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26・夜目

 俺は夜目が利く。自分自身が夜色に近いからか、それとも夜に蠢いて長いからだろうか。


 あの娘を見つけるのは簡単だった。

 クルマの中からでも見えた、夜が来たあの日に奪われたはずの、水面を照らす月明かり以外の灯。それは在りし日の灯台を――そして長い航海の終わり、水平線の向こうに見慣れた大地を見出だした時の失望を――思い出させた。

 そんな希望と失望の灯へ向かって歩くうち、闇の片隅に少女を見出した。

 俺を導いた灯は中空に浮かぶ風船大の空だった。俺にとっては懐かしく、彼らにとっては新鮮な、青。


 わざと夜に溶け込むようにして、少女――シロと自称している――を眺める。砂浜に擦過音が断続的に響き、布と金属製の何かがこすられて、同時に悲鳴をあげる。しばらく聞いていたらいたたまれなくなってきたので、声をかけることにした。

「よう」断末魔が途切れた。少女は飛びあがりそうな身体を抑え、悲しい程お上手に平静を装う。

「降りたとこ、始めてみた」惚れ惚れする手際で大事なそれをポケットにしまい、そして話を逸らしにかかった。

「降りれなくはねぇんだ、長くは保たないがな」経験則では、大体五十六分。

「ずっと乗らないでいると?」

「俺も街のあいつらみたいに、眠る」

「もしかして、一つ目も?」一つ目。そうか、今はそう名乗っているのか。

「ああ。俺は運転、あいつは観測」質問には答えた。次はこちらが問う番だ。

「で、何してんだ?」

「隠したいこと。秘め事」


「……服を汚すのはもうやめとけ。水で流したなら、もう落ちてるよ」全て見えていた。擦過音の正体も、悲鳴を上げていたそれが何だったのかも、そして彼女が隠そうとした罪なき罪も。

「見えてたの」

「夜目は利くんだ。悪いが、ぜんぶ見えちまってたよ」

「ふーん……知ってて訊くのって、どうなのよ」

「その口から確かめたくてな。お前がそれをどう思ってるのか」


 不安。後悔。動揺。そしてわずかな、楽観的な希望。少女の表情に入り混じった色が入り混じる。

 少女は沈黙する。真摯に問いと向き合うための沈黙。彼女もまた、その罪の全貌を知り得てはおらず、それが罪だということさえ予感や推測、曖昧な形でしか認識できていない。


 罪なのだろうか、罪だと思うこともある、罪ではないのかもしれない。

 彼女は知らなかったのだ、仕様がない。だがそれでも。


 少女が答えを出しあぐねていると、砂浜を踏む靴音が近づいてきた。

「次の機会にしよう」俺の声に、少女は安堵と懺悔の息をつく。



***



 僕は砂利まみれの全身を、車の後部座席後ろにあった、傷が多いポリタンクに蓄えられていた雨水で流す。ねずみ色のタオルで水を拭き取り、夜男が用意した抜けるように青い服と雁の羽色をしたズボンへと着替える。

 さっきまでは立ちのぼる熱にうかされて気づいていなかったけれど、僕と僕の服が蓄えた海水は池でも作れそうな量になっていて、こいつらを落とすためにかなりの時間を食われてしまった。


 食われた時間は、吹き上がる湯気で隠されていた冷静な現実を、目の前に晒してくれた。

 見渡す限りの夜をすべて、青い空で塗り替える――僕の見せびらかした大言壮語――それがいかに大きな言葉だったのか。立ち上がった現実は、僕のうねる脳内に、順序だてて分かりやすく噛み砕いて教え込んでくる。……頼んでもいないのに。


 夜はどれほど広がっているのか?

 シロは一回に夜をどれだけ奪えるのか?

 塗り終えるまで僕の空は続くのか?

 どれほどの年月を費やすことになるのか?

 

 そして手にした空の果て、僕らは一体どうなるのだろう?



 夜男は必要な物だけ渡して、先に海へと向かってしまった。きっともう、シロと、そして空に出会っている頃だ。彼はなんと言うだろうか? 彼の意見こそがこの夢の進退を決定付けてしまうように思えて、恐ろしくてたまらなかった。

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