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5・空の瓶

「私を(たぶら)かして、楽しかった? それでここから、どんな理由をつけて御破談にするの?」

 いつの間にか間近に迫ってきていたシロが、腰を少しひねった体勢で、わざとらしく僕を右下から見上げている。


「いい加減にしてくれ」語勢には想像よりも鋭い棘が生えていた。

 こんなやりとりはいつものことだ。シロは僕をからかうのを趣味の一つにしていて、僕も、気が向いた時はそれに乗っかってあげているから。

 だけど、今回は僕の覚悟を見せつけてやれる証拠がある。僕は言葉の棘を引っ込めて、代わりに懐から瓶を一本取りだした。


 細長い瓶には細長い空が詰められている。

 僕が見世物として流す、僕の身体を流れる青空だ。


「本当に作ったんだ」シロの声に感慨はないけれど、僕は(ひる)まない。「言っとくけど、私は飲まないからね」

 シロは青と言う色が、失われたという青空の色が好きじゃない。届かないものを見せつけられるようだから、とかつて彼女はそう言った。

「飲めなんて言わないよ、飲むものじゃないし。さておき、これで出発までに七本つくるって約束は果たしたよ」



 僕らは今日、この街を出る。

 だけど二人は、この街の暗い人たちの、俯いて歩く人たちの、お気に入りの見世物だ。いくらノロマで胡乱な彼らだって、逃げる僕達を黙って見送るはずがない……少なくとも、僕はそう思っている。

 色の無いシロはともかく、僕はどうしても目立ってしまう。顔だって街中によく知れ渡っているはずだし、そもそもこの街に子供は僕ら二人だけだ。


 そこで、この空を詰めた瓶、空瓶(そらびん)を用意した。

 僕らが街を出る道中、誰かに見つかってしまった時は、空瓶を渡して黙らせればいい。あれほどに焦がれた僕の青空が、自分の手のひらに広がるんだ。これ以上の夢は無いだろう? きっと愚かで空っぽな彼らは、夢見心地で僕らを見逃すに違いない。


「ほら、七本。ちゃんとあるだろう?」

「七本? 七十じゃなくて?」

「重くて持てないよ」

 僕の青空は、どこからか無尽蔵に湧いてくる。たぶん七十本の瓶だって満たし尽くすだろう。

「空に重みは無いでしょ」馬鹿にした調子だ。

「瓶にはある」真似て僕も馬鹿にする。これは言わないけど、七本だって重いんだ。

 シロは、珍しく答えに窮した。


「さて、僕が本気だってことは分かったろう」僕は空瓶を振って見せる。

「本当の空を探しに、隣街に行こう」

「いいわ」とシロは頷いて、しかし続ける。

「いいけど、本当に私のため?」

「もちろん。毎日がつまらない、抜け出したい。そう言ったのは君じゃないか」

「そうは言ったけど、本当の空を見るなんて目的をくっつけたのはあなたよ」


「自分のためでもあるんでしょ? 本当の空を見たいのは、私じゃなくて、あなた」

 事実だった。シロは核心を見抜く目を持ち、そして掴んだ核心を利用する術をよく心得ている。

「行きたくないわけじゃないわ、けっこう楽しみにしてたもの」

「でもね。あなたに、我が儘に付き合ってあげてるんです、って顔をされるのはいや」

「……子供っぽい理由だね」

「分かってるわよ。子供なんだから仕方ないじゃない」

 僕らは(いま)だ十歳の子供に過ぎない。

 僕らが夜の街で目覚めた時。その時にはもう十歳で、それから僕らの背はいつまでも伸びなかった。


「で、続けるけど」シロは一泊おいた。

「この旅は、私だけの為じゃない。二人ともそれぞれ目的があるの」

 僕にはなんとなく、シロの言いたいことがぼんやりと見えてきた。僕の目の前にシロの顔がある。背は彼女のほうが頭ひとつ分低いのに、今は同じ高さ。

「そして、互いの目的の為、互いに協力し合うの。私たちは対等よ」


「……兄貴面するなってこと?」一演説ぶったものの、言いたいことはこうだろう。

「分かってるじゃない」シロは頷く。

「出来る範囲で、気を付けるよ」

 こういうことを要求するから妹みたいに思えちゃうんだよ、と付け加えそうになって。僕は密かに口をつぐんだ。


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