裏5
オレはヤマゲンにことわってタバコに火を点けた。
「山元さんは(タバコ)吸われないんですか」
「以前は吸っていたみたい、なんですけどね。その習慣ともども忘れてしまったようで……」
そう言って彼は寂しそうに笑った。
オレは大きく煙を吐き出した。そして彼に聞いた。
「その空白の2年間は、どうやって過ごされていたんです?」
「派遣社員として働いていたようです。アパートの更新もしていたようですし、つまり、生活自体は成り立っていたんです」
「なるほど、」とオレ。「ただ2年間の記憶のみが、最近になってすっぽり抜け落ちてしまったと」
ヤマゲンは無言でうなずくと、ビール・ジョッキに口をつけた。
さーて、どうするべえよ、この状況……。
ヤマゲンがウソを言っているようには思えない。いや、そもそもそんなウソをついて、彼になんのメリットがあろう。
彼はオレに会いたいと言った。その真意を聞くべきだ。
「山元さん、あなたが今日オレに会いたいと言った、その理由は何なのです?」
「可奈さんが教えてくれました。ヤマゲンという男性をさがしている人がいるが、山元がそのヤマゲンではないか、と」
思わずオレはうなった。
「ナイス読みですね、さすが探偵さんだ」
「ええ、さらにその人は若林という女性もさがしていると、可奈さんはおっしゃった。オレは飛びつきましたよ。ヤマゲンと若林、そのふたりをしっているとすれば、その人は2年まえの探偵事務所をしっているかただ。それが石原さん、あなただったというわけです」
オレはすっかり冷めてしまった焼き鳥の串を取り、しばし黙った。考えた挙句、ついにアレを出すことにきめた。
切り札というやつを。
「あの山元さん……オレも、気持ちのわるい話をしても、いいですか」
「どうぞ。愛の告白以外なら」
彼はそう言って笑った。彼自身の重い話を終えたからか、心なしか余裕があるようにみえた。
「じつはオレ、先代の所長も若林さんも、山元さんあなたのことも、なにもしらないんです」
「えっ、」
ヤマゲンはぽかんとした。まあ、そうなるだろう。しらない人たちをさがしていた石原は何者だって話になる。
「夢を見ました。あなたがた3人の夢を」
オレは正直に彼に話した。夢の内容と、そしてたまたま多々木探偵事務所の広告チラシを見つけたことを。
ヤマゲンはしばらく呆然としていた。彼が怒り出すんじゃないかとオレは心配にすらなった。
「……マジっすか!」
とつぜん彼が大っきな声で言った。怒っているかんじではなく、素直に驚いているようだ。
「うっわー……そんなことって、あるんですねえ」
いやいやいや、なんかオレだけ不思議ちゃんみたいな空気になっているけど、あんたもかなり深刻な状況だからね? ヤマゲンさん。
「なので、たぶん、あなたのご期待には沿えないかと」
言ってオレは彼に頭を下げた。
「いや、とんでもない。頭を上げてください。……あの石原さん、タバコ1本もらっても?」
「どうぞどうぞ」
ヤマゲンは吸わなかったはずのタバコに火を点けた。まあ、気持ちはわからんでもなかった。