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第四話 アクアツアー~水面の影と舟遊び~

 モーゲン、ターク、アーベント! ディレッタントの川上史途かわかみふみとです。

 前回の写真で、どうにか巻き返したはいいのだけど、「ヤラセ」が心配されるから、もうちょっと調べて欲しいって言われちゃってさ。

「本当にちょっとですか〜?」と言いたかったけど、言ったら殴られるだろうから、黙ってうなずいたんだ。

 文句を垂れている時間が惜しい。そんな暇があるなら、取材と執筆。

 好事家としての私のモットーだよ。文句は世界を変えないが、行動は世界を変えるかもしれないだろ。だったら、自分が望む世界のために、動こうと思うんだ。

「裏野ドリームランド」の取材。引き続き行っちゃうよ!


 今回のターゲットは「アクアツアー」。

 暑い日が続く、今日この頃。私も耐えられず、封印を解くことにしたよ。

 このアトラクション、本来は複数人乗りのビークルに乗って進むようになっている。

 コンピューター制御によって動かしているんだけど、レールもないから、どのようなコースを辿るかはランダムらしい。

 そうなると、一部のコンプリート中毒者の魂に火がついてね。何度も並んで、コース制覇を目指す子が出てくるんだ。

 ただ、しばらく経って、妙な噂が流れ始めた。

 コースに浮かんでいるビークルの下や脇を、魚のような大きい影が通り抜けていくことがあったんだって。

 確かにアクアツアーは、臨場感を出すために魚の立体映像を用いていたという話は聞いたことがある。だが、その影は映像なんかじゃなく、実際に水面を揺らしていたらしいんだ。

 閉園した今も、いるとかいないとか、ウワサが絶えない。そこで、私の出番というわけだよ。


 今となっては、ビークルは配置されていない。

 なので、今回は釣り用のゴムボートを持参。オールとフットポンプつき、荷物を載せることも考えて、やや大きめかつ軽量なものを選んだ。空気は現地で入れる。

 これで深夜のドリームランドを訪れるのも4回目。暗くても、アトラクション同士の距離感も分かってきて、すんなりアクアツアー前に到着。フットポンプでボートに空気を入れる。

 シュー、シュー、とポンプからの空気を受けて、膨らみ出すゴムボート。この音、今も潜んでいるという、生き物にも届いているだろうか。

 今日はカメラやライトも水中用。私自身もライフジャケットを装備した。

 着衣水泳する羽目になった時の負担を、減らしておきたいからね。

 そして、ようやく準備完了。たった一人のアクアツアーに出発進行だよ!


 私はものを探す時、「ぬりえ作戦」を実施するようにしている。

 まずは一番外側の縁をなぞるように動き、徐々に追い込むように内側へ内側へと探索範囲を広げていく、という手法だ。

 これ、陸地ならそれなりに有効なんだけど、相手が水の中のものとなると、少し分が悪い。下に潜ることがとても簡単で、知らぬ間にすれ違っちゃう確率が高い。下手をすると、夜間ずっと、寂しい旅行を続ける恐れもある。


 それでも私の意欲は薄れない。まだ知らないドキドキを知って文章にする。

 これに代わる楽しみなど、もう私には考えられないよ。

 このドリームランド。訪れるたび、私の忘れかけていた感情を呼び起こしてくれて、何気に気に入っている。

 もしかすると、記憶から抜け落ちているだけで、以前に来たことがあるのかもね。開園期間は数十年と聞くし、幼い私が来ていたことは、あり得るだろ。

 夏にこうして水と戯れていると、魚になりたいと思ったことを思い出したよ。水の中だったら、こんな暑い日もスイスイ泳げて、気持ちいいだろうな、なんて考えていた。

 実際、叶わない夢なんだけどさ。


 時々、夏とは思えないほどの冷たい風が、身体を突き抜けて、私は身震いする。その度、水音がして防水ライトを向けるんだが、ボートの揺れが水面を伝わって、出た音らしかった。

 行きたい方向に進むには、どうしてもオールを漕がなきゃいけない。果たして、求めるものは音を好くのか嫌うのか。前者でありますように、と期待しながら、私は巡回半径を狭めていく。


 やがて、洞窟を模したオブジェの中に入っていくコースを選ぶ。

 岩をくり抜いたようなデザインで、中はひんやりとして暗い。私もライトを点けっぱなしにして、突入する。

 オールを漕ぐ音と水のさざめきが、耳に届く中。確かに異質な音を、私の鼓膜がとらえた。

 コースの底をこする音。明らかにこの場所に押し込めるべきでないものが出す、窮屈のサイン。

 私はボートを止めて、ライトで四方を照らす。当てた瞬間に飛び掛かられたら困るが、その時はその時だ。

 どこにも見当たらない。また外れか、と思った矢先。

 私のボートの先、厳密には真下の水中から、染み出すように黒い影がのぞき出した。

 幅は1メートル。全長は優に3メートルほどはあるだろうか。これほどの大物になかなか出くわさなかったのも、神様のイタズラかもしれないが、それもここまでだ。

 私はライト付きカメラの準備をする。魚影は私のボートを潜り、ファインダーに影の全身を収めたところで、シャッターを切る。


 一層強く、輝く閃光。

 それに驚いたのだろう。魚影がびくりと震えたかと思うと、水面から思い切り飛び上がったんだ。

 このために少し距離を取ったんだが、無駄だったね。波をもろに食らって、私はボートと一緒に転覆しちゃった。道具を拾い集めて、ボートに乗り直した時には、あの魚影はもうどこにもなかったよ。

 いや、魚影というのは、ふさわしくないかも知れない。

 転覆する直前に、この眼球に収めたんだ。


 足や体は確かに魚のそれ。見事なヒレだったよ。

 ただ、頭部が人間のものじゃあねえ。



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