前編(図解あり)
今日も今日とて喫茶「スモール・マウンテン」でコーヒーを飲んでいると、おなじカウンター席でとなりにいる源次が急に言った。
「もしドラ○もんがいたら、何の道具、出してほしいっすか」
「もしドラ○もんがいたら……通称『もしドラ』か?」
「それドラッカー。茶化さないで、はやく」
オレは、しょうがないなあ、みたいな素振りをしつつも内心嫌いな話題ではなかった。大の藤子ファンだからだ。
「【どこへでも行けるドア】……かな」
「石原さん、またあ。エロいっすねー」
「中学生か! おまえの脳内はエロ1択か」
「えっ、違うの?」
「違うよ。神聖な道具をそんなことに使うか」
「……じゃあ、どう使うんですか」
「全否定だ」
「えっ、」
怪訝そうな顔の源次に、オレはほくそ笑んで言った。
「なあ源次、【どこへでも行けるドア】は空間を超える道具だよな」
「まあ、そうですね。……それって、めんどくさい話ですか?」
オレは答えずに話をつづけた。
「東京と北京の時差は約1時間で、東京のほうが進んでいる。さ、これから【どこへでも行けるドア】を使って、東京から北京へひとっ飛びだ」
「やっぱり、めんどくさい話だ……」
「もうわかったろう? 空間を超える道具で、いや、空間しか超えられないはずの道具で時間まで超えちゃったよ。過去へタイムスリップだ、たったの1時間だけど。……ってな具合に、偉大なるF先生のアイデアにケチをつけることが、いまのオレの夢かな」
「しょぼい夢っすねー」
言って源次はため息を吐いた。
「しょぼいってこと、ないだろう。……で、おまえは何の道具、出してほしいんだ?」
オレは親切心全開で聞いてあげた。話を振ってきたからには、やつはこれが望みだったのだろう。
「オレは断然アレっすよ」
わかりやすい、源次はうれしそうな顔をした。
「真ん丸の、【カプセルホテルみたいなやつ】」
「あー、はいはい。あの下の柱が伸びるやつだろ? チュッパ○ャップスみたいな外観の」
「そうそう。ぜひアレに泊まってみたい」
「おまえ、意外とセンスいいな。オレもアレはあこがれる」
「でしょ? あの、ひとり1部屋ってゆうか、1棟ってゆうか……な感じがいいんすよ」
「わかるわかる」
でもさ、とオレは言った。
「球状の客室部分はいいとして、その下の柱が邪魔じゃない? いや、高さを確保するために必要なのはわかるんだけど、柱と柱の間がぜんぶデッドスペースになるっしょ」
オレはカウンターに置いてある紙ナプキンを1枚取って、そこにペンで図を描いた(下図参照)。
「……クルマでも停めておけば、いいんじゃないですか」
「雨ざらしで? ってゆうか、【ヘリコプター式竹とんぼ】があるから、クルマ要らんやろ」
「あのう、石原さん」
「ん?」
「もうこの話、ヤメませんか」
オレは目が点になった。この話をはじめたの誰ですか、源次くん……。
と、かるくキレそうになったところで、テーブル席の片づけを終えたマスターがカウンターにもどってきた。
「なに、面白そうな話?」
「聞いてよマスター。石原さんが少年の夢、壊すんすよ」
「壊してない。そして、おまえは少年じゃない」
源次がドラ○もんのひみつ道具について、ざっとマスターに説明した。したらば、彼の目が急にらんらんと輝きはじめた。
「石原くん、源ちゃん、明日またくるよね? きみたちヒマだもんね」
「いやあ、明日はちょっと……」
察しのいい源次があからさまな演技をした。そう、本当にめんどくさい話をするのはほかでもない、このマスターだと彼はしっているのだ。
「マスター、また、なにか浮かんだの?」
オレはニヤリとして聞いた。
「まあね。正解者には新作のミートパイを只で提供するから、きみたち頑張って」