撃ちたくない
「ミリタリー・オタクですよ。ようするに、戦争ごっこが好きな人たちが集まって、生き残りをかけたゲームをするわけです。それがサバゲー」
オレは丁寧かつ真摯にマスターに教えたつもりだった。が、彼はいきなりキレだした。
「うちの店でやらないでよ!」
「キレるところ、そこ? ……なんでオレにキレてんすか」
「話の腰を折ってしまったね、さ、どうぞ続けて」
マスターは可奈さんにむかって、にこやかに言った。いや、あんたでしょーよ……。
「きっかけは、この銃でした」
彼女の話によれば3日前、いきなりこの銃が自宅に届けられたそうだ。そして彼女は得体のしれない連中に襲われるようになった。まさに、さっきみたく。
「なるほど。参加表明もしていないのに、とつぜん巻き込まれてしまったわけだね、そのサバゲーとやらに」
マスターが腕を組みつつ言った。
「でも、なんで銃を手放すようなこと、したんですか。……失礼ですけどこれ、忘れたんじゃなく、わざとこの店に置いて行ったんですよね?」
オレはあえて突っ込んだ質問をした。案の定、可奈さんは俯いて黙ってしまった。マスターがおい石原くん、と声を出さずにたしなめた。いやマスター、これは避けて通れない問題ですから。
「ごめんなさい……本当にごめんなさい」
彼女はいまにも泣き出しそうだった。
「どういうことか、教えてくれないかな」
最上級のやさしい口調でマスターが聞いた。
やがて可奈さんは口を開いた。
彼女は考えたそうだ。もしかして、この銃には発信機が仕掛けられているのではないか、と。それで敵に居場所がバレているのではないか、と。
「なるほどねー。銃を手放してしまえば、襲われる理由もなくなると考えたわけだ」
「でも、勝手すぎますよね。そんな危ないモノを他所のかたに押しつけてしまうなんて……」
可奈さんは申し訳なさそうにそう言った。彼女はきっと苦しんだのだ。それでみずから銃を回収しにこの店へやってきた。やっぱり、いいひとだ。美人だし。
「それなら、いっそのこと、川にでも投げ捨てちゃえばよかったんじゃないですか?」
「不法投棄はよくないよ、石原くん」
……マスター、ちょっと黙っててもらって、いいですか。
「いえ、でも……捨てるっていうのは、ちょっと。あとでやっぱり必要になるかも、しれないですし」
一瞬、オレとマスターは目が点になった。この可奈さんって女性、意外としたたかで利口かもしれない。
「まあ、けっきょく、可奈さんの予想は外れていたんでしょ? この銃は丸1日ここにあったけど、あなたがやってくるまで誰も襲われたりしなかった。ですよね、マスター?」
「うん……無事だった」
すると彼女はゆっくりうなずいた。
「おっしゃるとおりです。連中は丸腰のアタシでも容赦なく襲ってきました。銃の有り無しは、関係なかったみたいです」
「それにしても、よく丸腰でいままで無事だったねえ」
マスターが感心するように言った。と、彼はオレと目が合った。きっとおなじことを思い出していたはずだ。
さっきの戦闘で、たしか可奈さんは一度も発砲しなかった……。
「あのう、つかぬことをお聞きしますが、あなたはこの銃で人を撃ったことなんかは……」
「まだ、ありません。できれば撃ちたくないんです」
彼女の目には底知れぬ力強さがあった。降参しなければいつでも撃ちますよ、そう言っているようだった。