裏6
「じゃあ、夢で見た多々木さんや、若林さんの顔はおぼえてないんですね?」
ゆっくりと紫煙を吐いたあとでヤマゲンが聞いた。
「ええ、残念ながら。……あ、若林さんという女性のヘア・スタイルだけは、おぼえています。けっこうきついパーマをあてていたような」
オレがそう言うと、彼はバッグからごそごそとなにかを取り出した。彼がオレに見せてくれたのは、1枚の写真だった。
そこには男性ふたりと女性ひとりが写っていた。
片方の男性はヤマゲンだったので、もう片方が先代の所長……多々木のおっさんだろう。そして紅一点となる女性が若林さんにちがいない。
若林さんはけっこうな美人で、そのちりっちりのパーマが特徴的だった。
「まさに予知夢ですね、すごい」
彼はオレを尊敬の眼差しですら見ている。ちょっと、反応よすぎだよヤマゲンさん!
ぶっちゃけ、そんなん言われてもどうしたらいいか、わからなかった。
「あまり期待しないでくださいね。あなたがたの夢を見たのは2、3度で、それきりなんですから」
「また見られると、いいですね」
ヤマゲンは素でうれしそうだった。彼はいったい、なにを期待しているのか……。
さて、我ながら恥ずかしい話になるが、その後の記憶が覚束ない。
とくに飲みすぎたというわけでもない、なのに、あれからヤマゲンとなにを話してどう言って別れたか、おぼえていないのだ。
気がつくと吉祥寺駅で渋谷行きの発車待ちをしていた。スマホで時刻を見ると21時半をすぎていた。彼と2時間ちょっと飲んでいたらしい。
なんだか狐につままれたような気分だった。まさか、いままでのこと、ぜんぶ幻だったとかいうオチはやめてくれよ?
不安になってスマホの通話履歴を調べた。よかった、ちゃんとヤマゲンの番号がのこっている。
それにしても。
記憶障害とは彼もどえらい目に遭ったものだ。そしてオレの、なんちゃって予知夢……。
いや、なんちゃってじゃない。彼の手前大騒ぎはしなかったが、これは充分自慢できるレベルだと思う。
なんたってオレ、若林さんのちりちりパーマを言い当てちゃったからね。明日マスターにさり気なく自慢してやろう。
ほくそ笑みながらオレは帰途についた。
だが残酷な神さまは、オレをいい気分のまま眠らせてはくれなかった。
自宅アパートに帰り着いたオレは、ふと郵便受けが気になった。いや、まさかね……ありえへんって。気になりだしたら、もう止まらない。オレは郵便受けを開けた。
ばささああーーっっ
あふれ出した大量の広告チラシをまえに、オレは目が点になった。危惧していたことが現実になった。
考えられない。2日まえにそれまで溜まっていた、約ひと月分のチラシを廃棄したばかりだ。
たった2日でこんなに溜まるわけがない……。
オレはため息を吐きつつ足元のチラシをかき集めた。宅配ピザ、寿司、たこやき、ハンバーガー……よくもまあ、飽きもせずにおなじようなラインナップで攻めてくるものだ。
そして1枚の広告チラシが目に留まり、思わず心臓が凍りそうになった。