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碧空を超えて  作者: 橘 正巳
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第二章 空翔ける物

第一節 

 

 遙か未来の出来事である。

 その時、世界は滅びようとしていた。

 もはや総力戦は起こり得なかったはずである。

 しかしながら、行き詰まった経済や、次々に生まれる新しい価値観は人々を大いに刺激した。

 敵味方の区別がつかないテロや内戦が、世界中に飛び火したのである。

 情け無用のサイボーグが暴れ、制御を失くした自立兵器が、目に付く人間を無差別に殺して回った。

 最後には、飛び交う反応弾が国々を焼き、世界を火の海にしてしまった。

 太古からの霊峰は削られ、広い海はカラッと干上がり、地球は砂漠の星と化していた。

 それでも、しぶとく生き残った人間はいたが、人口は減り続けて、文明レベルは大きく後退した。

 確固とした支配体制は、もはや過去の遺物である。

 今となっては、都市国家群が各々好き勝手に治めている有様であった。

 かつての高度な機械技術は、ほとんど忘れ去られていた。今となっては、その残滓が一部の者によって、細々と伝えられるに過ぎない。

 

 そんな中で、ひょっこりと現れたのが獣人である。

 新人類とも呼ばれる彼らは、人間と獣両方の特徴を併せ持っていた。

 ちなみに発現する獣の特徴は、耳や尻尾だけの者から、全身が毛むくじゃらの者まで個人で様々である。

 そして全員に共通するのは、人間と間で交配が可能な点である。

 このせいで、人間と獣人の間には、色々な軋轢があったりする。

 もっとも、それも地方によって様々であった。


…――…――…――…


「で、具体的に僕は何をすればいいのかな?」


 食事を終えて、ニャン吉が聞いた。


「ああ、それなんだが――」


 言いかけて、男が顔を顰める。


「うん?」


 男は訝しげに、鼻をひくつかせた。


「さっきから、何か臭わないか?」

「あ、ごめん」


 男が聞くと、ニャン吉が詫びた。


「それ、たぶん僕だ」


 ニャン吉がさらっと申し出る。


「どれどれ」


 ニャン吉に顔を近づける男であった。


「なるほど」


 男が納得する。


「お前、最後に身体を洗ったのはいつだ?」

「さあ? 一月くらい前だったかな?」


 男の質問に、ニャン吉が記憶を辿った。


「……まずはシャワーを浴びてこい」


 男が呆れながら命令する。




「何これ凄い……」


 男に言われて、シャワーを浴びるニャン吉であった。


 荒野の根なし草には、水浴びですら贅沢である。

 ましてや、今ニャン吉が使っているのは沸かされた湯である。

 給湯機で暖められた水を使うのは、この時代では限られた者――人間の特権である。

 獣人がそれを享受するのは、なかなか叶わないことであった。

 ただ、あくまでここは荒野である。そんな中にある廃墟の一つを、男はここまで改装したのであった。

 男の正体は甚だ謎である。


「ま、どうでもいいか」


 ニャン吉は考えるのを止めた。

 ニャン吉にとって大事なことは、男が庇護者足りうるかである。

 その点において、男は十分及第点であった。


「いざとなれば、逃げればいいしね」


 誰ともなしに決意を表明して、ニャン吉が髪を持ち上げた瞬間である。

 ガラッという音がして、浴室の扉が開いた。


「おい、ニャン吉」


 男の仕業である。その片手には、石鹸が握られていた。


「石鹸を切らして……」


 言いかけた男は、ニャン吉を見て言葉を詰まらせた。

 当のニャン吉も、突然のことに固まっている。

 ニャン吉の胸には豊かな膨らみがあった。腰もくびれて、股間にはあるはずの物がない。


「お前……」


 男が沈黙を破った。


「女だったのか」


 男が言って、甲高い悲鳴が続いた。

 洗面器が飛んで、男が顔面で受け止めた。



第二節


 すっかり小綺麗になったニャン吉である。


「ごめん」

 

 男に詫びを入れるニャン吉。

 ニャン吉が座する反対に、男も憮然と座っていた。


「まったく、紛らわしい」


 男が痛そうに鼻を押さえる。


「女なら、最初からそうと言え」


 文句を垂れながらも、男はニャン吉を観察した。


 さっきまで薄汚れていたニャン吉である。一人称も相俟って、少年と言われたら疑う余地はなかった。

 しかし、小ざっぱりとした今は違う。

 改めて見れば、ニャン吉は相応に少女らしかった。うなじは細く骨格もたおやかで、確かに女のそれである。

 長い睫毛の大きな瞳と、目鼻立ちの整った顔立ちは、将来を強く感じさせた。


「何でまた、男の振りなんかしてる?」


 男が聞いた。


「旅なんかしてるとさ、女だと何かとね。〝僕〟って言っている内に、いつの間にか板に付いちゃった」

「……なるほど」


 ニャン吉が答えると、男が納得した。


 この物騒な世の中である。

 不埒な輩は、それこそ掃いて捨てるほどいた。

 年端もいかない少女が渡るには、何かと酷なことが多い。

 獣人であるなら、それは尚のことである。欲望のはけ口にされた挙句、売り飛ばされるなら運のいい方で、最悪問答無用で殺される。


(こいつにしても、例外ではないんだろうな……)


 ニャン吉の見たであろう修羅場に、男は想いを馳せていた。

 

 一方でニャン吉である。

 裸を見られたニャン吉であったが、不思議と気分は悪くなかった。  

 別段、ニャン吉に羞恥心がないわけではない。さらに言えば、露出狂の癖もない。

 男がニャン吉を女扱いしたからである。

 およそニャン吉の人生において、それは初めてのことであった。

 故郷では同胞に蔑まれること然り、人間からの反応は、なまじ姿が似ている分、露見した時の反動は凄まじい。

「このメスネコめ!」などと詰られることは、珍しくなかった。

 ニャン吉は、心を乱していた。

 その境遇のせいで壁を作り、他人を欺かざるをえなかったニャン吉である。


「で、本題だが」

「何?」


 男が話を振って、ニャン吉が我に返った。


「ニャン吉よ――」

「あ、そこは変わらないんだ……」


 変わらない渾名に、ニャン吉は複雑であった。



第二節


「俺の夢に、付き合ってもらいたい」


 男が続けた。


「へ?」


 要領を得ないニャン吉である。


「何それ? プロポーズか何か?」


 ニャン吉が茶化した途端である。

 男がニャン吉の頭を小突いた。


「痛っ!」


 頭を押さえるニャン吉。


「な、何するのさ?」

子供ガキが一丁前に色気づくんじゃねえ!」


 ニャン吉が聞いて、男が怒った。


「わ、分かったよ」

「それでいい」


 しおらしいニャン吉に、男が頷いた。


「で、どういうこと?」


 話を戻すニャン吉である。


「すまん、話を急ぎ過ぎたな。えーとだな……」


 男が言葉を選びあぐねいた。


「じゃあ、僕から聞いていい?」


 男を見かねて、ニャン吉から切り出した。


「ああ」


 男が同意する。


「おっちゃんてさ、何してる人?」

 

 ニャン吉の疑問は、至極妥当であった。

 ここは荒野のど真ん中である。

 そんな辺鄙な場所にある廃墟を、たった一人で根城とする男は、甚だしく怪しいと言えた。


「……まあ、その、あれだ。平たく言えば、独立自由商人かな。お前も見た、あの飛行機が商売道具だ。主な収入源は賞金稼ぎかな」

 

 少し言い淀んで、男が答えた。

 

…――…――…――…


 独立自由商人とは、都市国家に属さない商売人である。

 平たく言えば、法律に縛られず、荒野を自由に行き交う何でも屋のことである。

 その代わり、都市内に住むことはできないし、誰にも守られることもない。

 当然賊に落ちぶれる者も多い、そんな胡乱な輩である。


…――…――…――…


「ふーん」


 ニャン吉の視線に、疑惑の念が籠もる。


「……いや、俺も連中と同じ穴の狢かな」


 男が呟くように答えた。


「で、僕に手伝えと?」


 ニャン吉が聞く。

 だがしかし、その声色は侮蔑的な物ではなかった。

 ニャン吉とて別に、清廉に生きてはいない。


「いいや」


 男が否定する。


「一応断っておくが、俺自身は公の賞金首にはなってない。それは事実だから、安心しろ」


 言い訳がましく、男が言った。


(たぶん、これは本当だろうね)


 男の言葉を信じて、ニャン吉は思い出した。

 二人が遭遇した時のことである。

 男はニャン吉を賊と警戒した。自分が本当に賊なら、恐れるのはむしろ都市からの刺客である。


「じゃあ、僕はその賞金稼ぎとやらを、手伝えばいいのかな?」


 頭を切り替えて、ニャン吉が聞く。


「いや、それも少し違う」


 男が否定する。


「んん?」

 いよいよ首を傾げたニャン吉である。


「えーっとな……」


 今度は男が切り出した。


「お前、神様って信じるか?」


「え?」


 唐突な話に、ニャン吉の目が点になる。


「うーん……」


 天井を見上げながら、ニャン吉が頭を捻る。


(何これ? 何かの勧誘?)


 ニャン吉が身構えた。

 

 何かの勧誘であるならば、答えは慎重であらねばならない。

 古今東西、諍いの原因は信仰に因るものが多い。

 それは人間同士であっても、獣人同士であっても変わらない。


「えーっと、僕には良く分からないかな……」


 ニャン吉が言葉を選んだ。

 もっとも、こういう曖昧な答え方は、往々にして相手をヒートアップさせてしまう。


「うん? どうした?」


 口を濁すニャン吉に、男が訝った。


「……ああ、そういうことか」


 ニャン吉の猜疑心に男が気付いた。


「違う違う」


 男が訂正を入れる。


「お前さん、何か勘違いしている。信仰がどうとか、そういうことを言っているんじゃあない」

「え? 違うの?」


 男の言葉に、ニャン吉が反応する。


「これを見ろ」


 男は言って、懐から紙を数枚取り出した。



第三節


「写真?」

 

 ニャン吉が聞く。


「ああ」


 男が頷く。


「さっき現像したばかりの、ホヤホヤだぜ」


 言って、男はニャン吉に写真を渡した。

 

 男が見せたのは、現像したばかりの写真であった。

 ただ一面に青色が広がっているそれは、とどのつまり空を写した物である。

 一風変わっている点は、真ん中に白い鳥が写っている点である。


「あ、これって天使様」


 ニャン吉がぼそりと零した。

 それはニャン吉がここに来る直前に、仰ぎ見た物である。

 もっと言えば、男が望遠鏡で覗いていた物でもあった。


「ふむ、お前たちはそう呼んでいるのか?」


 男が聞いた。


「うん」


 ニャン吉が答える。

 

…――…――…――…


 遥か高くの空を、ただひたすらに真っ直ぐ翔ける白い鳥は、甚だ謎の存在である。

 それが何のために、いつ現れたのかは、誰の知るところではない。

 ただ一つだけ分かっているのは、白い鳥が周期的に現れることである。

 もちろん、それが空に飛び立つところを見た者は居らず、地面に降り立つところもまた然りであった。

 何処からともなくやってきて、何処へともなく去っていく白い鳥である。

 これに神性を見るのは、容易いことであった。

 故に、人々は強く信仰する。


――神の御使いに相違ない。


 人間だけでなく、獣人であっても、それはあまり変わらない。

 しかしながら、規則的に飛んでいく白い鳥は、既に十分なくらい日常である。

 古代には、人々は太陽や月といった天体を信仰した。

 万物に宿る精霊という形で、物事に神秘を見た民族は数知れずである。

 そういう意味では、この白い鳥は当代を象徴するトーテムと言えた。

 祈ったところで、ご利益があるかは分からない。

 実際のところは、あくまでシンボルと捉えている者が多かったりする。

 もっとも、一部に狂信的な輩が居ることは、いつの時代でも変わらない。

 昨今では、人間社会――特に都市部で顕著な傾向であった。


…――…――…――…


「目下のところ、こいつに会いに行くのが、俺の目標だな」

 

 堂々と男が宣言すると、ニャン吉は酷く驚いた。


「そ、それって大丈夫なの? ばちとか当たるんじゃないの?」


 当然のように聞くニャン吉であった。もちろんこれは、人間の、ひいては男の信仰を慮ってのことである。

 

 多くの獣人にとっても、白い鳥はやはり特別である。

 しかしながら、人間のそれと違って、深刻に捉えない者が大多数であった。せいぜいが、「ああ、天使様だ。有り難や有り難や」と言いながら拝む程度である。

 それでも、人間にとってデリケートな話題であることは、獣人たちも知るところであった。


「ふふん」


 男が鼻で笑った。


「そんなもん、大丈夫に決まってるだろ」


 あっさりと、ニャン吉の気遣いを流す男である。


「よ~く見ろよ。ほれ、ここのところ。何か噴き出しているだろう?」


 言って、男は写真を指し示す。


「どれどれ」


 ニャン吉が目を凝らす。

 白い鳥は確かに、いくつか青白い光を引いていた。


「たしかに」


 ニャン吉が同意する。


「どっかのゴミ虫じゃあるまいし、どこの世界に、屁をこきながら飛ぶ神様や天使様がいるんだよ」

「ぷっ!」


 男の冗談に、ニャン吉が噴き出した。


「これはな、飛行機だよ。飛行機」


 念を押すように、男は二度断言した。




取り敢えず、こんなところです。

プロットはあるのですが、連載中の別作品に注力したいので、ペースは確約出来かねます。

皆さまの反響次第では変わるかも?

そんな付和雷同な作者ですが、これからもよろしくお願いします。

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