町内会の告示
「それでおまえ、そんなヘンな恰好してるのか……」
源次は胸、肘、膝にそれぞれ白いプロテクターみたいなものを着けていた。そして極めつけは、首からさげたデカいゴーグル。さっき可奈さんが撃退した男もゴーグルをしていた。偶然の符合ではないだろう。
「まあ言ってみりゃ、これがユニフォームっすね、白組の」
「白組?」
「サバゲーだから、ほかに赤とか緑とか、何チームもあって競い合うんす」
「……なるほどね」
と、そこでマスターが源次にコーヒーを運んできた。
「でもさ、町なかでドンパチやったら、危ないんじゃないの」
「あれっ、マスター……町内会の告示、読んでないの?」
逆に源次が聞き、マスターはばつが悪そうに頭に手をやった。
「うん、まだ読んでない」
「わかりました、んじゃあ、説明します」
言って源次はコーヒーをひと口すすった。
「告示します、」
「なんか、おまえエラそうだなあ」
「茶化さないでくださいよ石原さん。非戦闘員である一般市民から説明をもとめられた場合、告示内容を伝えるのがルールなんすから」
「すみません」
そう言ってオレは黙った。
【告示】
このたび、なまら町において、市街戦を想定した模擬戦をおこないます。
日常生活において戦闘がはじまった場合は、戦闘を優先とし、一般市民(非戦闘員)の方がたは速やかに退去または避難してください。
退去は一時的なもので、かまいません。
一般市民(非戦闘員)の方がたには大変ご迷惑をおかけしますが、何卒ご理解とご協力をお願いいたします。
源次はだいたい、そんな内容のことを言った。マスターがため息を吐く。
「そうは言ってもさあ……いきなり店のなかでドンパチやられたら、たまんないよ」
「ケース・バイ・ケースですけど、ドンパチっていうほど派手なことには、ならないと思いますよ。どっちかって言うとこれ、頭脳戦だし」
「どういうこと?」
オレが聞くと、源次はドヤ顔で銃をなでた。
「この銃ね、弾が十円玉で、当たるとマジで痛いらしいんだけど……連射が利かないんです」
「連射?」
「バン、バンみたいに、連続で撃てないんす。1発発射すると、きっちり3秒間、銃爪にロックがかかる仕様になっていて。実際にやってみると、これがマジ、もどかしい。3秒間ってこんなに長いんだって、はじめて思いましたよ」
その言葉でオレは瞬時に理解した。さっき可奈さんを襲った男がなぜ、2発目を撃たずにぶるぶる震えていたのかを。
撃ちたくても銃爪が動かなかったのだ。それで可奈さんに銃をむけられ、彼はあっさり降参した。
「……ちょっと、石原さん?」
オレが急に黙ったので、源次が不審そうな顔をした。
「あ、いや……ちょっと。さっきおまえ、電話で『敵』がどうこうとか言ってたろ?」
オレは話題を変えた。可奈さんは源次の敵なのか、もしそうだとしたら、なぜ店の外からそれがわかったのか。この点についても気になっていた。
「あー、あれね。なんだったんだろ、アプリの誤作動かな……」
「アプリ?」
すると源次はスマホを取り出して操作した。
「画面をお見せできないのが残念すけど、ようするに、敵味方の位置関係がわかるレーダー・アプリっす。この情報をもとに敵を追ったり、仲間と合流したり、いろいろ頭を使うことが多くて……」
「なるほど、それで頭脳戦か。……すると、さっきそのレーダーで敵を探知したってわけか、しかもこの店のなかに」
「この店でほかのお客に混じって敵が待ち伏せしているってことも、充分ありえます。でもヘンでした。『クローズド』の表札が出ていたからです」
「……どういうこと?」
オレは惚けたふりをして聞いた。よくわからないが、なにかしらヘンだというのは、わかる。
「店が閉まっているのに敵がいるって、おかしくないですか。マスターが敵? でもそれは、ありえない。60歳以上の人が戦闘員になれるはず、ないんです」
そんな規定まであるのか、めんどくせーな……。