第二話 メリーゴーラウンド~駆け出す馬と夜走曲~
こんにちは、こんばんは、おはようございます。
ディレッタントの川上史途です……、はい、あいさつ完了!
編集部に先日の記事を確認してもらったところ、運がいいのか悪いのか、ホラー好きな方の目に留まってしまってね。他のアトラクションの調査も依頼されてしまったんだ。
ミラーハウスの後遺症か、私の表情が、にやついていたせいもあるのだと思う。そろそろ誤解されるのも、うっとおしくなってきたので、マスクを着用して口もとを隠すようにしているんだ。
それはそれで、風邪や花粉症の心配をされてしまう。私ごときに、何とも、ありがたい心配をしてくれる方々だよ。
今回のターゲットは「メリーゴーラウンド」だ。
ウワサによると、このメリーゴーラウンド。閉園となった今でも、時折、廻ることがあるらしいんだ。それも照明をつけてね。
聞き込みの結果、一週間に数回のペースで起きているんだ。
そして、車などが接近すると、照明も回転もピタリと止まってしまうとのこと。パトカーが駆け付けても、もぬけの殻。人的被害もないのに、人員を割くのもどうかと警察も思ったみたいで、最近はほっぽりぱなしらしい。
いや〜、世の中、仕事熱心な方もいるものだね。とはいえ、私も仕事の熱意はひけを取っているつもりはないし、探偵稼業はまっぴらごめん。
物書き仕事として。そして「趣味が高じた」おバカとして、取材をさせてもらうだけだよ。
このメリーゴーラウンドの明かりというのは、なかなか強烈でね。天気の良い時は数キロ離れた場所にまで、明かりが届くらしい。パトカーが何度か出動したというのも、うなずける。
幸いなことに、裏野ドリームランドは、最寄り駅から徒歩十五分程度。ちょっと高いところからなら、見下ろすこともできる。
駅近くのホテルのシングルルーム。高い階層の部屋から、私は一週間ほど、園内を見下ろす形で観察していた。
今週、明かりが灯った日は、日曜日、火曜日、木曜日と一日置きなんだが、妙なことに気がついたんだ。 メリーゴーラウンドの明かりが点くのは、零時から午前四時までの間。しかし、途中で照明の色が変わるんだ。
零時から午前二時までの間はオレンジ。午前二時から午前四時までの間は白色に変化する。スイッチでも切り替わったかのように、パッとね。
双眼鏡も用意してきたんだけど、ピンボケしてしまって、何が起こっているかは分からなかった。
これ以上を知るには、直に乗り込むしかない。
そして、日曜日の午後十一時五十五分。私は件のメリーゴーラウンドの前に立っていた。
先に言ったように、私の目的は犯人を捕まえることではない。ネタを捕まえることだ。
零時。パッとオレンジ色の照明がつけられて、メリーゴーラウンドが回り始めた。耳を澄ませると、かのヘルマン・ネッケ作曲の「クシコス・ポスト」が聞こえてくる。
運動会でも使われるBGMだけに、私もなじみがあった。おのずと、心がウキウキしてくるんだ。
思い出されるのは騎馬戦。馬に乗る人だった私は、あのてっぺんの景色が気に入っていた。メリーゴーラウンドの馬も然りだよ。
乗っている時は自分が主役。時間制限がなければ、ずっと注目してもらえるのになあ、と妄想していたっけ。
一時間が経過した。もっと接近して観察したかったのだが、このメリーゴーラウンドの柵の高さは、私の身長の四倍はあり、有刺鉄線まで設置されていて乗り越えるのは困難だ。
無念だが、柵越しにメリーゴーラウンドの回転を見守っている。触れられなくても、近づいたことで、新しいものを発見した。
馬の鞍の部分、及びその真下部分だけ、焦げ付いたような跡があるんだ。
雨風に晒されて、全身のところどころ錆と汚れが目立っている馬たちだが、明かりに照らされた焦げ跡は目立つ。
首を傾げる私の前で、腕時計はすでに、二時五分前を指している。
照明が変化する時間。私はじっと待ち受けていた。
直前の午前二時一分前になって、私はふと、一つの話を思い出した。
かつてタクシーに乗った時、タクシー運転手のおじさんが話してくれたことだ。
なぜ、トンネル内ではオレンジ色の照明が点けられることが多いのか。
色々コストがかからなくて済むからでしょう、という私の答えに、それは表向きだよ、と答えた運転手さん。
白い明かりの下ではね、見えちゃうんだってさ。見えなくてもいいものが。
今度、オレンジの明かりが点いている道路に差し掛かったら、気を付けるといい。そこは事故が起こった現場だからね、と話していた。
そして、私の一抹の不安は当たる。
明かりが灯った瞬間、それは映し出されたんだ。
馬たちにまたがる、真っ白い子供たち。彼らは後ろ手に縛りあげられ、馬に乗せられていた。
そしてみんな、苦悶を浮かべた表情で、音もなく叫んでいる。
これが何者による責めで、なぜ丑三つ時になってから晒そうとするのか、私には分からない。
「クシコス・ポスト」が流れる中、馬に縛り付けられた子供たちの顔から、苦しみは消えなかった。
届かない叫びを届けようとするように。
朝日が、馬と明かりを止めるまで。
ずっと、ずっと。