゃん、なんだから。


 でも、立てない。いつの間にか私は柊哉の部屋の床の上に座り込んでいた。目の前にはリボンで可愛くラッピングした金平糖が転がっている。

 ……これって腰が抜けてる、の?


 何だろう、この状況。

 今、何があったんだっけ。


 柊哉が「好き」って────


 ────え、こ く は く された?


 誰が? ……私が。

 誰に? ……柊哉に。


 柊哉が、私を、好きだって言った。


 全身の血流が一気に倍速化した気がした。

 チクチク、見えない針の刺さっていた箇所が今度は一斉にトクトクと脈打ち始める。


 何これ。

 何これ。


 両手を頬に押し当てる。顔が熱い。

 チクチクしたりモヤモヤしたりしていた胸の奥が、柊哉の言動だけでドキドキしてフワフワしているのは何故?

 金平糖を食べた時みたいに、全身が甘い幸せで満たされている気がするのはどうして?


 ……分からない。

 分からないけど。


 私は震える両手を使って、力の入らない自分の腰やら足やらをほぐし始めた。


 とにかく、柊哉を追い掛けなくちゃ。

 こんな時、柊哉が行きそうな場所くらい見当が付く。

 追い掛けて、上着を着せて温めて、それから……ちゃんと話をしよう。


 伊達に何年も『お姉ちゃん』だった訳じゃないんだから。




★☆★




 ──こんにちは、薄着のお兄さん。あなたがクリスマスに欲しいものは何ですか?


「彼女の、頭のてっぺんから足の爪先まで全部……」


 ──それは何故?


「なんだろう、もう刷り込みなのかなあ。ちっさい頃から好き過ぎて死にそう。とにかく手に入れたいんだ。独り占めしたい」


 ──あらあら。サンタクロースに願いが届くといいですね。


「あー……でも多分無理。相手にされてない。って言うか、意識すらしてもらえてない。完全に弟扱いだから。それなのにこっ()ずかしい勘違いまでしちゃったし、最悪……。合わせる顔ない……あーもう俺消えちゃいたい……」


 ──……ええと、私から言うのもなんですが、それほど望み薄ではないかもしれませんよ?


「?」


 ──アンケートへのご協力有難うございました。こちらはささやかですがお礼です。良かったら()()()()召し上がって下さいね。


「え、これ金平糖? くれるの? うわー悪いけど今だけは見たくなかったな……って、何お姉さん、後ろを見ろって?」


「綾ちゃん……」


「あーマズイ、綾ちゃん泣きそうになってる………………くっそ、恥っずいけど俺行くわ。それじゃお姉さん、寒い中お仕事頑張ってね」


 ──あなたに聖夜の奇跡が訪れますように。

 メリー・クリスマス。

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