裏3
スマホを握る手が汗ばむ。オレは腹をきめて電話の女性に聞いた。
「あの、そちらの職員のかたで若林さんという女性、もしくはヤマゲンさんという男性は、いらっしゃらないでしょうか」
「……おりませんが」
すこしの沈黙があった。やがて彼女は言った。
「私が叔父から引き継いだのは事務所だけで、職員とそれから顧客についても、叔父がやっていた当時からの連続性はないんです。申し訳ありませんが」
「そうですか……」
オレは額に手をあてた。 若林とヤマゲンという2発の残弾も不発に終わった。お手上げだった。
「お電話でいきなりヘンなことを尋ねまして、こちらこそすみません。ありがとうございました」
彼女に礼を言ってオレは電話を切ろうとした。
「あ、あのっ」
すると彼女に引き留められた。
「なにか?」
「えっと、石原さん……でしたよね」
はい、とオレは答えた。すでに名乗ったことを忘れていたので、ちょっとビックリした。さすが探偵さんである。
「さっきおっしゃった2名のことで、なにかわかりましたら、お伝えしましょうか?」
「あっ、それは助かります」
思わずガッツポーズした。これはまだ、一縷の望みがあるかもしれない。
「いまお電話いただいている、この番号でよろしいですか?」
「はい大丈夫です」
「申しおくれました、私、ここの所長をしております多々木可奈です」
じゃあまたよろしくお願いします、そう言ってオレは電話を切った。
それから30分もしないうちに電話がかかってきた。早っ。だがスマホに表示された番号は、さっきオレがかけた探偵事務所の番号ではなかった。とりあえず「通話」をタッチした。
「もしもし」
「石原さんの携帯電話でお間違いないでしょうか。山元と申します」
「ヤマモト、さん」
山元と名乗ったその男性に、オレはまったく心当たりがなかった。
「多々木探偵事務所のかたから石原さんの番号を聞きまして、お電話しました。突然すみません」
「いいえ……それで、あなたは」
「単刀直入にいきます。オレがヤマゲンです。山元の『元』が元気のゲンで、そう呼ばれていました」
オレはフライパンで頭をぶん殴られたような衝撃をうけた。こんなことって、あるのか。信じられなかった。
「……そうですか、あなたが。はじめまして石原です」
なんか微妙なあいさつだと我ながら思った。だが、ほかになんて言えばいい。
「こちらこそ、はじめまして。……多々木所長からあなたの話を伺いました、あ、女性のほうです多々木可奈さん」
「ええ、」とオレ。「その可奈さんの叔父御が、たしか先代の所長だったとか」
それがつまり夢に出てくる多々木のおっさん、というわけだ。夢とかぜったい言えないけど。
「そう、オレと若林さんがお世話になっていた人です。……若林さんのことも、ご存じですよね?」
「え……ええ、まあ」
ご存じってほどのことも、ないですけど……。やばい、このヤマゲンという男にどこまで話が伝わっているか、オレには把握できない。
探偵はいったい、彼にどんな伝えかたをしたのか。
「石原さん、ぜひ1度、お会いしたいんですが」
「かまいませんよ、でも今日はムリです。これから夜勤ですので」
オレは上ずった声でそう答えた。