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15・望遠塔の望遠蛇

「もう着いてもいい頃じゃない?」


 くるくる回ってぐるぐる登る螺旋階段の途中で、ふとシロは速度を緩めた。

 螺旋階段は塔の外側に、ヤドリギのように張り付いていて、僕らの胸元ぐらいの位置まで落下防止用の手すりが伸びていた。


 昇り始めてみると案外に塔は高いものだった。外の景色から察するに、既に外周を八周りはしているはずだ。


「きっともう少しだよ」僕は右足を次の段にかける。

「思ってたより、長いわね」シロが左足を次の段にかけようとする。

「こんなものじゃないかな」僕は左足を次の次の段にかける。

「今日のあなたは、足が速いわね」シロの左足が段を踏みしめた。

「こんなものじゃないかな」僕は右足を次の次の次の段にかける。


 右の足が僕の体を引っ張りあげて、左の足が役割を引き継ごうとした瞬間、外からの夜風が手すりをすり抜けて横凪ぎに僕らへ吹き付けた。

 シロの長すぎる髪が塔の中心軸へと垂直に流れる。

 風は想像以上に勢いがあったようで、片足を踏み出していた僕はよろめかされて、壁に肩を軽くぶつけてしまった。


「痛……くはないけど、ちょっと不意打ちだったね」照れ隠しに早口で続ける。

「それにしても、その髪の毛はだいぶ危なっかしいかな。そろそろ切ろうか?」

「そうね、お願いするわ」シロは手櫛(てぐし)で髪をざっくばらんに整える。「でも、あなたも中々にヒヤヒヤさせてくれてるわよ」

「え?」肩をぶつけた時、そこまで痛そうに振る舞ってしまったのだろうか?


「足。何段か登ってみて。そうね、スキップするみたいに」

 言われるがままに、歩幅を大きく、跳躍を高くし、軽い鞄を振って階段を登る……と。

 僕の身体がずっと上の段へと着地するまでに、十二秒もの時間を要した。


 ……僕は、浮いていた。


「やっぱり見間違いじゃなかったのね。今にも飛んで行っちゃいそうでしょ?」

「うん。さっきからやたらに足が軽いなぁ、とは思ってたんだ……」少し跳ねてみると、落ち終わるまでに五秒ぐらいかかった。やはり、僕は、浮いている。

「何なのさ、これ」

「さぁ? 知らない。気分の問題かもね?」

「そんなもの? ともかく、気を付けるよ」



 あの風から十二分後に、階段が終わり。

 突き当たりの狭い踊り場には一枚のドアがあった。登り続けた僕ら。シロは疲弊し、僕はそうでもなかった。


 ドアの前に二人で横並ぶ。シロが息を整え終わるまで待つ。

 三分と七秒後。シロと目線を交わし、同時に頷く。僕が先に立ち、ドアを三回ノックした。

「どうぞ」と女性の声。深く低く柔らかく、されど明瞭に言葉を刻む声だった。

 再び僕らは目線を交わし、やはり同時に頷く。僕がドアを押し開けて、僕らは中へと踏み入った。



 その丸い部屋は望遠鏡に支配されていた。

 部屋の中央にどっしりと据えられた望遠鏡の土台部分は、ただの三脚ではなく、金属質の光沢を誇るパーツが複雑に要り組んだ構造になっていて、それはしっかりと重くありながら、しかし鈍重な印象はなかった。


 望遠鏡からは当然、望遠するための筒が伸びている。しかしこの筒は、僕が街のお店で見たことのあるソレとはまるで異なっていた。その筒は、僕の頭が辛うじて入らないぐらいに太く、そして何より尋常ではなく長かった。

 それもただ一直線に長いんじゃない。この部屋の空間という空間すべてを埋め尽くすべく、まるで外への出入り口を見失った蛇みたいに、蛇行(だこう)湾曲(わんきょく)とを繰り返しながら突き伸びていた。

 さらに望遠蛇(ぼうえんへび)は奇妙なことに途中で八又に分かれ、丸い部屋の八方向に開いた穴から、その首を突き出していた。

 外に広がる夜空の中で、八つの頭がその双眼を見開いている。



 空中を這い回る望遠蛇の腹には、様々なものが銀色の糸で引っかけぶら下げられていた。

 細かい目盛りの上に赤と銀に塗りわけられた針が閉じ込められた円盤、僕らが居た街からこの塔までの道のりしか載っていない役立たずの地図、望遠蛇に(さえぎ)られた照明の代わりに白い光を四方に飛ばす電気仕掛けのランタンが七個、黒のナイトと白のビショップが一個ずつ抜けた、盤面に張り付く駒が置かれたままのチェスセット、夜空の一部を切り取った写真――これは撮る方角を変えたものが何枚も何枚も下げられていて、写された星には漏れなくチェックマークが付いていた――や、そして子供が描いたような、力強く赤い太陽の絵。太陽は並々と注がれたその(まばゆ)さを円の内に留めきれず、青いはずの空まで赤く、染みて染めあげていた。


 この部屋では、僕らの知っているものと知らないものと、知っているのかどうかさえ知らないものが、玩具屋の小さな縫いぐるみコーナーのように絶え間なく目に入ってきた。

 でもここは僕らが捨てた玩具屋とは違う。ここでは、まるで知らない何かの名前を知って、その中身を知ろうとするあの瞬間のような、一歩二歩と踏み出させたくする感情が、絶えず僕らを呼んでいる。


 そしてこの部屋の中央、巨大な望遠鏡の入り組んだ脚と接眼レンズが在るその横に。


 部屋の主たる女性が、さりげなく座っていた。

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