殺し文句
源次はコーヒーをひと口すすると、つづけた。
「敵が一般市民であるマスターを人質に捕るとか、ルール的にも、ありえない。だからマスターに電話して、ヘンなやつがいないか確認したんです」
「ああ、それね」
マスターが話に割って入ってきた。
「さっきも電話で言ったけど、本当になにもなかったよ。ここには石原くんがいただけだ」
「そうみたいっすね。電話を切ったあとでアプリを確認したら、敵はもう消えていました」
とにかく、可奈さんの存在が源次にバレなくてよかった。まあ、バレたところでヤツが可奈さんに勝てるとは思えないが。
「源ちゃん、こんなところで油売ってていいの?」
マスターが暗に源次を追い出そうとしている。喫茶店を経営する身としては、できるかぎり厄介事は避けたいのだろう。
「マスター、キビしいなあ。……んじゃ、そろそろお暇しますわ」
「源次」
立ちあがる彼をオレは呼び留めた。
「戦闘中はずっと、そのユニフォームなのか?」
すると源次はにやっとして言った。
「お、石原さん興味津々ですねえ」
「町なかで間違えて撃たれたら、かなわんからな」
「ですね、市民を撃ったら即失格です。戦闘員であるか否かは、基本的にこのユニフォームで判断します。だから戦闘中はかならず着用しなくちゃいけない。ゴーグルだけは任意で着脱可になっていますが」
「それを聞いて安心したよ」
一瞬、はてな? みたいな顔をする源次。ちょっと会話がかみ合ってなかったかもしれない。
オレは可奈さんのことでアタマがいっぱいだった。たぶん、マスターもおなじだと思う。
「石原さんにもそろそろ、お声がかかるかもしれないっすよ」
お声とはつまり、戦闘員として招集されるということか……。たしかに、オレはマスターほどおじいちゃんではない。ってゆうか、源次より十歳上なだけだ。
可能性は充分あった。断れるのかな、これ……。
「つぎ会うときは、敵同士かもな」
「負けないっすよ」
減らず口をたたきながら源次は店を出て行った。彼はふつうにコーヒー代を払わなかった。
戦闘中の飲食代はすべて町内会が払うので、そちらへ請求してほしいとのことだった。あと、万が一戦闘によって店内の備品等が破損した場合も、町内会ができ得るかぎり弁償するらしい。でき得るかぎり、というところがミソらしい。
「ナゾは、すべて解けました」
「……え、なんだって?」
とつぜんのオレの言葉にマスターは面食らったらしい。そりゃそうだ、オレがマスターの立場でも、そうなる。
「ある仮説を思い着いたんです。ちょっと聞いてもらっても、いいですか」
「うん……いいけど」
「それじゃあカウンターを離れて、こっちに座ってください」
彼は不審そうな顔をしながらもオレの指示に従ってくれた。
「時間を戻しましょう」
「えっ」
「比喩的な表現です。オレが今日この店を訪れた時刻まで、さかのぼって思い出してください」
「わ、わかった」
オレ自身、今日の出来事を意識的に思い起こしていた。
「オレが店にきたとき、『クローズド』の表札が出ていました。けどドアにカギはかかっていなかったので、店のなかに入ることができました。マスターはカウンターのなかにいました。どこか元気がありませんでした」
「まあ、それは」
「オレはカウンターのうえに銃を見つけました。はじめは本物かと思ったけど、マスターに聞いたところ、どうやらオモチャの銃だとのことでした。オレが試し撃ちをしたいと言い、マスターも許可してくれました。マスターはロックの解除だとか、銃の撃ちかたを教えてくれました。オモチャのくせに、それはまるで本物みたいでした」
ひと息に言ってコーヒーで口を潤した。ふう、もうじきだ。もうじき面白くなるからね。
「オレがオモチャ銃の銃爪をひくと、標的であるワインの空き瓶が砕け散りました。オモチャ銃から発射された十円玉が命中して、そうなったらしいです。……ですよね、マスター?」
この気持ち悪い日記的口調をはじめてから、最初の同意を彼に求めた。
「ああ、そうだよ」