第五話 ジェットコースター~藪の中から招待状~
先日は、水も滴るいい男。川上史途です。
私が編集部に持っていった写真だけど、魚影だけではインパクトに欠けると言われてしまってね。文章の方はまとまっているのだけど、世知辛いものだ。
この網膜と脳みそに焼き付いている映像。紙に転写できたらと感じずにはいられないよ。
自分の好きなものにいちいちケチをつけられるとね、私のプライドがうずき出すんだ。
つまらない意地だと言われても構わない。貫きたいんだもの。
なので、今回は勝手に取材というわけだ。
「裏野ドリームランド」が見せてくれるもの。私のディレッタント魂のままに、今回も向かい合おうと思う。
今度のターゲットは「ジェットコースター」。
このジェットコースターは、事故経験があるらしいんだが、妙なことがある。
かつてドリームランドに行った人たちに話を聞いたところ、事故の内容が一致しないんだ。
ある人は脱線事故。ある人はコースターの外れた部品が通行人に直撃。ある人は安全バーが下がらなかったことによる転落事故。
どれもあり得る事故なんだ。ところが、図書館で新聞を漁ってみても、ドリームランドのジェットコースターの事故については載っていない。
これはきな臭くなってきたよ。真実は「藪の中」というわけだ。
ならば、直に乗り込むしかないだろう。
真実はいつも一つ。私が感じたものだけだ。
だって、私の心は一つしかないんだから。
そろそろ見慣れてきた、ドリームランドの景色。
ここのところ、連日の取材が続いていて、疲労が溜まっているのを、私は感じていた。
ホテルに泊まっている時も、些細な変化も見逃してはならないと、気を張っていたし、年甲斐もなく水遊びもしてしまった。若かったころの回復力、割と切実にカムバック希望だよ。
ドリームランドのジェットコースターのコースは、派手さはないものの、高低差やカーブはそれなりのものがある。これにスピードが加われば、マニアはともかく、大抵の人は満足できるだろうな、と判断した。
しかし、ジェットコースター乗り場まで上がっていくのが、非常に辛い。オープニングから急降下だから仕方ないとはいえ、ひどくこたえる。
どうにか乗り場にたどり着いた時には、息を切らしていたよ。そして、コースターの姿もない。
ボートはともかく、トロッコの用意まで必要とは、セルフサービスここに極まれりだね。
この実情に、私の身体から一気に疲れがあふれてしまってね。全てがだるくなってしまった。
ちょうど近くに休憩用のベンチが備え付けてある。少しだけ休むつもりで腰かけた私は、ほどなく、うとうとまどろみ始めてしまったんだ。
どれくらい経っただろうか。
ガタン、という物音で、私は目を開く。
見ると、乗り場に先ほどまでなかったはずのコースターが、停まっていた。二人乗りの座席が五つ連なる十人乗り。表面にはかすかな錆が浮かんでいる。
痺れをきらして、向こうから誘いをかけてきたらしい。ならば、取るべき行動は決まっている。
私はコースターに乗り込み、手動で安全バーを下げる。それを待ち受けていたかのように、コースターは動き出した。
オープニングの急降下。ひねりを加えながらのヘアピン。連続ループ。
思わず身体ごとカーブに引っ張られそうになる。カーブの時には曲がる方と逆に身体を傾けるべきという意見もあるが、私は断然、曲がる方と同じ方向に身体を傾ける。コースターそのものとの、一体感を感じるからだ。
自分を取り巻く、有象無象を置き去りにするかのような疾走。たまらないねえ。
こういう勢いのあるものになる時は、格別の解放感もある。地べたをはう人間には追いつけない、大空を疾駆するなんて、とても素敵だと、昔から思っているよ。
私も色々な夢に挑戦したけれど、果たせなかったことばかり。
最終的にはただの文章好きにおさまってしまったよ。
無限の夢も、結局はどれか一つを選ばなきゃいけない。
昔、誰かから似たようなことを聞いた。今になって、じんと、胸が痛くなるんだ。
そうして、スピーディーでスリリングな活劇は、乗り場が見えたことで、終わりを告げる。
かのように見えた。
コースターは乗り場で止まらなかったんだ。それどころか、勝手にどんどん加速して、下り坂を疾駆する。
もしや、と思った時には、すでに不安は的中していた。
鎖が外れる音と共に、私の乗った座席は空中高く舞い上がる。
私は鳥になっていた。はるか向こうには観覧車。眼下ではメリーゴーラウンド、アクアツアー、ミラーハウスがチラリと姿を見せては、私の後方に飛んでいく。
失速するコースターは、まっすぐにあるアトラクションに向かっていた。
「ドリームキャッスル」。
観覧車と並ぶ、「裏野ドリームランド」のシンボルだ。その威容は、夜闇にまみれることで、不気味さを加えられている。
城にはバルコニーがついていた。あそこに着地すれば、何とかなるかという私の期待は、フォークボールのように落ちゆくコースターと共に、潰える。
ぐんぐん近くなる地面。そして私はコースターごと、城の敷地内に設置された岩の上に投げ出された――!
激突の瞬間。私は目を覚ます。
そこは確かにジェットコースター乗り場のベンチ。コースターの姿も見当たらない。
だが、立ち上がろうとした私は、身体の節々に走った痛みに、うめいてしまう。まるで全身を強く打ちつけたかのようだ。
特に額の痛みが酷い。持ち歩いている、手鏡を見ると大きなたんこぶができていた。
ベンチで眠っていただけなら、決してつき得ないもの。
あのコースター体験は、夢なのか、うつつなのか。
体中、たっぷりと汗をかいている。
確かに実際に味わったような、迫真の体験だった。
だが、あれが誘いであるならば、私の目標は決まった。
私は乗り場からも見える、漆黒の城影をにらみつける。
「ドリームキャッスル」。
そこには隠された部屋があり、拷問が行われているらしいという噂がある。
好きなおかずは最後に食べる私。他の細々としたアトラクションも見ておきたかったが、招待された以上は受けざるを得ないだろう。
いつの間にか、東の空が白み始めていた。夢は消えて現実が動き出す。タイムリミットだ。
再び、夢がここを支配する今晩。私はあの城で何に出会うのか。
怖さ以上の高ぶりを、感じずにはいられなかった。




