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第一話 ミラーハウス~無数の私よ、こんにちは~

 私の名前は、川上史途かわかみふみと。ディレッタント、いわゆる好事家だ。

 普段はブラブラしているが、仕事の依頼がくると、パソコンで文を打つ。時々、雑誌などで、私の書いた記事を読むことがあるかも知れない。

 何に載っているかって? そりゃもう、あちらこちらの雑誌に。

 ああ、勘違いさせてごめんよ。引っ張りだこというわけじゃないんだ。雑誌のスペースが埋まらない時に、私の駄文を掲載させてもらっているというわけ。

 時期を踏まえた表現をすれば、「夏枯れ時の埋め草」という奴だね。編集部にはいくつか記事のストックがあるんだけど、私はそのストックを増やす係。

 いてもいなくても困らないポジションだけど、文章が書けるならいいやって、恥知らずなおこぼれに預かっているのさ。


 お金には困っていないから、メシがかかっている人から見ると、道楽の域なのかもねえ。でも、手を抜いたことは一度もないよ。

 今回のネタは、近年、閉園してしまった「裏野ドリームランド」のウワサ。

 開園していた時に、何人かの子供が神隠しに遭ってしまった、という話がささやかれている場所だよ。

 いわくつきの場所と聞くと、私も心がうずうずする。

 揚々と準備を始めたよ。


 そして、取材を実行する日の真夜中。

 私は裏野ドリームランドに向かった。

 なんで怖いウワサがあるのに、夜中にいくかって? だって昼間は人の目があるじゃないか。秘密のネタなんだから、人が寝静まった頃にゲットしないとね。


 今回のターゲットはランドのシンボルとでもいうべき「ドリームキャッスル」。

 と行きたいところだが、私はメインを最後に食べる主義。

 なので、今日はそのお隣の「ミラーハウス」を目標にする。


「ミラーハウス」。君は入ったことがあるかい? 一言でいえば、カガミの迷宮だ。

 合わせカガミなどのカガミが持つトリックを利用して、入場者を不思議な世界にご案内する。無数の自分がお出迎えしてくれる光景は、初経験の人はぎょっとするかもね。

 このドリームランドのミラーハウスには、入っていく時と出てくる時で、別人のようになってしまうというウワサがある。

 なんでも、この迷宮のカガミには、無数の自分の中に一人だけ、そっくりさんが紛れ込むことがある。それは自分とは正反対の行動を取り、近づく自分に対して逃げて行っちゃうらしいんだ。

 もし、そいつを見つけたら、ただちに逃げる道筋を追いかけないといけない。そいつを追い詰めないと、本当の自分自身をなくしてしまうんだってさ。


 私は片開きのドアを開けて、中に入ってみた。

 閉園したのが最近ということもあって、穴があったり腐ったりという箇所はなさそうだったけれど、ところどころほこりがこびりついていてね。ご自慢のカガミも、不本意なデコレーションをされているものが、何枚か。

 湿気を帯びた、かび臭い空気に、鼻をひくつかせながら、私は懐中電灯の明かりを頼りに歩いていく。

 夜中にこれはきついよ。何せ、懐中電灯を持った不審者と、何度もにらめっこすることになるんだから。

 それも一度にたくさんだよ。前から横から後ろから。僕をライトアップしてくれる。

 どうせ照らし出されるなら、もっとカッコイイ男がグッドなんだけどね。


 何度も繰り返されるうちに、怖いというより、むしろ笑えてきてしまってね。カガミの前で笑顔の練習を始めちゃったんだ。

 無数の私の百面相! 撮ってくれる人がいれば良かったんだけど、一人だったのが残念だったよ。

 昔、お笑い芸人を目指したことがあってね。私の変顔で、みんなが笑ってくれたら、とても嬉しいなと思った時期がある。ちょっと、あの頃に戻ったような気分だった。


 そして、翌日。私は編集部で記事作成をしていた。

 なじみの人が声をかけてくれるんだけど、今日は「川上さん、いつもと雰囲気違いますね」とか「なんかいいことありました? 人が違ったみたいに、明るいですよ」とか、やたら私の機嫌について、尋ねて来るんだ。

 そりゃ、記事を書けることの嬉しさに、勝るものなどなかなかないからね。顔に出てしまったのかと思って、「そんな風に見えますか〜?」とノリノリで答えちゃったよ。


 だがね、やっぱり私はおかしくなっていたみたいなんだ。

 数日後に親戚の法事があってね、私も黒に身を包んで赴いた。そこの家族の皆さんにご挨拶をしたんだけど、みんなが少し嫌そうな顔をするんだ。

 何か、失礼なことをしてしまったかな、と思った私に、集まった方々の一人が教えてくれたんだ。


「不謹慎だよ、史途くん。このような場所で笑っていては。君はそんな人ではなかったはずだが」


 そんな馬鹿な、と思ったよ。

 亡くなられた方は、生前、親しいお付き合いをさせていただいた人。私は今にも泣きそうだったというのに。

 私は洗面所に飛び込み、カガミに自分の顔を映してみたんだ。

 笑っていた。

 歯を見せずに、にんまりと何かを企んでいるような、それでいて喜びを隠しきれないでいるような、悪意を感じさせる笑いだったよ。

 試しに涙が出るくらい、思いっきり悲しい顔をしてみたんだけど……ダメだった。

 感覚では悲しんでいるはずなんだ。だけど、カガミの中の私は、憎たらしい笑顔のまま、両目から涙を流していた。鼻水も一緒に出てきてしまって、マヌケな子供に思えたよ。

 怒っているつもりでも、口をすぼめているつもりでも、一世一代の変な顔をしても、カガミの中の私の笑顔は崩れなかった。

 手で引っ張ればどうにかなるけど、離した途端、ゴムみたいに戻ってしまう。どうにもならない。


 結局、私は笑顔を隠すため、うつむき加減で法事を終え、家へと帰った。

 私は近々、あのミラーハウスに、迎えに行こうと思っている。

 何人もの私の中に置き去りにしてしまったらしい、本来の私をね。

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