後輩
電話が鳴った。この喫茶店のなかにある、備え付けの電話だった。
「はい、もしもし、喫茶『スモール・マウンテン』です」
マスターが電話にでた。べつに不思議ではない。ただ、さっきの戦闘と、いま銃があるこの状況がヘンな緊張感を生んでいた。
「あー、源ちゃん。どうしたの」
どうやら電話の相手は源次らしかった。そば屋の息子で愛嬌がある。オレと源次はこの喫茶店の常連仲間で、オレにとっては後輩みたいな感じだ。後輩でも、なんでもないけれど。
「え、なに? ……敵がいる? 『敵』ってなによ」
マスターはオレと可奈さんにも伝わるよう、わかりやすく大げさに通話してくれた。彼もこの異様な状況を理解している。
「この店に敵なんていないよ、どうしてそんなこと言うの」
そのとき、入り口のドアノブをがちゃがちゃ回す音が聞こえた。施錠されているのでドアは開かない。ドアのむこうにいるのは、たぶん源次だ。スマホで通話しているのだろう。
「え、カギがかかってる? ……あー、ごめん、いま開けるからちょっと待ってて」
そう言ってマスターは電話を切った。
「可奈さん、いったん逃げたほうがいい。どうもあなたの所在はバレているみたいだ、さっきのこともあるし」
マスターの口調は真剣そのものだった。可奈さんがうなずいた。
「わかりました」
「そっちの奥に裏口があるから、そこから逃げて。……あと、これうちのマッチ」
彼が手渡したマッチには店の電話場号が書かれていた。
「あとで電話して」
「いろいろと、すみませんでした。それでは」
可奈さんは銃とマッチをバッグに詰め込むと、深く頭をさげた。そして彼女は建物の奥に消えて行った。
マスターが入り口のドアを開錠するなり、源次は勢いよく店に入ってきた。
「あれっ、石原さん、いたんすか? ……ちょっと、ふたりでなに、やってたんすか。カギまでかけて気色のわるい」
「おい、源次。なんだよ……その恰好は」
源次はかなり、おかしな姿をしていた。だが好都合だった。オレがマスターと店で密会していたことを、うやむやにできたからだ。
言っておくが、オレだってマスターと特別な関係だなんて思われたら、そうとうイヤだからね!
「あー、これね。いま戦闘中なんすよ……マスター、コーヒーね!」
源次はまるで小休憩みたいな感じでテーブル席に座った。カウンター席でなくて、ほんとうに助かった。
そこには、いましがたまで可奈さんが座っていたので温もりが残っていたろうし、彼女が飲みさしたコーヒーもまだ卓上にあった。
オレは自分のコーヒーを持って、急いで源次のむかいに座った。
「戦闘中とか敵とか、ずいぶん物騒じゃないの」
マスターが水の入ったコップを差し出しながら言った。ふとカウンター席を見ると、すでに可奈さんのコーヒーは片づけられていた。グッジョブです、マスター。
「いちおうね、マジなんすよ」
言って源次はポケットからアレを取り出した。例の、十円玉を発射する銃だった。
「あー……はいはい。あれだ、サバゲー」
「サバゲーゆうても、規模が違いますよ? 自治体主催のやつですからね」
わけがわからなかった。が、とにかくいまは、すこしでも源次から情報を聞き出さないとだ。